第五話 発情期の幼馴染様

『クエスト発生。ファストトラベルポイントの発見』


 いろいろツッコミたいことはある。

 しかし、それよりもまず気になることは。


「こ、琥太郎……この矢印って何なんですかね?」


 そう、天音が言ったことこそズバリだ。

 突如として視界に現れた矢印。しかも、よく観察するとファストトラベルポイントのことを考える時だけ矢印が現れる。

 よって、順当に考えるなら。


「ファストトラベルポイントの場所だろうな。この矢印の方向に進んでいけば、ファストトラベルポイントがあるとか」


「なるほど、さすがは琥太郎です! あたしには全く思いつきませんでした……でも、どうして矢印が現れたんですかね。だって、今までのクエストはほぼノーヒントでした」


「いくつか考えられるけど」


「例えば何です?」


「例えばレベルアップの影響で、固有スキル『ザ・ゲーム』が強化されたとか」


「それで見えないものが——ヒントが見えるようになったんですね!?」


「あぁ」


 ただ。

 こちらは違う気がする。

 ゲームで考えるなら、クエストの受注場所が見えるようになるギフトはあったとしても、ヒントが見えるようにギフトはそうそうない。


 だって、ヒントというものは最初から見えるからこそヒントなのだから。


 まぁ、死にゲーとかなら話は別だろうけど、この世界が死にゲーに似た難易度の世界だとは思いたくないから、その考えは排除だ。

 とにかく言いたいことはだ。


「このクエストの仕様なんじゃないか?」


「仕様……このクエストは最初から、矢印のヒントが見えるクエストってことですか?」


「あぁ、だってよく考えてみろよ。知らない土地でファストトラベルポイントなんていう訳分からんもんを、ヒントなしで探せると思うか?」


「む、無理です…….というか、考えたら怖くなってきました。だって、もしノーヒントでそれを探せって言われて失敗し続けたらっ」


 そう。

 俺たちは死ぬ。


 つまり、そんなもん無理ゲーこえてクソゲーってわけだ。

 またゲーム的な考えだが、この世界を——『ザ・ゲーム』を作った奴が居るとするならば、最低限のゲーム制作センスはあるに違いない。


 もっとも。

 3回クエストに失敗したら死亡するのは、だいぶクソな仕様だが。


「とにかく行こう、俺たちは少しでも強くならないといけないんだから」


 と、天音の方を振り返った。

 まさにその瞬間。


「琥太郎ぉ……あたし、琥太郎が好きですっ。好きで好きで、ずっと前から大好きで、もう我慢できない、ですっ」


 頬を桃色に染め。

 蕩けた瞳で俺の方を見てくる天音。

 そんな彼女から普段とは違うなんだか甘い匂いがして——。


 っ!

固有スキル『比翼連理』のデメリットじゃないかこれ!?

 たしかあのスキルの効果はこうだ。


固有スキル『比翼連理』

 最愛の者の能力を大幅に上昇させることができる。また、このスキルの保有者の能力は常時大幅に低下する。さらに一度の使用時間に応じて、このスキルの使用者は発情する。


 マジかよ。

 ゴブリンと戦った時に比べてそんなに長く使わせてない。

 ただたしかに、敵が二体居た分時間は二倍かかったが。


 などなど。

 琥太郎が考えている間にも。


「ちょっ!?」


 押し倒された。

 そしてそんな俺の顔のすぐ近くには天音の顔。


 「あたし、あなたのが欲しくてたまらない、です……琥太郎……あたし、あたしはっ」


 と、俺の名前を呼んでくる天音。

 彼女の瞳はまるで愛しいものでも見るように優しく、そして妖艶に細められ……彼女の唇は徐々に。


「…….あ、れ?」


 パチパチ。

 と、何やら急に瞬きし始める天音。

 そして、彼女はジーっと俺の顔を至近距離から凝視……やがて自分が何をし、何をしようとしていたのか気がついたに違いない。


「ち、違います! あ、あたしは別に……こんなことしたいわけじゃないんです!!」


 バッ!

 と、立ち上がり俺から離れる天音。


「あ、でも琥太郎が好きなのは本当で……って、違います! あ、あたしが言いたいのは、あたしはこんなにエッチな女の子じゃないということです!!」


「お、おぉう」


「し、信じてください!!」


 なるほど。

 この様子を見るに、『比翼連理』のデメリットの一つである発情効果が切れたに違いない。

 おそらく、使用時間がそこまで長くなかったから、こうして発情している時間も短かかったのだ。


「うぅ、琥太郎があたしを見る目がエッチです!」


「いや違うからな!? ちょっと考えごとをしていただけだならな!?」


「でも今、あたしのことずっと見てました!! うぅ……琥太郎になら別にいいですけど、それでも恥ずかしいです!!」


 と、自らを抱きしめて涙目で言ってくる天音。

 俺がそんな彼女を説得できたのは、それからさらに少しの時間を要したのだった。



 さてさて。

 時は進んで少しあと。

 現在、俺と天音は視界に映る件の矢印——ファストトラベルポイントを示しているであろう矢印に従い、森の中を歩いている最中だ。


「あれからモンスターが出てきませんね」


「ひょっとしたら、俺たちのレベルが上がったせいかもな」


「?」


「よく言うだろ、野生の動物は自分より弱そうな動物を襲うって」


「あ、聞いたことをあります! 弱った姿を見せると襲ってくるんですよね?」


「そういうことだ。だから俺たちのことを警戒して、モンスターが出てこなくてなったんじゃないか?」


「さすが琥太郎です! きっとそうです!」


 ただ。

 先のウルフの様に、複数で襲ってくる敵はその限りではないだろうが。

 赤信号みんなで渡れば怖くない——というわけではないが、人間も複数人集まると気が大きくなる。


 きっとモンスターも三匹、四匹集まればまた襲ってくるだろう。

 あとはまぁ、単純に強い個体とかは一匹でも襲ってくるだろうな。


『クエストクリア!!』

『報酬として50ポイントを獲得しました』

『現在、渋谷琥太郎のポイントは100/100です』


 唐突に脳裏に浮かぶ文字。

 クエストクリアってことは、ファストトラベルポイントを見つけたってことか?

