第七話 小規模クエスト

『小規模クエスト発生。ゴブリンに占拠された村を救え。制限時間二時間』


 救えって言ったって、救う人はいるのか!?

 全く人気がない。

 しまいにはさっきの血。


 住民は全滅。


 嫌な想像ばかりが頭をよぎる。

 とはいえやることは一つ。

 俺たちにはクエストをクリアするか、失敗するかの選択肢しかない。

 ならば初手は試す一択。


「琥太郎!」


 天音の声。

 それと同時。


「gyeeeeeeeeeeeeeeee!」


「gugegegegegegegegegeegegegeeeeeee!」


「gyyyyyyyyyyyyyyaaaaaaaaaaa!」


 村の方から、俺たち目掛けて走ってくるゴブリン三体。

 なるほど、クエスト通りあの村は本当にゴブリンに占拠されてるわけだ。

 そして奴らにとって、俺たちは新鮮な肉——それが自らの足でやってきたという状態。


「そりゃテンション上がって駆けてくるわな」


 だけど。

 残念ながらゴブリンたちの期待は的外れだ。


「天音、下がってろ!」


「はい、固有スキル『比翼連理』を発動させます!」


「助かる、無理はするなよ!」


「はい! 琥太郎も頑張ってください!」


 天音がそう言った瞬間。

 俺の身体に力がみなぎる。

 天音が『比翼連理』を使ったのだ。


「gyyyyyyyyyyyyyyyyyyaaaaaaaaaaaaa!」


 と、三体同時に飛びがかってくるゴブリン。

 しかし、その動きは遅い——こらから先、奴らがどう動くのか手に取るようにわかる。


 俺がこの世界に来て最初に戦ったのは、ゴブリンたった一体。

 あの時ですら苦戦しなかったのだ。

 今は三体とはいえ、俺のレベルも上がっている。

 要するに。


「っ!」


 地面を蹴り付けダッシュ。

 そのままの勢いで、真ん中の一体へと飛び蹴りをかます。


「gugeee!?」


 ゴキゴキゴキッ!

 と、足から伝わってくる異音。

 ゴブリンの骨が砕けたのだ。


「gegegeeee!」


「gyagya!」


 と、左右の二匹はすぐさま真ん中に居る俺へと向き直ってくるが。


「遅い!」


 俺は両手でそれぞれのゴブリンの頭を掴み、全力で地面へと打ちつける。


 ズンッ!


 ピクピクッ。

 身体を僅かに痙攣したのち、動かなくなるゴブリン。


「……」


 確信した。

 俺は強くなっている。

 レベルは数字だけの見せかけじゃない。

 当初と比べれば、俺はすでに圧倒的に強くなった。

 これなら天音を守れる。


 などなど。

 俺がそんなことを考えていると。


 ブォオオオオオオオオオオオンッ!!


 と、聞こえてくるラッパの様な音。

 見れば、村の入り口でゴブリンが角笛の様なものを吹いている。

 その直後。


 村の家々の扉が開き、至る所から大量のゴブリンが出てくる。

 その数は20を超えている。


「こ、琥太郎!」


 不安そうな天音。

 正直、俺も不安だ。

 だけど。


「やってやるさ!」


 あの数。

 倒し切れば、俺は確実にもっと強くなれる。

 そしてそれはまた天音も同じだ。


 俺たちは生き残るんだ。

 そのためには強さが必要。

 ならば目の前に居るのは。


「全員、俺と天音の経験値の糧にしてるよ!」


 直後、一斉に駆けてくるゴブリン達。

 同時、俺も奴ら目掛け駆け出し——やがて互いの距離はゼロになる。

 瞬間。


「っ!」


 まずは先頭に居たやつの頭を掴み、先ほどの容量で地面に打ちつける。

 これで一体、次!


 隙だらけの俺に左右から襲ってきた二体。

 俺は両手を地面につき、それを軸に自らの体全体を浮かせ、両足を使って左右のゴブリンを撃退。

 これで三た——っ。


 ガッ!


 と、背中に感じる衝撃。

 棍棒で殴られたに違いない。

 体勢が体勢もあり俺は地面へと突っ伏すように転がるが。


 そこまで痛くない!?

