第四話 新たなるクエスト②

「gurrrrrrrrrrrr!」


 涎を垂らし、赤い瞳でこちらを睨みつけているのはモンスター、ウルフ。

 明らかに以前戦ったゴブリンより強そうだ。

 けれど、こちらも以前と違うところがある。


 俺のレベルは2になった。

 そして今回は、前回と違ってクエストが発生するのをある程度予想して異世界に来た。


 自分の意思で戦うのと、突発的に巻き込まれるのでは心のあり方が違う。


「gau!!」


 と、突っ込んでくるウルフ。

 しかし、今の俺は以前よりも落ち着けている。

 それに加えて。


 見える。


 これがレベル2に『比翼連理』が加わった力。

 敵の攻撃の軌道が、その筋肉の躍動から——視線の動きから予想することができる。

 ならば勝てる。


 行け。

 ビビるな!


「っ!!」


 俺はウルフとの距離を詰める。

 同時、大地を蹴り付け予想通りの動きで飛びかかってくるウルフ。


「早い、だけど!!」


 俺は紙一重でウルフの牙を躱す。

 そしてすれ違いざま。

 俺は目にする。


 すれ違いざま故の極至近距離。

 ウルフのより詳細な筋肉の動き、そして聞こえてくる骨の軋みと鼓動の音。


 聞いたことがある。

 覚者は相手の身体情報を目や耳で瞬時に分析して、まるで未来予知のように攻撃すると。

 

 レベル2+『比翼連理』で底上げされた俺の力は、不完全ながらも覚者に近づいているんだ。

 だったら——。


 集中しろ。

 ウルフの視線から意識が向けられている場所を。

 筋肉の動きから未来を読め。

 そして見つけろ——。


「そこだっ!!」


 言って、俺は落ちていた小石を拾い。

 天音の側の草むらへと全力投球。


「gyann!?」


 と、草村から聞こえてきたのは別のウルフの声。

 そう、ウルフは二頭居たのだ。

 俺に二頭目の存在がバレたことにより動揺したのか、俺とすれ違ったのち立ち止まり、草村と俺を交互に見るウルフ。


「なんでもいいけど、隙だらけだぞお前」


 ドゴッ!

 振り返り様に俺が放った蹴りは、そんなウルフの側頭部に直撃。

 

