第十二話 初陣と実力

「ある意味、俺の初陣だな」


 言って、俺は『収納ポーチ』から『怨讐の小太刀』を取り出す。


 ゴブリンとは何度も戦った。

 なんなら、その上位種と思える大きなゴブリンとも戦ったことがある。

 しかし、それは本当の意味で俺が戦ったわけじゃない。


 天音だ。


 いつも天音の『比翼連理』の力を借りていた。

 つまり、身体能力を大幅にブーストしてもらっていたのだ。


 俺がブレイバーになるにあたって、100%純粋な俺自身の力を把握する。

 俺の今のレベルは9。


「gegegegegegegeeeeeee!!」


 と、俺達を見つけるや否や声を上げるゴブリン。

 来るなら来い。俺はそんな心持ちで構えを取るが。


 ジリ。

 ジリジリ。


 と、なにやら慎重な様子で後退するゴブリン。

 そこで俺は気がついてしまう。


 そうだ。

 そもそも俺たちのレベルが上がった影響で、その辺のモンスターは俺達を襲ってこなくなった。

 

 つまり戦う前からわかってることがある。

 少なくとも、俺と天音が二人揃っている時に限っては——ゴブリン単体の獲物足り得ないということだ。

 というかむしろ、なるべく戦闘を避けたい敵というわけだ。

 それなら。


「クレハ。天音を守りながら、俺から距離を取ってくれ」


「え、でも!」


「あいつが警戒して襲ってこない。このまま逃げられても面倒だし頼む。俺の援護がすぐにできない位置まで下がってくれ。天音もそれでいいな?」


「大丈夫、なんですよね?」


「あぁ」


 俺の返答を聞くと、渋々といった様子で天音達は俺から距離を取っていく。

 

 五メートル。

 七メートル。


 そして。

 天音達がおよそ十メートル離れた。

 まさにその瞬間。


「gegegegegegegegegegegeeeeeeee!!」


 来た!

 ゴブリンは地面を蹴り付け、棍棒を振り回しながら走ってくる。


 とりあえず、これでわかったことがある。

 今の俺は少なくとも、ゴブリンが襲ってくる程度の強さってことだ。


 あとはゴブリンがどの程度詳細に、戦闘能力を察知できているかだ。

 もし、完璧に把握できていたとしたら——俺はゴブリン以下ということが確実になるわけだが果たして。


 などなど。

 俺はそんなことを考えながら、ゴブリンの動きに意識を集中させる。

 だがしかし。


「っ……早い!」


 理解した。

 固有スキル『比翼連理』がどれだけのチートスキルだったかを。

 初めて俺がゴブリンと戦った時、『比翼連理』を使われた俺はゴブリンの動きに余裕を持って対応できた。

 でも今は——。


「やられてたまるか!!」


 俺は雑念を振り払って、再度ゴブリンの動きに意識を集中。


「gugyaaaaaaaaaa!!」


 ゴブリンは俺との接敵寸前でジャンプ。

 奴は天高く振り上げた棍棒を、勢いよく俺へと振り下ろしてくる。


「っ!」


 俺はそれをいつものように見て、考えて避けるのではなく。

 咄嗟の反射神経で、横っ飛びになんとか躱す。


「ぐっ!」


 棍棒が肩を掠る。

 軽く肉が削げる感覚がする。

 だが、俺は痛みによる恐怖を全力で押さえつけ。


「ああぁあああああああああああああああああっ!!」


 抜刀。

『怨讐の小太刀』でゴブリンの胴体を突き刺し、すれ違い様にそのままやつの肩目掛けて切り上げる。


「gu……gegya……」


 バタン。

 と、倒れて動かなくなるゴブリン。


『クエストクリア!』

『報酬として30ポイントを獲得しました』


 倒した。

 倒せた。


 ブワッ。


 身体中から汗が吹き出る。

 ある意味初めての実戦。

 ある意味初めての命のやり取り。

 しかし同時に実感する。


「やっ、た……」


 ブレイバーじゃなきゃ倒せないモンスター。

 俺はそれを倒せた。

 ゴブリンは弱い。弱いとはいえ、俺は確実にモンスターを俺の力だけで倒せたんだ。


 レベル。


 俺達だけに許された概念。

 これは確実に強さに直結することを、改めて実感できた。


 いける。

 もっとレベルを上げれば、俺と天音は確実に生き残るという目標を達成できる!!