 いったいどれがファストトラベルポイントなんだ?


「琥太郎、ひょっとしてこれじゃないですか?』


 と、俺の考えを読み取った様に言ってくる天音。

 さすが付き合いが長いだけあり、まるで以心伝心だ。

 さてそれはともかく、俺は天音が指差している先を見る。

 するとそこにあるのは。


 大木。

 その森林の中でも一際目立ち、遥か天高くまで聳え立つ巨大な木だ。


「消去法的にまぁこの大木がファストトラベルポイントだろうな。それより天音、今はまず先に——」


「はい、レベルアップですね?」


「あぁ」


 さてっと。

 俺は頭の中でポイントについて意識する。

 すると。


『現在のポイントは/100です。ポイントを消費してボーナスを取得できます』

『①レベルアップ。②アイテム取得。③スキル取得』


 脳内に浮かび上がる文字。

 当然選ぶのは——レベルアップ。


『渋谷琥太郎のレベルが5になりました』


 よしこれで俺の身体能力はまた上がったはずだ。

 そしてそれよりも。


「琥太郎、バッチリレベルアップしました!」


 可愛らしくピースサインをしてくる天音。

 大事なのは天音だ。


 天音は4レベルの時に、ようやく一般人と同じ様な身体能力だった。

 すなわち今回のレベルアップにより、ついに人間の身体能力を超えたに違いない。


 ただ安心するのはまだ早い。

 覚者はそもそも人間を超越した力を持っているのだ。

 そしてモンスターはそんな覚者を持ってしても、苦戦する様な怪物。

 天音はあと二週間で、そんなモンスター達が跋扈するダンジョンに行くことになるのだ。


 もっとだ。

 俺も天音ももっと強くならないと。

 そうしないと生き残れない。


 などなど。

 俺がそんなことを考えていると。


「こ、琥太郎! 大変です、また変なのが出てます!!」


 あわあわ。

 と言った様子で両手を左右で振っている天音。

 彼女はやや落ち着きを取り戻したのか、あちらこちらを見ながら言ってくる。


「色々なところに、『小規模クエスト』と書かれマークが出てます!」


「『小規模クエスト』?」


 なんのことだそれは。

 と、俺が脳内で考えた。

 まさにその瞬間。


 視界の至る所に現れる『小規模クエスト』と書かれた逆三角形のマークと、そのすぐ横に書かれているそこまでの距離と思われるマーク。


 モンスターの位置、ではないよな?

 モンスターの位置にしては、逆に数が少なすぎる。


 そもそも。

 モンスターが出現した時には『クエスト発生』としか浮かばなかった。

 では小規模クエストとはいったい。


「琥太郎! きっとこれ、琥太郎が言ったやつです!」


「俺が言った奴やつ?」


「レベルアップして固有スキル『ザ・ゲーム』が強化されたんです!」


「なるほど、たしかにこのクエストマークが見える様になったのは、レベルアップ直後だ……それだと辻褄が合う。となると、これを見る条件だがおそらく——」


「ファストトラベルクエストの時の矢印と同じ仕組みですね?」


「多分そうだろうな。今試してみたんだが、実際クエストのことを意識しなくなったら消えた」


「あ、本当です! 消えたり現れたりします! すごい、さすが琥太郎です!」


 きゃっきゃと無邪気にはしゃぐ天音。

 そんなに褒めてくれると恥ずかしいより先に、純粋に嬉しくなってくるから困る。


「でも琥太郎、一番近い小規模クエストでもとっても離れています」


「どれどれ……なるほど、たしかに一番近いのでも五kmってマジかよ」


「どうしましょう?」


「そうだな……今日はもう日本に帰ろう」


「え、でも」


「クエストを二つこなして、レベルを結構上げられたってのもあるけど。一番は天音の発情が心配だ」


「あ、あわわわわ……そ、そう言うことをハッキリ言わないでください!」


 たたっと近寄ってくると、俺の胸をポンポン叩いてくる天音。

 たしかに今のはデリカシーがなかったかもしれない。

 今後は気をつけよう。


「ほら、お互い疲れてるだろうから、この辺りで一旦戻ろう。あんまり一日に詰め込んで、ミスをしたんじゃ洒落にならないからな……特にこの世界では」


「そうですね。あたしは発情なんてしてませんけど、そろそろお互い疲れてるから帰りましょう!」


「お、おう」


「……琥太郎のバカ」


 と、なぜか不貞腐れた様子で罵倒してくる天音。

 俺はそんな彼女と共に、日本へと戻るのだった。


 そしてこの時の俺は知らなかった。

 翌日、想定外の事態が発生することを。

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