第十五話 トラブル発生

 時は夜。

 場所は琥太郎の部屋。


「うぅ、ごめんなさいだ……」


 クレハは現在、ベッドの上に体育座りで座ってシュンっとしている。

 その理由はもちろん。


「いや、俺が説明しなかったのが悪かったからいいって。それに今度からは気をつけてくれるんだろ?」


「もちろんだ!」


 さてさて。

 日本に来て早々、窓から逃走を図ったクレハ。

 だがしかし、クレハは割とすぐに捕まえられた。


 スキル『召喚』だ。


 あれによって召喚獣『クレハ』を帰還させたのだ。

 結果、おそらく誰にも見られる前にクレハを無事に捕獲できたわけだ。

 なおその後、クレハを再びリリースして色々と教えた——日本の現状とか常識とか、それはもう色々。


「琥太郎、もうすっかり夜です! ご飯はどうしますか?」


「クレハもお腹減った! 日本の食べ物が食べてみたいぞ!!」


 たしかに俺も腹が減った。

 それにしても日本の食べ物か。

 今から作ったらだいぶ遅くなってしまう。

 となると。


「回転寿司とか?」


「回転寿司! クレハは回転寿司が食べたい!! それで、回転寿司ってなんだ!?」


「まぁそりゃ知らないか。なんていうか、ご飯の上に魚が載ってて……それが回ってるんだよ」


「コタロー……やっぱりクレハは回転寿司嫌だ! まずそうだ!」


「え、なんで!?」


「説明の仕方が悪いんですよ」


 と、会話に入ってくるのは天音。

 彼女はスマホの画面を見せながら、クレハへと言う。


「これがお寿司です!」


「お、おぉ!!」


「そしてこれが……回転寿司です!」


「おぉおおおおおおお! 寿司がたくさん回ってるぞ!! すごい! すごいぞコタロー! この四角い箱から食べられるのか!?」


「これはスマホだから、ここから食べ物が出てきたりはしないですよ」


 きゃあきゃあ。

 わいわい。


 と、楽しそうに女子トークを始めるクレハと天音。

 というかなるほど。

 スマホで回転寿司の画像を見せればよかったのか。


 などなど、俺がそんなことを考えていると。


「琥太郎、琥太郎」


 こそこそ。

 と、俺のそばへとやってくる天音。

 なお、クレハは少し離れたところで、天音のスマホをいじって色々とやっている。


「琥太郎、でも回転寿司なんて言ってよかったんですか?」


「なんでだ?」


「クレハは狐娘です。ほら、可愛い狐娘とモフモフの狐尻尾が生えてます。あれだと、誰がどう見ても一目で人間じゃないって分かってしまいます」


「あぁ、それな」


「わかってるなら尚更です。クレハを外に出すのは無理です。最悪、魔物と勘違いされてブレイバーが出動しちゃいます……あ、あたしはもちろん出動したりはしませんよ? クレハは友達ですから!」


「いやそれはわかってるよ。俺にとってもクレハは友達だ。だから尚更、あまり窮屈な思いはさせたくない」


「でもだからと言って——」


「簡単だ。俺に任せておけ」


 ズビシ。

 と、俺は天音にポーズを決めるのだった。



 さてさて時は少し後。

 場所は近所の回転寿司。


「それにしても、さすがは琥太郎です! これならクレハの正体がバレたりしません!」


 と、そんなことを言ってくるのは俺の隣の席に座る天音だ。

 彼女はこうも誉めてくれているが、ぶっちゃけ俺は大したことはしていない。


「耳が隠れるように帽子を被せて、少しゆったりした服を着せたくらいだぞ?」


 言って、俺は向かいの席に座るクレハを見る。

 現在、そんな彼女はいつもの巫女服ではなく、まるでお嬢様の様な——可愛らしい麦わら帽に、ゆるふわ系のワンピースを着ている。


 尻尾のあたりがよく見ると、明らかにこんもりとしているが……まぁよくみなければバレない範囲だ。

 クレハには尻尾をなるべく目立たせない様にって言ってあるしな。


 なお余談だが、この服は俺のではない。

 天音のだ。


 などなど。

 俺がそんなことを考えていると。


「コタロー! これ美味しい! とっても美味しんだ!!」


 ブンブン!

