第九話 真夜中の来訪者

 場所は変わらず異世界、狐娘を保護した村。

 時刻は深夜。


 現在。

 俺は天音のアイテムにより作り出されたコテージの一室——そこにあったベッドの上で横になっている。

 なお、そのアイテムとは。


アイテム『マジックコテージ』。

 能力は瞬時に魔物避け能力を持ったコテージを建てられるアイテム。使用制限はなく、その都度内部に食料がリポップする。


 天音のやつ、ある意味めちゃくちゃ引きが良かったよな。

 というか、俺も天音もどちらの引きも良かったのか。

 俺が『回復ポーション』、天音が『マジックコテージ』を引かなければ、この結果はあり得なかった。


「あの狐娘の子を、一人でこの異世界に置いていくわけにも行かなかったからな」


 なんせ彼女は意識を失っていた。

 というか今も失っている——身体の傷が治っても、精神の方が追いついていないに違いない。

 もし傷を治しても、あのまま放置していれば他のモンスターに殺されてしまっていたかもしれない。


「今頃、天音の部屋で一緒に寝てると思うけど」


 明日には元気になってくれていると嬉しい。

 いや、それは無理か。


「俺と天音の時を考えろ……」


 俺たちの両親がモンスターに殺された時、いったいどんな気持ちになったのか。

 それをどれくらい引きずったか。

 明日起きたら、精一杯優しくしてあげよう。


 俺はそんなことを考えながら眠りにつくが。

 眠れない。


 今日の興奮と、ゴブリン達にやられた怪我が熱を持っていて妙に寝ずらい。


「……ダメだ」


 仕方ない。

 何か考え事をしよう。

 と、俺は寝るのを諦め夕方のことを思いだす。


 ゴブリンキングを倒し、狐娘を助けた後。

 俺と天音はコテージの一室に狐娘を寝かせ、二人でポイントの消費をしたのだ。

 もちろん、今回も二人揃ってレベルアップガン振り…….というわけではない。


 とはいえ天音はレベルに全振りして、レベル10になった。

 けれど俺は違う——俺は天音との違い身体能力にデバフがかかっていないため、遊び……というわけではないが少し試せる猶予があったのだ。

 その試しとは。


 スキル取得。


 結果。

 ゲームライクに言うのなら、俺のステータスはこんな感じだ。


 レベル9。

 保有スキル:召喚


 そう。

 このスキル『召喚』こそが、今回入手したスキル。

 その能力はこんな感じだ。


スキル『召喚』

 契約した者を召喚獣として使役できる。


 日本が平和な頃に、俺はゲームが好きだったから一撃で全てを理解した。

 要するにこれ、モンスターを倒した後に「モンスターが仲間になりたそうにこちらを見ている」というやつに違いない。


 正直、若干遅い感ある。

 あのゴブリンキングを仲間にしたかった。

 満身創痍であそこまで強かったのだから、全快の奴ならば相当な戦力になったに違いない。


 ただまぁ。

 狐娘の気持ちになって考えると、きっとあのゴブリンキングにはどのような形であれ生きて欲しくなかったに違いない。


「そう考えるとこれでよかったのかもな」


 さてどうしたものか。

 まぁ今後このスキルが強いかの検証は、次にモンスターを倒した時だな。


 などなど。

 俺はそんなことを考えている間にも爆睡。

 まさに気がついたら……というやつだ。

 あとは朝になったら目覚めて……それで。



「……」


ガチャ。


「……」


 ノシノシ。

 ギシギシ。


「……っ」


 なんだ?