 そしていつかは俺や天音の両親の仇、魔王にすら手が届く。


 しかし同時に理解した。

 俺はまだ弱い。

 ゴブリン一体倒すのにこの様。

 これは天音にも言えることだが、俺は天音ありきの強さであり、天音は俺ありきの強さなんだ。


 まさに『比翼連理』。

 二人いなければまともに戦えないというわけだ。


「……」


 ともあれ。

 これで確認は済んだ。

 あとはクレハの力を確認したいところだけど。

 

「琥太郎!!」


「コタロー!!」


 と、聞こえてくる天音とクレハの声。

 同時、トテトテ駆けてくる二人。

 彼女達は俺の元に来るや否や。


「大丈夫ですか!?」


「コタローすごいぞ!」


 と、言ってくる二人。

 前者、天音は俺の体の色々なところをすかさずチェック。

 ゴブリンの攻撃が掠った肩の傷を見ると——。


「き、傷が……血もっ」


「いや、大したことないだろ。小さい時に自転車でコケた時の方が重症だったし」


「それでも心配なんです! ただでさえ琥太郎のことはあたしが巻き込んでしまったのに、それなのに……っ」


「巻き込んだどうこうは気にしなくていいって、前も言ったろ? 俺はずっと思ってたからな、俺たちの両親が死ぬ原因になった魔王に復讐する——俺たちみたいな子供が増えないように、魔王を討伐したいって」


「でも、自分勝手の自己満足かもですけど、あたしは琥太郎に怪我をしてほしくないです」


 はぐっ。

 と、俺のことを正面から抱きしめてくる天音。

 なるほど。


 え、天音さん発情してないよね!?


 固有スキル『比翼連理』は使ってないし、天音が発情することはない。

 なのにどうしてこんな。


「琥太郎……っ」


「いや、ひょっとして、泣いてる?」


「泣いてません!」


「それにそんなに抱きしめると、俺の血で服が汚れる気が……」


「いいです。琥太郎の血なら付いても全然気になりません」


 ぎゅー。

 と、琥太郎の胸に顔をうずめてくる天音。

 これはひょっとして、めちゃくちゃ心配させてしまったのかもしれない。


 琥太郎の怪我はマジで浅い。

 肩からちょっと血が流れている程度。


「……」


 これからも俺は無理をしなきゃいけない場面は出てくる。

 きっと、もっと酷い怪我を負うこともある。

 それでも。


 もっと注意しよう。

 心構えだけでも違うはずだ。

 天音のためにも、もっと慎重に戦おう。


「天音」


 俺は天音の両肩を掴んだ、ゆっくりと彼女を離す。

 そして、案の定泣いている彼女へと言う。


「とにかく俺は大丈夫だし、天音にも負い目を感じて欲しくないかな」


「はい……」


「というかさ、せっかく俺が初陣で勝ったわけだし、天音には笑顔でいて欲しいんだけど」 


「っ……はい!」


 すびっ。

 と、鼻を鳴らしたのち涙を流しながらニッコリ笑顔を浮かべる天音。

 これで少しはメンタル持ち直してくれたに違いない。

 などなど、俺がそんなことを考えていると。


「コタロー! コタロー!!」


 ぶんぶん。

 と、狐尻尾をふりふりしながら俺の方へと、キラキラ視線を向けてくるのはクレハだ。

 彼女はまるでヒーローでも見るような目で言ってくる。


「すごい! コタローはすごい!! 弱っちくて軟弱な人間族なのに、ゴブリンを倒せるなんてすごい!!」


「よ、弱っちくて軟弱……」


 二重に弱いって言われててなんかアレだ。

 というか、今の発言で二つのことがわかった。


 この世界にも人間は居る。

 そして、この世界の人間はこちらの世界と同じくあまり強くない——少なくとも、クレハ達獣人族以下というわけだ。


「ち、違うんだコタロー! コタローは弱くない! クレハが弱いって言ったのは人間だ!! あ、でもコタローも人間で……うぅ、なんて言えばいいかわからない!!」


「大丈夫、ちゃんと伝わってるよ」


「本当か!?」


「俺たち以外の人間——いわゆる一般的な人間の話をしているんだろ?」


「そうだ! コタローは強いだけじゃなくて、頭も良くて本当にすごい! さっきの一戦もゴブリンの攻撃を避けてから、カウンターで切りつけるなんて……普通の人間なら初手で反応できないで頭をかち割られてたぞ!」


「え、そんなに?」


「そうだ! だから人間は弱いんだ! 今のコタローはクレハ達獣人族と同じくらい強いかもしれない!」


「ということは、クレハはゴブリンより強いの?」


「当たり前だ! 一対一なら負けない! 獣人族は強いんだ!」


 なるほど。

 意図せずクレハの実力が、なんとなくわかった。


 素の獣人の力がゴブリンより少し上。

 そして、今の俺がゴブリンより少し上。

 ということは、俺の召喚獣になり補正を受けた今のクレハは、おそらく今の俺より強い。


 俺が『比翼連理』によるバフを受けたり。

 今後、俺がスキルなり武器を揃えていったら、きっとそれは覆ってしまうに違いないが。

 それでもクレハの存在は頼もしいことこの上ない。


 スキル『召喚』


 とんでもない当たりスキルだ。

 ボケーと、俺がそんなことを考えていたら。


 ジー。


 と、至近距離から俺を見つめてくるクレハ。

 彼女はひょこりと首を傾げながら、俺へと言ってくるのだった。


「クレハの力が気になるなら、今から一対一で試合をするんだ! クレハもクレハがどれくらい強くなったのか試したい! あ、でも怪我が……」


「いや、怪我はマジで問題ない」


 望むところ。

 むしろ、こっちから持ちかけたかったくらいだ。

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