第三話 新たなるクエスト

 時は翌日、早朝。

 場所は渋谷家のリビング。


「今日から夏休みでよかったよ、こうして落ち着いて話せるからな」


「うん! 今日はえっと、これからのレベルアップについて話すんですよね?」


 と、俺の言葉に対し返してくるのは天音だ。

 彼女はテーブルを挟んで俺の向こう側、学校でもないのに制服を着てちょこんと座っている。


「いちおう昨日の夜言われた通り、あたしもちゃんとレベルアップしました! でも、本当に選択肢はレベルアップで良かったんですか?」


「昨日も言っただろ? 天音の固有スキルは確かに後方支援向けだけど、レベルをあげるメリットは色々ある」


「?」


「一番デカいのはレベルアップすることにより、天音自身の身体能力を上げられる。そうすればいずれ、覚者なのに一般人より弱いっていうデメリットを打ち消せるかもしれない」


「そ、そうでした! それである程度あたし自身の強さを確保したら、スキルを獲得すればいいんですよね?」


「今のところの方針はな」


 レベルとスキルは無駄にはならない。

 問題はアイテムだ。

 装備が出るのか消耗品が出るのか未知数すぎる。

 というかそもそも。


 ライターとかマッチとか、そういう日用品が出ないという保証もないしな。

 余裕が出てくるまで選ぶのはナンセンスだ。


「琥太郎琥太郎! 週末までは何をしますか? 二人で強くなるためにレベルアップはわかりました! でも、週末まではクエストも何もないから、強くなれません!」


「今日話したいのはそのことなんだ。ちょっと試したいことが二つあってな」


「あたしも手伝えますか? 琥太郎のためならあたし、何でもします! 琥太郎は大切な幼馴染ですし、あたしの命の恩人ですから!」


「何でも?」


「はい、何でも……ち、違います! 琥太郎はエッチです!!」


 と、自らの身体を抱きしめるようにしながら、恥ずかしそうに俺の方を睨んでくる天音。

 一つ言いたい。


「いや勘違いだからな!? 何でもしてくれるなら、さっそくやってほしいことがあるんだが……って、そう言おうとしただけだからな!!」


「あ、うぅ……そ、そんなぁ。これじゃあ、あたしが自意識過剰なエッチな女の子みたいです」


 とら頭を抱えてイヤイヤと頭を左右にふりふりしている天音。

 昔から思っていたが、天音はエロ関連においてポンなことが多いように思う。


 とにかくだ。

 今は気を取り直して、俺は天音へと言う。


「試したいこと二つの話だけど、一つは単純に『日本にいるモンスターを倒してもポイントをもらえるのか』ってことだ」


 天音の固有スキル『ザ・ゲーム』で飛ばされる異世界で、クエストを達成するとポイントはもらえる。

 昨日のことから考えて、言い換えればそれはモンスターを倒せばポイントをもらえるということでもある。


「倒してるのは同じモンスターだ。日本のモンスターを倒す時も、何らかのクエストが発生するという可能性もあるしな」


「そうです! たしかに試してみる価値はあります! 琥太郎すごい冴えてます! それであと一つは? もう一つも教えてください!」


「もう一つはもっと単純なんだけど、固有スキル『ザ・ゲーム』って自分の意思でも使えるんじゃないか?」


「?」


 ひょこりと首を傾げている天音。

 意味がよくわかっていないに違いない。


固有スキル『ザ・ゲーム』

 異世界に行くことができる。一週間に一度も異世界に行かない場合は、週末のいずれかの時間に強制転移される。クエストを三回連続で失敗した者は死ぬ。また協力者を一名選ぶことができ、このスキルのあらゆる事象の適応対象とする。


 この能力。

 天音は先ほど、異世界に行くのに週末まで待つ必要があると行った。

 たしかに異世界に転移『される』のは、文面的に週末まで待つ必要がある。

 しかし。


「週末の転移ってのは、いわゆる罰ゲームみたいなもんなんじゃないかな?」


「罰ゲーム、ですか? サボってる人へのペナルティ、みたいな?」


「天音の例えの通りだよ」


 固有スキル『ザ・ゲーム』で、俺が注目した説明文は一つ。


 一週間に一度も異世界に行かない場合


 この部分だ。

 これはつまり、言い換えれば異世界に何度も行けるということに他ならない。

 要するに。


「結論だけ言うと、天音の固有スキル『ザ・ゲーム』は好きなタイミングで異世界に行けて、向こうでクエストを達成してポイントを稼げるスキルだと思うんだ」


「空き時間でポイ活みたいです!」


「まぁそう、天音のスキルはポイ活スキルと言っても過言ではない!」


「あたしのお母さんがポイ活得意でした! この家もポイ活で得たポイントだけで買ったんですよ!」


 なんだか今、さりげなく衝撃的なことを聞いた気がする。

 だかまぁ今はそれはおいておいてだ。


「本題に入るが、今日は固有スキル『ザ・ゲーム』を使って好きなタイミングで異世界に行けるのか。そして、向こうでクエストは発生するのかを試したい……付き合ってくれるか?」


