第六話 魔王に支配された日本

 日本。

 どこからか現れた魔王により支配された国。

 東京を中心にモンスターが跋扈する国。

 世界中の総意により、巨大な壁で隔離されている断絶された国。


 現在。

 日本は数年前とは異なり、各街ごとに駅を中心とし周囲を壁で覆い、モンスターの侵入を防いでいる。

 そして、その壁を出入りできるのはブレイバーと、ブレイバーに出入りを許可された数名のみ。


 要するに。

 壁の内は人間の世界、壁の外は魔物の世界というわけだ。


 俺も天音もそんな国に住んでいる。

 住まざるを得ない、海外への脱出は実質不可能なのだから。


 さてさて。

 前置きはこれくらいにして。

 現在、俺はブレイバー協会南大沢支部の建物へとやってきている——ブレイバーは街の規模に応じて、最低二人以上が配属されているのだ。


 とまぁ、これが天音から聞いた概要だけど。

 この街のブレイバーはおそらく十人前後——そこまで多くはないだろうな。

 およそ二週間後のダンジョン攻略に、ブレイバーになりたての天音が組み込まれるくらいだし。


 天音から聞いた話によると。

 ダンジョン攻略は基本的に強いブレイバーによって行われるそうなのだ。

 にもかかわらず、ビギナーである天音を組み込むのはここブレイバー協会南大沢支部だけでなく、ブレイバー全体の人数不足すら容易に想像させる。


 まぁ。

 だからこの国はいつまでも魔王に支配されてるわけどな。

 ブレイバーがそれこそたくさんいれば、大量のモンスターを率いる魔王といえど、流石に討伐されるに違いないのだから。


 などなど。

 俺はそんなことを考えながら、ブレイバー協会の中を見回す。

 見た感じは普通のビルのエントランス——となると、あれが受付に違いない。

 今日は聞きたいことがあってここに来たのだ、天音が昼ご飯を作って待っていることだし、早く要件を済ませて帰ろう。


「午後はまた異世界に行く予定だしな」


 と、俺がそんなことを考え受付へと向かおうとした。

 まさにその瞬間。


「俺をブレイバー隊に入れてくれ!!」


 と、聞こえてくる声。

 見れば受付係と思われる男性に、20後半くらいの別の男性が怒鳴り声を上げている。


「どうしてだ!? どうしてダメなんだ!! 死ぬ覚悟だってある! どうしてもブレイバーになりたいんだ! 俺は、俺は妹の仇を討たなきゃダメなんだ!!」


「ですから、覚者でなければブレイバーにはなりません!」


「他に方法はないのか!?」


「ありません! 一般人では最下位のスライムですら手に余ります!」


 なるほど。

 そういう話題か。

 俺がここに来た要件そのままだ。

 俺がここに来たのはあの怒鳴っている男性とは少しちがうが——一般人でもブレイバーになる方法がないかを聞きに来たのだ。


 聞く手間が省けた。

 ここはもう少し彼らのやり取りを聞いていよう。

 と、俺がそんなことを考えていると。


「知ってるぞ! ブレイバーと同等の力を持っていれば、覚者でなくてもブレイバーになれるばずだ! 居るだろ、有名な奴が一人!」


「剣聖様のことを言っている様ですが、彼女は別格です! 彼女は覚者でさえ到底及ばない天性の才と、それを産まれた時より磨き上げた技術によりブレイバーになったんです! こう言ってはなんですが、あなたとは到底比べられません!」