 なんだか、身体の上に何かが乗っている気がする。

 俺はゆっくりと目を開ける。


 辺りが暗い。

 どうやらまだ夜だ。

 というか。


「何やってんのお前!?」


「琥太郎、あたし……あたしやっぱりダメみたいっ!」


 天音の顔面ドアップ。

 しかも天音さん、両手を使って俺の手首を拘束するに抑えてきている。

 そして、天音は俺に吐息がかかる位置で言ってくる。


「ずっと、ずっと我慢してたんです……あたし、琥太郎が欲しくて欲しくてたまらなかったけど、ずっと抑えてたんです」


「は!?」


「お料理作ってた時もあたし、思わず……気がついてましたか?」


「いや何が!? 何に!?」


「琥太郎っ」


「ちょ、ま——っ」


「あなたのこと、あたしに……ください!」


「きゃあああああああああああああああああっ!!?」


 この夜。

 俺は天音に襲われ、女の子みたいな悲鳴を上げたのだった。

 余談だが、天音による苛烈な攻めは長時間に渡り続いた……が、俺は鋼の精神により俺の大切なものを守った。

 まさしくギリギリセーフというやつだった。



 チュンチュン。

 アサチュンチュン。

 鳥の声が聞こえてくる。


 瞼越しにもわかる——窓から差し込む光的にも朝に違いない。

 天音が真っ赤な顔で部屋から逃走したのち、無事に爆睡できたみたいでよかった。

 あとは起きて、あの狐娘の子を——。


 ギシッ。


 と、何やらまた腹部に感じる重み。

 なんだか猛烈に嫌な予感がする。

 俺はゆっくりと目を開ける。

 するとそこ居たのは——。


 ジー。


 俺の腹の上に跨るように座り。

 こちらをまっすぐ見つめている少女。

 狐色の長髪に狐色の瞳。

 人間ではあり得ない狐耳に狐尻尾。

 そして、まるで日本でいう巫女服の様な服を着ているその少女。

 そう……天音、ではない。


「クレハだ!」


 ニコッと、太陽の様に笑うその少女。

 俺はそんな彼女へと思わず。


「え、は?」


「クレハの名前はクレハだ! 匂いでわかるんだ! おまえがクレハを助けてくれた人間だ!」


 ニコニコ。

 と、狐尻尾をフリフリしてくるクレハ。

 そう……クレハは昨日、俺と天音が助けた獣人の少女だ。

 昨日の死んだ様な雰囲気と違いすぎて、すぐに気がつくことが出来なかった。

 というか。


「と、とりあえず退いて欲しいんだけど……」


「何でだ?」


「さすがに恥ずかしいというかだな……」


「クレハは恥ずかしくない! それに命を救われたら、その命は救ってくれた奴にあげる……それが獣人族の掟だ!」


「つ、つまり?」


「クレハの命はおまえのものなんだ! だからクレハはいつでもどこでもおまえに尽くすんだ!」


「……」


「それにおまえは仇を打ってくれた! 匂いでわかる!」


 瞬間、同じ少女とは思えないほどに重く、殺伐とした空気を放つクレハ。

 彼女は怒りや殺意を剥き出しにしながら。


「あのゴブリン達を殺してくれた……あいつら、クレハの親と仲間をみんな殺したあいつら…….おまえが殺してくれた」


 獣人。

 人間とは明らかに違う。

 この距離で、この感情をむき出しにされて初めてわかる。

 クレハからはまさしく野生の様な闘争心を感じる。

 人間では絶対に出せない圧を感じるのだ——身の危険を感じるほどに。


 しかし。

 クレハはすぐに太陽のような笑顔に戻り、ニコニコと俺へと言ってくる。


「だから、おまえには二重の恩があるんだ! 命を助けてくれて、仇も殺してくれた…….だからクレハはおまえに忠誠を誓うんだ!」


「そ、そういう理論?」


「そうだ! 獣人はみんなそうだ!! それにクレハ、おまえが気に入った!! 心も身体もあげても構わないぞ!!」


「ちょ——!?」


 何言ってくれちゃってんだ。

 いや、嬉しいは嬉しいんだけど流石に恥ずかしいし、天音に聞こえてたらなんかやばい気がする。

 故に。


 ガバッ!


「うわっ!?」


 と、驚いた声をあげるクレハ。

 俺が突然起き上った結果、クレハが仰向けに倒れたのだ。

 そして、俺はそんな彼女の口を優しく押さえ、すかさず。


「シーっ! わ、わかったから少しだけ静かにして貰えるかな?」


「?」


 ひょこり。

 と、首を傾げてくるクレハ。

 やがてクレハ、何かを理解した様に瞳をキラキラとさせたのち。


 服を脱ぎ始めた。


 まるで俺に身を捧げる様に。

 って——。


「ちがーーーーーう!! そうじゃなくて、普通の意味で静かにして欲しいだけ——」


 と、俺がそこまで言った。

 まさにその瞬間。


「もう、琥太郎……朝からうるさいで、す?」


 ガチャ。

 と、部屋の扉が開く。

 入ってきたのは天音だ。

 彼女は俺達の方を見てフリーズ。

 俺もフリーズ。


「……」


「……」


 流れる静寂。

 それを壊したのは。


「おまえ、クレハを助けるのを手伝ってくれたやつだな! ありがとう、だ! クレハは今日からえっと——」


 チラチラと俺の方を見てくる、クレハ。

 俺は何となしに自らの名前を名乗ってみる。


「俺の名前は渋谷琥太郎、それであっちが有明天音……」


「ありがとう、だ! クレハは今日からコタローの嫁になった! でも、アマネも恩人の一人だからとっても尽くすぞ!!」


「よ、嫁……だ、誰が誰の?」


 と、何やらピクピクしている天音さん。

 クレハはそんな彼女に対し、高らかに宣言するのだった。

 いろいろはだけさせたまま高らかに——。


「クレハがコタローのだ!!」


 余談だが。

 この後、俺が天音の誤解を解くのに中々の時間がかかったのだった。


 そして俺はこの時、騒がしさのあまり思わず見逃してしまっていた。

 脳裏に現れていた文字を。


『クレハを召喚獣として使役しますか?』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る