 レベルだ。レベルのおかげで、身体強度が上がってるに違いない。

 それなら!!


 俺は前転する容量で回避。

 そのまますぐに立ち上がり、ゴブリン達の方へと向き直る。


「はっ」


 思わず笑ってしまった。

 もうゴブリン達は団子状態だ。

 群がり、少しでも早く俺を殺そうと互いに押し合いながら走り寄ってくる。


 俺が転んで弱ったと思ったわけだ。

 いずれにしろこれじゃもう各個撃破は無理だな。

 

「上等だ!!」


 俺はゴブリンの群れへと飛び込む。

 もう順番に倒すとか、綺麗に倒すとか、齧った格闘技をすることもない。


 子供の喧嘩のように。

 動物同士の戦いのように。


「ぁああああああああああああああああああっ!!」


 手当たり次第に殴る。

 至る所を殴られる。

 それでも。


 手当たり次第に蹴る。

 至る所を蹴られる。

 それでも。


 棍棒を奪い取ってモグラ叩きように叩く。

 叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて。


 ガッ!

 ゴッ!

 バギッ!!


 殴る度に響く音。

 同時、俺の体からも響いてくる音。

 もう殴られているのだか、殴っているのだかわからない。

 それでも。


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!


 揺れる視界。

 赤く染まり始める視界の中、俺はこの地獄みたいなモグラ叩きを続け。


「はぁっ、はぁっ、は……っ!」


 気がつくと。

 ゴブリン達は居なくなってきた。

 いや、居た。


 ゴブリン達は全員、地面へと倒れている。

 どいつもこいつも頭が潰れたり、手足が変な方向に折れていたり、首が折れていたり。

 要するにみんな死んでいる。


「はぁ、はぁ……っ、はは……ははははははっ!」


 やった。

 これは俺と天音がやったのだ、やれたのだ。

 あの数のゴブリンだ。一般人なら確実に苦戦するだろうし、ブレイバーだってひょっとしたら苦戦するかもしれない。


 強くなれた実感が湧く。

 生き残れる。

 これならきっと上手くいく。

 俺はブレイバーになって、天音とダンジョンに派遣されても生き残れる。

 などなど。

 俺が凄まじい高揚感に浸っていると。


「琥太郎!」


 ぎゅっと背中から抱きしめられる身体。

 天音だ。きっと喜んでくれているに——。


「琥太郎! 琥太郎!! 頭から血が出てます! 身体も、こんな痣だらけで!!」


「え、?」


 本当だ。

 後頭部から血が出ている。

 きっとゴブリンの棍棒で殴られたに違いない。

 というか。


「な、なんか落ち着いてきたら、身体中痛いような……」


「琥太郎はバカです! あんな群れに飛び込んだりして……死んじゃったらどうしたんですか!?」


「いや、大丈夫かなって」


「こんなに怪我して、大丈夫じゃないです……琥太郎があたしの代わりに戦ってくれるのはうれしいです、でも……自分勝手な我儘ですけど、琥太郎には怪我して欲しくない、です」