「じゃあ試してみろ! 俺だって戦える! 俺は妹がゴブリン共に犯され殺された日から、ずっと毎日鍛えた来たんだ!」


「ですから——」


 ドッ。


 と、倒れるのは怒鳴り声を上げていた男性。

 いったい何が起きたのか。

 というか、何かの病気かもしれない。

 助けに行かないと……と、俺が動き出そうとすると。


「ざっこ!」


 と、聞こえてくる女性の声。

 見れば、受付の方へと歩いてくるのは天音くらいの身長の女性。


 金髪を後ろで結い、豊満な胸を大きく露出させた学生服を見に纏った健康的な肌の女性。


「あ、飛鳥あすかさん……」


 と、焦った様子の受付男性。

 一方、飛鳥と呼ばれた女性は倒れて気絶している男性を蹴り付けなが言う。


「試せとか言ってたから、試してやったけどこれじゃ論外っしょ? うちが軽く投げた空き缶も避けれないんだから」


「い、一般人の方に暴力を振るうのはその……」


「は? 振るってないじゃん。試せって言ってたから、うちがちょっと試してあげただけっしょ? それともあんた……うちになんか文句ある感じ?」


「な、ない……です」


 と、すっかり萎縮しまっている受付男性。

 なるほど、とりあえず理解したことは三つ。


 一般人がブレイバーになるのは、通常は不可能に違いなちということ。

 逆に言うなら例外——ブレイバー並みの力を示せばワンチャンあるということ。

 そして、飛鳥とかいう少女。あの交戦的な態度、ひょっとすると俺がブレイバーになるのに使えるかもしれないということ。


「ところであんたさ、さっきうちの胸見たっしょ? キモすぎ……変態じゃん♪」


 言って、受付男性を罵倒し始める飛鳥。

 あと、これは理解したこと四つめになってしまうのだが。


 やはり天音を一人でブレイバーにしておくわけにはいかない。


 こう言ってはアレだが。

 あの飛鳥とかいう少女を、天音にあまり近づけたくない。

 飛鳥と天音はどう見ても対極、すでに仲が悪くなる未来しか見えない。

 

 などなど。

 俺はそんなことを考えたのち、ブレイバー協会の建物を後にするのだった。

 あまり長居して、あの飛鳥という少女に絡まれても嫌だしな。

 それに午後は異世界にも行くことだし。


「ひぃ!! 見てません! 見てません!!」


「じゃああんた、うちが嘘ついてるって言うの!?」


 俺は聞こえてくるそんなやり取りを背に、ブレイバー協会の建物を後にするのだった。



 時はあれから数時間後。

 現在、俺と天音は昼食を取った後、予定通り異世界へとやってきた。


「なるほどな。転移する時はファストトラベルポイントから始まるわけか」


「他にもファストトラベルポイントを見つけたら、いったいどうなるんですかね?」


「どうだろうな。今までのことを考えるに、頭に思い浮かべたところに飛ぶとかじゃないか?」


「そうかもです! ファストトラベルポイントを見つけるクエストの時の矢印とか、小規模クエストのマークがまさにそれでした!!」


 その通りだ。

 おそらく、『ザ・ゲーム』の異世界は念じることがゲームでいう——カーソルを合わせる的な動作になっているに違いない。


 さて。

 それはともかくだ。


「じゃあ天音、そろそろ本題に入るか」


「はい! たしか今日は、小規模クエストを受けてみるんですよね?」


「あぁ、多分だけど今まで見たいな単純なモンスター討伐クエストじゃないはずだ。同じならモンスター討伐クエストも『小規模クエスト』って書かれてるはずだからな」


「小規模クエスト……いったいどんなクエストなんでしょう」


「わからない。けど、事前に打ち合わせたことは覚えてるな?」


「はい! もし危険そうなクエストなら、制限時間いっぱいまで逃げて、わざとクエスト失敗にして日本に戻る……です!」


「そういうことだ。残機が一減るのは嫌だが、即死よりはマシだからな」


「それじゃあ小規模クエスト、探してみます!」


 と、なにやらキョロキョロし始める天音。

きっと小規模クエストの位置を確認しているに違いない。


 彼女だけに任せて楽するわけにはいかない。

 俺もしっかり探さないとな。

 たしか以前見た時は、一番近い小規模クエストで五kmだったはず……。


「…….?」


 あれ。

 おかしいな、俺の見間違いか?


