第十三話 最強の敵
「〜♪」
狐尻尾をふりふり。
狐耳をぴこぴこ。
俺の目の前で、軽快な様子でストレッチしているのはクレハだ。
「コタロー! クレハはコタローと手合わせするのが楽しみだぞ!」
パァーっ!
と、太陽のような笑顔。
もっともそれは俺も同じだ。
俺はクレハほど顔には出ないけど、正直クレハと戦うのはワクワクしかない。
クレハは仲間であると同時、俺が初めて契約した召喚獣でもある。
さらに事前情報から、彼女の力は『比翼連理』のない俺よりは上だとわかりきっている。
要するに、初めての格上と分かりきった相手との戦い。
クレハを助けた村で戦ったゴブリンキングも格上だったかもだが、アレは戦う前にかなりの傷を負っていたから論外だ。
つまり。
話をまとめると。
クレハの力が見れる楽しみ。
初めての強敵に挑む緊張と高揚。
この二つのせいで武者震いすらしている。
もっとも。
「琥太郎……」
と、少し離れたところで心配そうにこちらを見てくるのは天音だ。
クレハは強敵。
おそらく俺は負ける。
でも天音の手前、そう簡単に負けるつもりもない。
「コタロー! コタロー!! 準備はいいか!? クレハは準備万端だぞ!!」
言って、構えを取ってくるクレハ。
そして彼女は片手を俺の方へとやや伸ばしてくる。
それに対し、俺も構えを取る。
準備もできている。
心構えも充分。
あとはやるだけだ。
「……」
俺はクレハ同様に片手を伸ばし、手の甲をクレハの手の甲に重ねる。
そして戦いが始まった。
瞬間。
「っ!?」
天地がひっくり返る。
否、気がつくと俺はクレハによって地面に組み伏せられていた。
いったい何が起きたのか。
かろうじて見てたのは、開始早々俺の視界からクレハが消えたんだ。
次に足払いされるような衝撃が襲ってきた。
状況的におそらく。
クレハは開始と同時、極限まで体制を低くして俺の視界から消えた。
同時、その体制のまま足払いによって俺を崩した。
あとはこのように——。
「一回戦はクレハの勝ちだな! コタローは油断しすぎだ!」
と、俺の上にまたがり、俺の首を腕によって軽く抑えながら言ってくるクレハ。
はたして、油断していなければ避けられたかどうかは不明だが、このまま負けるわけにはいかない。
同時、いくつかわかったこともある。
やはりただ単にレベルによる身体補正だけでいうならば、俺はクレハに到底及ばない。
そして、おそらくこれは永久に埋まらない。
クレハが俺の召喚獣である以上、俺がレベルを上げればクレハも強くなるのだから。
この差を覆すとすればスキルだ。
そう。
俺がわかったことはスキルの大事さ。
クレハは仲間であり召喚獣であるから、全く問題ない。
けれど、もしこれが敵ならばどうだ。
仮に俺より身体能力が高い敵がいたとする。
今と同じ結果になっていたら即死もいいところだ。
レベルを上げれば身体能力はあがる。
要するにレベルとは安全性と確実性を上げるものと理解した。
一方、スキルは可能性だ。
例えば俺のようにスキル『召喚』などがあれば、格上相手でも勝てる可能性を開ける。
考えが改められた。
レベルも大事だがスキルも大事だ。
とはいえ。
それはそれ、今は今。
今は今現在、持っているものだけでクレハと戦う。
「コタロー! 二回戦だ!」
と、俺から離れ手を差し出してくるクレハ。
俺はそんな彼女の手を取り立ち上がる。
にしても、クレハのやつ楽しそうだな。
俺と戦うのがそんなに楽しいのか?