「え、泣いてる!?」


「泣いてないです! 琥太郎が死んじゃうかもとは思いましたけど、思いましたけど……ぐすっ」


「ごめん、次は気をつける」


「うぅ……あたしも、ごめんなさい」


 聞かなくてもわかる。

 天音の謝罪はきっと、一緒に戦えなくてごめんなさいという意味だ。


「大丈夫だよ、天音。俺たちはレベルが上がれば強くなる。天音もそのうち戦えるようになる」


「はい……っ」


 と、俺の背中におでこを当ててくる天音。

 まぁ、俺は俺で天音が傷つくと嫌だから、あんまり戦って欲しくないんだけどな。

 まぁ今は秘密にしよう。

 それに気になることがある。

 それは——。


「クエストクリアのアナウンスが出ないな」


「そ、そういえばそうです!」


 と、俺から離れパタパタと俺の横へとかけてくる天音。

 彼女はそのまま俺へと言ってくる。


「いつもなら目的を達成したら、割と早めにアナウンスが出てきますよね?」


「あぁ……ひょっとしたら、まだ終わってないのかもな」


「え、でもゴブリンは全滅させましたよね? 琥太郎がとっても頑張ってくれました!」


 そこだ。

 クエストは『ゴブリンに占拠された村を救え』だ。

 俺たちはゴブリンを倒しただけで、村を救ったわけではない。


「村にゴブリンが残っているのか、はたまた村人が拘束されてたりするんじゃないか?」


「たしかに! それならまだ終わってないという判定かもです! それにそれなら、早く助けに……で、でも琥太郎、その」


「怪我なら大丈夫だ。痛いけど動けないわけじゃない。それにどちらにせよ、クエストをクリアしないと帰れないからな」


「うぅ……」


「というか天音は大丈夫なのか? 発情期に入りそうになったらすぐに——」


「だ、大丈夫です!! 琥太郎はデリカシーがなさすぎます!!」


 プイッ!

 と、そっぽを向いてしまう天音。

 彼女は俺の手を掴んでくると。


「ほら、行きますよ! 早くクリアしちゃいましょう!」


 グイグイ。

 俺はなぜか不機嫌な天音に引っ張られ、村の中へと入っていくのだった。



 さてさて。

 そうして時は数分後。

 俺と天音は村を歩いているわけだが。


「ひどい……っ」


 と、口元に手を当てている天音。

 彼女がそんな感想を漏らすのも無理ない。

 なんせ。


 死体だ。


 頭を潰されたり、背中から半分に折られていたり、バラバラになっていたり……。

 直視するのも憚られる人間——否、ケモミミの生えた獣人の死体が転がっているのだ。


 たしかにこの惨状は思わず目を背けたくなる。

 そして同時に理解する。


 やはりこの世界にも人間——とは言えないかもしれないが、人間に近しい種族が存在しているのだ。

 獣人。アニメの中でしか見たことのないその姿。


 もしアニメと同じならば、獣人族は人間よりも身体能力が高い。

 そんな獣人達がパッと見た限り40人近く死んでいる。

 その近くには相打ちになったのか、ゴブリンの死体も数体転がっているが。


 おかしい。

 仮にアニメよろしく獣人達が人間以上の身体能力だったとして、こんなほぼ一方的にゴブリンにやられるものだろうか。


 ここで死んでいるゴブリンと、先ほど俺が倒したゴブリン。

 それらを合わせても数は40前後。

 獣人族とほぼ同数だ。


 考えれば考えるほどに不自然だ。

 ゴブリン達と獣人達は最初のぶつかり合いの際——ゴブリン側は20体の犠牲で、獣人達40人を殲滅。その後、生き残った20体を俺が討ち取ったという計算になる。


 考えられるパターンは二つある。


 獣人達がアニメほど強くないパターン。

 地球でいう一般人に少し毛が生えた程度の強さだった場合、この戦況も納得がいく。

 だが。


 ゴブリンの死体の損壊も激しい。

 これすなわち、獣人達が相当な身体能力を持っているということに他ならない。

 であるならば。


 ドゴォンッ!!


 と、俺の思考を断ち切るように響く音。

 同時、吹き飛ぶ家屋。

 降り注ぐ瓦礫と共に現れたのは——。


「な、なにあれ……大きなゴブリン!?」


 天音の言う通りだ。

 3Mを超えそうな巨大なゴブリン。

 武器も棍棒ではなく、大きな斧を持っている。

 そして頭に被った粗雑な王冠。


「なるほど、な」


 もう一つのパターン。

 それはゴブリンを率いる、ゴブリン以上の何かが居た場合だ。


 巨大ゴブリン——容姿からゴブリンキングとしよう。

 ゴブリンキングは背中や腹などに、獣人達の物と見られる槍が刺さり、片目にも小太刀が突き刺さっている。


 つまり、こいつが殺ったのだ。

 獣人達を全滅させたのは、このゴブリンキングに違いない。

 だが、このゴブリンキングもかなりのダメージを受けている。


「天音!」


「固有スキル『比翼連理』、いつでも行けます!」


「行くぞ、こいつを倒す!!」


 そして仇を打ってやる。

 ゴブリンキングをここまで追い詰めた獣人達。

 その意思は俺が継ぐ。

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