 ワンピースの下でものすごい勢いで狐尻尾をふりふり、瞳をキラキラ凄まじい速度で寿司を食べているクレハだ。


「コタロー! 食べても食べても寿司が流れてくる! 回転寿司はとってもすごいんだ!」


「ちょっ!?」


「なんだ?」


「尻尾! なるべく目立たせないでって言ったろ!?」


「あ、そうだった! よいしょっと……これであんまり目立たせないぞ!!」


 いったいどこをどうしたのか。

 狐尻尾の盛り上がりが、ほとんどなくなる。

 やれやれ、万が一たまに巡回してくる店員に見られたら説明が面倒なことになっていた。


「ジー……」


「どうしたんだクレハ?」


「コタローはお寿司を食べないのか?」


「食べてるよ。ほら、今日は腹ペコだからもう十皿も食べてる」


「クレハの半分以下だぞ!」


「いや、それはクレハが食べす——」


「クレハが食べさせてやる!」


 と、皿から寿司をむんずと手掴み。

 醤油にちょこんとつけるクレハ。

 彼女は俺の方へと寿司を差し出してくると。


「あーん、だ!」


「っ!?」


 こ、これはまさか。

 待て落ち着け、まだ焦る時間じゃ無い。


「あーん! コタロー! 早く口を開けるんだ! クレハがコタローに食べさせてやるぞ!」


「……」


 なるほど。

 どうやら間違いないようだ。


 あーん、じゃん。


 これ。

 女の子にやられたら嬉しい行為俺調べトップ5に位置するあーん、じゃん。

 しかもただのあーん、じゃない。


「コタロー……クレハのあーん、嫌なのか?」


 と、困った様なまるで涙目の様な表情で言ってくるクレハ。

 彼女はひょこりと首を傾げ、そのままさらに。


「クレハ、コタローに食べて欲しいぞ…….」


 か、かわいい。

 可愛い女の子からのあーん、だ。

 これはもうすることは決まっている。

 口を開かなければ無作法というもの。


「あ、あー——」


「だ、だめです!」


 きゆっ!

 と、捕まられる俺の腕。

 天音だ。

 見れば天音が俺の腕を必死な様子でホールドしている。


「あ、あーんなんて……そんなあたしとまだしたことない事、クレハとしたらダメです!!」


「いやでも……」


「でもじゃないです! どうしてもクレハからのあーんを受けたいなら、先にあたしがあーんをして上げます!!」


「っ!?」


 お、幼馴染からのあーん、だと!?

 何度もいうが、俺は少なからず前から天音のことを意識していた。

 いずれ付き合ったりできたらいいな、と。


 そんな天音からのあーん、だと!?

 しかもクレハからのあーんとの連続だと!?


 まずい。

 すでに手遅れかもしれないが、これ以上喜ぶと何かキモいこと言ってしまいそうだ。

 だから落ち着け俺。


 それにあれだ。

 さすがに俺が昔読んだラブコメみたいな展開には幸いなっていない。

 これならキモい笑みを我慢できる。

 そう、これでヤキモチの応酬など始まったら——。


「ずるい! クレハが先にあーんしたい!」


「ダメです! 琥太郎の初めてはあたしが貰うんです!」


「コタローは初めてなのか!? だったらやっぱりクレハが先にしたい!」


「なんでですか!」


「だってクレハはコタローが大好きなんだ! だからクレハ、コタローの初めてを優しく貰ってあげられるぞ!」


「あ、あたしも…….琥太郎のこと…….す、き…….だから、琥太郎の初めては優しく貰ってあげられます!」


「アマネ! 今、コタローのことをなんだって言ったんだ? 聞こえなかったぞ! コタローがす、なんだ?」


「っ……と、とにかく琥太郎はあたしで初めてを卒業してください!」


「ずるい! クレハがコタローの初めてを貰うんだ!」


 なるほど。

 これがラブコメ的展開というやつか。

 思わなかった。

 思わなかったよ。


 今の日本でこんな、俺を中心に添えてのラブコメ的展開が発生するなんて。

 父さん、母さん。

 俺はこれから初めてを——。

 

 ブー、ブー、ブー。


 と、聞こえてくるのはバイブ音。

 まるで電話の着信の様な。


「あ、あたしのスマホです」


 と、スマホを取り出す天音。

 彼女はスマホを手にぴこぴこと操作している。

 どうやら電話でなくメールだった様だが……。


 おかしい。

 天音の表情がどんどん固くなっている。

 というか、何か悩み事を抱えている時にする特徴的な顔に変わっている。


 確実にメールに何かよくないことが書かれていたのだ。

 果たしてその内容は——。


「こ、琥太郎……橋本駅のダンジョン攻略、予定が早まって明後日になるって……」

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