見ていると、俺まで釣られて楽しくなってくるから不思議だ……不思議だからまぁ、せいぜい頑張るとするか。
俺はそんなことを考えながら、ふたたび構えを取る。
同時、それと相対するように構えを取ってくるクレハ。
再び、二人の手の甲が重なった。
まさにその瞬間。
再びクレハが消える。
だが、油断していない今回は見えた。
「後ろ!」
俺が体勢を前へと屈めた直後、頭上を通り過ぎるクレハの攻撃。
俺はそのまま両手を前へと突き、クレハの顔面目掛けて後ろ蹴り上げをするが——。
「うわっと!」
言葉では驚いているものの、危うげなく避けるクレハ。
そんな彼女は俺から距離を取ったのち。
「コタロー! クレハすごい! こんなに身体能力が上がってる……今のクレハならゴブリンが何体相手でも負ける気がしないぞ!」
「かもな。でも経験上ゴブリンを何体も相手にする時は、なるべく各個撃破がいいよ」
「?」
ゴブリンに袋叩きにされながら戦うのは、例え勝てたとしても嫌なものだ。
と、俺は一瞬村での戦闘を思い返す。
にしてもだ。
やはりクレハは強い。
戦えば戦うほど、戦闘能力の差を改めて理解させられるばかり。
ただでさえ人間より身体能力が高いクレハ。
それが俺の召喚獣になって強化。
さらに戦って分かったが、そもそもの格闘センスの差もある。
遺伝子そのものに刻まれた闘争本能と、磨き上げたセンスや技術の差ってやつか。
さてどう覆すか。
解決法としてはスキル。
スキルをたくさん取得して、それで埋めるという先ほど考えたものだが。
今現在、そんなこと出来るわけないので却下。
となれば。
不意をつく。
すなわち意識外からのカウンター狙い。
これしかないだろう。
「考えごとは終わったのか?」
「待っててくれたのか?」
「あたりまえだ! クレハはコタローのためなら、どんなにだって待つぞ!」
ブンブン。
と、狐尻尾を振るクレハ。
まるで忠犬だ。
そして、そんな忠犬をこれ以上待たせるのも悪い。
「じゃあ……やるか?」
「やる!」
ピコン!
と、狐耳を可愛らしく動かすクレハ。
瞬間。
またもクレハが消える。
ワンパターン。
というわけではない。
おそらくこれがクレハの戦闘スタイル。
速さで懐に入り、パワーて制圧する。
「今回もクレハの勝ちだ!」
クレハは体勢を極限まで低くし、俺の顔面目掛けて蹴撃を叩き込んでくる。
早い!
けれど、ある程度攻撃タイミングを予期していた俺は、それを直前でなんとか避けられる……が、避けない。
右腕を顔の位置まで上げ、クレハの蹴りをあえてガードによって受ける。
「っ」
凄まじい威力。
一撃で右腕全体に痺れが奔る。
だが止めた、止められたならば。
俺はそのまま左手を使ってクレハの足を掴み、それを思い切り引き上げる。そしてそこからさらに、クレハの軸足めがけ足払いをしかける。
すると。
「うわっ!?」
明確に体勢崩すクレハ。
このままクレハが倒れたら、押さえ込んで終わり……のはずだったが。
「まだまだだ!!」
クレハは倒れる途中——俺に足を掴まれながらも体を空中で捻り、そこから残された足で俺の顔面へと蹴りを放ってくる。
「なっ!?」
なんというアクロバティック。
俺に避ける手段はなかった——ただ一つ、クレハの足を離す選択肢を除いて。
「っ」
俺はクレハの足を離し、身体を逸らすことによってなんとか蹴りを回避。
どうする。
次の手はどうする。
どうすれば勝てる!?
いや違う。
今だ、今が勝機なんだ!
クレハの身体は両足を交互に、擬似的に間髪入れずに放ったことにより今空中。
すなわち身動き取れない。
故に。
俺は全力で地面を蹴り付け、クレハとの距離を詰めた。
要するに渾身のタックル。
「!」
と、驚いた様子のクレハ。
彼女は空中で俺に牽制の攻撃を放ってくるが、踏ん張る足がない分威力がない。
いける。
「これなら!!」
俺はクレハの攻撃を喰らいながらも突撃。
結果。
ドッ!
一番最初にクレハが俺にやったように——俺はクレハを地面へ通し倒し拘束することに成功する。
すなわち。
「俺の勝ちだ」
ふに。
「んあ?」
ふにふに。
「なんだ?」
ふに。
ふにふに。
おかしい。
何かが右手に当たっているような。
などと、俺がそんなことを考えた直後。
「あぅ……コタロー。クレハはコタローにならいつどう使われてもいいぞ……でも、外でいきなりは少し恥ずかしいんだ」
そこには頬を染め、恥ずかしそうにそんなことを言ってくるクレハさん。
俺が絶賛組み敷き、押さえ付けているクレハさんが居たのだった。
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