 ウルフは骨が折れるような嫌な音を響かせながら吹っ飛び、木に体を叩きつけられるとやがて動かなくなる。


 さて。

 クエストは今見返しても『ウルフの討伐』だ。

 どうやら不親切にも討伐の際の個体数は書かれないみたいだな。


 にしてもよかった。

 一頭目の視線と、筋肉の動きをよく見なかったら、二頭目には気が付けなかった。


 一頭目は俺とすれ違った際。

 天音を見たのちに、草むらへと視線を動かしたのだ。

 そして、身体中の筋肉はまっすぐ駆け抜けようとしていた——まるで合流する仲間と共に、俺をスルーして天音を狩るように。


「出てこいよ卑怯者、石を頭部にぶつけられたくらいじゃ死なないだろ?」


「grrrrrrrrrrrrrrrrrr!」


 草むらから出てきたのは、頭部から血を流したウルフ。

 無論、隠れて天音を狩ろうとした個体だ。


 そう。

 こいつは天音を殺そうとした。

 明確に狙って。


「っ」


 一瞬、どうしようもない怒りで頭がどうにかなりそうになる。

 しかし、戦いの最中に怒りに身を委ねるのはどう考えても愚策。

 俺は可能な限り冷静に、そして激しい敵意を持ってウルフを睨みつけながら。


「来いっ!」


「graaaaaaaaaa!!」


 と、まるて俺の言葉を理解したかのように突っ込んでくるウルフ。

 しかし、その動きは到底言葉を理解しているとは思えぬほど単調。

 仲間を倒されて怒っているに違いない。


「その程度の感情はあるんだな。だったら……」


 人間を襲うときに、襲われた側の気持ちも考えてみろ。

 俺はそんなことを考えながら、飛びかかってくるウルフめがけて疾走。


 やはり普段より身体が軽い。

 それにウルフの単調な動き。

 これなら。


「カウンターを狙うまでもない!!」


 俺はウルフとの接敵寸前、急制動をかけて立ち止まる。そしてその勢いを利用——左足を軸とし。


「これで終わりだ!」


 ウルフの右顔面めがけ、強烈な回し蹴りを放つ。

 結果。


「gyannnn!?」


 と、一匹目よろしく吹っ飛んで行くウルフ。

 陸が油断なくそいつを見ているとやがて。


『クエストクリア!』

『報酬として168ポイントを獲得しました』

『現在、渋谷琥太郎のポイントは250/100です』


 これが出たということは、今回ばかりは信じて良さそうだ。

 少なくとも、先ほど戦っていた二体のウルフは確実に死んだ。

 だからこそ、先のクエストクリアの文字が脳裏に出たに違いないのだから。


「琥太郎!」


 と、聞こえてくる天音の声。

 見れば彼女は俺の方へと駆け寄りながら。


「大丈夫ですか、どこか怪我はしていないですか!?」


「こっちのセリフだ! 天音こそ怪我はしてないか!? あいつにやられなかったか!?」


「は、はい……琥太郎がその、守ってくれましたから」


「っ……はぁ」


 ならよかった。

 一気に力が抜けた感じがする。

 というか今回の件で学びを得た。


 やっぱり天音から必要以上に距離を取るのは危険だ。

 もし仮に今回、もっと距離を取っていたらと思うとゾッとする。

 少なくとも天音が強くなるまではだが。


「琥太郎、どうしたんですか?」


「いや、ちょっと考え事してた。なんにせよだ、これで一つわかったことがある」


「?」


「クエストが始まる条件だ。今回のタイミング的に、多分モンスターと出会ったりするとクエストが始まる」


「あ、そういえばそうです! クエストが始まったタイミングと、モンスターが出たタイミングはほぼ同じです!」


「でだ、これを利用すれば索敵に使えるかもしれない」


「敵が近づくとクエストが発生するから、レーダーみたいになる……すごいです、琥太郎はさすがです!」


 きゃっきゃ!


 と、小太郎の手を握ってはしゃいでいる天音。

 もっとも、完全にクエストのモンスター発見機を信頼するわけにはいかないが。


 さっきのウルフ二体目みたいに、クエスト表示を信じたがゆえのバカを見たら危険だからな。

 

 などなど。

 俺がそんなことを考えていると。


『帰還しますか?』


 と、脳内に浮かぶ文字。

 初めてクエストを達成した時とは違う。

 そう、前回はたしか勝手に日本に戻されたはず。


「こ、琥太郎……?」


 どうやら天音も戸惑っているに違いない。

 まるで瞳で『どうしますか?』と訴えてきてもいるようだ。


「俺たちに猶予は二週間しかない。というか、正確には二週間を切ってる。おまけに俺がブレイバーになるために交渉しに行く日も取らないとダメだ」


 となると。

 もう一日たりとも無駄にはできない。

 無論、身体を休める日は必要だが、それは確実に今日この時ではない。


「どうなるかも知りたいし、帰還を拒否しようと思う……天音はそれでもいいか?」


「はい、もちろんです! あたしは琥太郎を信じてます! だから、琥太郎が言うことなら何でもします!」


「わかった、なら」


 俺は脳内で帰還を拒否する。

 すると当然だが、以前のように日本に戻ったりはしない。

 けれど、ぼーっとしている暇はない。


「天音、レベルアップだ! 取得したポイントを全部使って、上げられるだけレベルを上げろ!」


「は、はい!」


 当然、俺もあげる。

 ここは危険な異世界、強くなれる余地があるなら即座に強くなったほうがいい。

 あとから後悔してももう遅いに違いないのだから。


『現在のポイントは250/100です。ポイントを消費してボーナスを取得できます』

『①レベルアップ。②アイテム取得。③スキル取得』


 ①レベルアップを二回選択。


『渋谷琥太郎のレベルが4になりました』


 これでレベル4。

 数値だけ見るとレベル2から倍のレベルになってるわけだが。


 まぁ、身体能力がいきなり倍になったりはしないだろうな。

 体を軽く動かしてみた感じも、少し動きやすくなった程度しか感じない。


「琥太郎に言われた通りレベル4にしました! これで大丈夫ですか?」


「あぁ、問題ない。身体に変化はあるか?」


「えっと、そうですね……実は固有スキル『比翼連理』を取得してから、スキルのデメリットのせいで身体が怠いというか重い感じがしたんですか、なんだか良くなった気がします」


 ぴょんぴょん。

 と、ジャンプする天音。


 これは予想だが。

 そしてちょっと複雑だが。


 覚者になって人間を超えた身体能力の天音だが、固有スキル『比翼連理』のせいで身体能力がダウン。

 結果、普通の人間以下になっていたのが、今ようやく普通の人間並みになったのだ——レベルの補正によって。


 よく考えるとかなりのデメリット。

 覚者を人間以下にするほどとは。


 しかし。

 俺への能力アップの補正がかなり大きそうだからな……釣り合いは取れているのか。


 そんなことを考えていると。


 くいくい。

 と引かれる服の袖。

 天音だ。


「ねぇねぇ琥太郎、このあとはどうするんですか?」


「とりあえずもう少し歩いてみよう、他にクエストがあるかもしれない」


「うぅ、要するにモンスターを探すんですよね」


「まぁそうなる」


「あ、あたし……頑張ります!」


 ふんっ!

 と、天音が可愛らしい鼻息を出した。

 まさにその瞬間。


『クエスト発生。ファストトラベルポイントの発見』


 ファストトラベルポイント。

 ゲーム用語の通りなら、ファストトラベルポイントを触ってさえおけば、いつでもそこに瞬間移動できる。


 つまり次回は大森林のいつもの場所以外から始められるということに違いない。


「こ、琥太郎!! なんだか見えます!!」


「なんだかって何が——」


 と、言いかけて気がついてしまう。

 俺の視界上の方にうっすらと矢印が出ているのだ。

 俺はそれを意識して思わずいってしまうのだった。


「マジでゲームかよ……これ?」

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