「琥太郎! なんだかおかしいです! ここから一km向こうに行ったところに、小規模クエストのマークがあります!」


「だよ、な? 俺の見間違いかと思ったけど」


「あれ、この前はありませんでしたよね?」


「それは断言できる。あの位置に小規模クエストマークはなかった。この前は今以上によく見たし、あったら流石に気がついたはずだ」


「と、ということは……」


「あぁ」


 おそらく。

 あの小規模クエストは、前回俺たちが帰ってから今までのどこかのタイミングで、新しく出現したに違いない。


「琥太郎、どうしましょう?」


 と、不安そうな様子の天音。

 当たり前だ。


 事前の打ち合わせだと、今日は前回見つけた五km離れた小規模クエストをやってみる予定だったのだ。

 しかし。


「距離が近い分体力の消費が少ない。どちらも小規模クエストという意味ではかわらないし、今日は近くの方に行ってみよう」


「はい!」


 そうして俺と天音は歩き出す。

 今の日本では感じ得ない気持ちのいい空気と、優しい木漏れ日の中。


「そういえば琥太郎、ブレイバー協会の方はどうなったんですか?」


「一筋縄じゃいかなそうだ。ただ突破口になりそうな奴を見つけた」


「?」


「飛鳥とかいうやたら態度のでかいブレイバーだ、知ってるか?」


「あ、飛鳥さん……ですか」


「知ってそうだな……」


「初日に『うち、弱そうな奴は嫌いなんだ……あんたとか』って言われちゃいました」


「……」


 どうやら俺の予想は当たっていた様だ。

 天音と飛鳥はやはり相入れない。

 

「あ、あの! 突破口が飛鳥さんって、その……どういうことですか?」


「いや、まだこれと言ったプランは決まってないんだけど。あいつのあの態度を利用すれば、どうにかなりそうかなって」


「飛鳥さんとその、仲良くなってその……取り入ろうっていう作戦ではない、ですよね?」


「は?」


「だ、だからつまり! その……こ、恋人になって琥太郎の身体を自由にさせる代わりに、琥太郎をブレイバーに、とかでは」


「……」


 なーに言ってんだこいつ。

 ひょっとして既に『比翼連理』の効果で発情していたりするのだろうか。


「そ、そんな目で見ないでください! あたしは心配なだけです! 琥太郎が無理矢理エッチなことさせられないか、すっこく心配なんです!」


「安心しろ、それは絶対にない」


「ほ、本当ですか!? 絶対ダメですからね! 琥太郎の初めてはその、絶対にあたしで……って、何を言わせるんですか!!」


「いや、お前が勝手に言ったんだろ!?」


 とまぁ。

 我ながら緊張感のない会話をしながら森を歩くうちに、ようやく森を抜け視界が開け——。


「なんだ、これ?」


 俺の前に想定しなかったものが映る。

 それは。


「これ、道……ですよね?」


 そう。

 舗装などはされていないが、確実に人の手で整えられた道だ。


 待て待て待て。

 ということは、この世界には人が住んでる?

 全く考えてなかった。

 しかし、考えてみればそうだ——アニメやゲームでも、異世界にはその異世界の住民がいる。

 その住民はもちろんモンスターだけではなく、動物や人間だっている。


「琥太郎、あっち!!」


 と、聞こえてくる天音の声。

 見れば、彼女は道の先を指差している。

 そこにあるのは。


「村、か?」


 しかも。

 ただの村ではない。


「小規模クエストのマーク、あの村の上に出てます!!」


「マジか」


 俺も確認してみるが、たしかにマークはあの村の上に出ている。

 ということは、小規模クエストは間違いなくあの村で起こるに違いない。


 マークを見るに、もう村との距離は二百メートルもない。


「もう少し近づいてみるか」


「は、はい!」


 そして俺と天音は村を目指して歩き出す。

 残り百五十メートル。

 残り百メートル。

 残り五十メートル。


 もう村は目と鼻の先。

 そこで異変に気がつく。


「人が、居ない?」


「琥太郎、あれ! 井戸の前にあるの、血です!」


「っ!」


 俺が身構えた。

 まさにその瞬間。


『小規模クエスト発生。ゴブリンに占拠された村を救え。制限時間二時間』

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