「当たり前です! そもそも、あたしが琥太郎に付き合ってもらってるんです! 琥太郎の言葉なら、どんな事だって聞きます!」


「ありがとう天音、それじゃあさっそくなんだけど」


「はい! 固有スキル『ザ・ゲーム』を使用してみます!」


「待った! 多分大丈夫だと思うけど、天音一人で転移したら怖いから、念のために俺の手を握ってくれ」


「は、はいっ!」


 と、何やら照れた様子で手を伸ばしてくる天音。

 俺はその手をしっかりと掴んだ。

 まさにその瞬間。


 グニャリ。


 と、視界が大きく歪む。

 そして気がつくと俺と天音は。


「ここは、異世界?」


「はい! そうみたいです!」


 この前と同じ、大森林に立っていた。

 つまり、俺の予想は当たっていたわけだ——天音の固有スキル『ザ・ゲーム』は、好きなタイミングで異世界に行ける。


 くいくい。


 と、引っ張られる俺の服の袖。

 引っ張っているのは天音だ。


「琥太郎、何だか変です」


「何がだ?」


「だって、クエストが発生しません!」


 たしかに。

 この前は来て少ししたら、クエストが発生した。


「今まで天音が一人で来ていた時は、クエストが発生するのに時間がかかったことはなかったのか?」


「ありません! すぐに発生しました!」


「となると……」


 クエストが発生するまで、ここで待っているのもありだ。

 しかし、それではあまりにも時間の無駄というか。


「少し周りを歩いてみるか。俺たちはこの世界についてほぼ知らないわけだし」


「はい! 一人の時は怖かったですけど、琥太郎が居るならへっちゃらです!」


「じゃあ行こう」


 そして俺たちは歩き出す。

 木漏れ日が差す大森林を。


「……」


 鳥の声とかが聞こえるから、モンスター以外の生物も普通に居そうだな。

 まぁ、鳥型モンスターの可能性もあるけど。


「なんだか小さい頃を思い出しますね、覚えていますか?」


「覚えてるよ。田舎の爺ちゃんのとこに遊びに行った時だろ?」


「はい! 二人でこうして森の中を探検したんです! でもそうしたら——」


「野犬に襲われたんだよな。いや、アレは本当にビビった」


「でも琥太郎、あたしの前に立って守ってくれました。それで野犬を追い返して、とってもカッコよかったです」


「そんなにか?」


「もちろんです。あの時からあたしは琥太郎のことが、とっても大好きです! あ、でもその前からすっごく好きでしたけど!」


「お前な……そういうの俺以外には言うなよ、勘違いされるぞ」


「?」


 ひょこりと首を傾げている天音。

 まったく無防備すぎる。

 天音は学校でいろいろな男子から告白されまくっているのは、おそらくこういうところが原因に違いない。

 もっとも、その悉くを「ごめんなさい」で切り捨てている結果『百人斬りの有明天音』なる通り名がついてるわけだが。


 ガサッ。


 今何か聞こえた気がする。

 少し前木の影から——。


 ガサッ。


 また聞こえた。

 間違いない。


「天音、ストップ! あそこの影に何かいる!」


「琥太郎、クエストが!!」


 と、そんな天音の声。

 同時。


『クエスト発生。ウルフの討伐。制限時間十分。』


 クエスト?

 このタイミングで?

 瞬間。


「gaaaaaaaaaaaa!!」


 と、飛び出してきたのは黒い毛皮に覆われた、人間大の狼。

 あれも教科書で見たことがある、クエストにも名が載っていたウルフ——単体では大したことないが、群れると危険なモンスターだ。


 見た限りこいつは単体。

 クエストの内容的にも群れの討伐を思わせるワードはない。

 となれば。


「天音!」


「はい、固有スキル『比翼連理』を発動させます!」


「あんまり下がりすぎるなよ、いつでも俺がフォローできる範囲に居るんだ」


「はい!」


 さて、それじゃあやるか。

 戦って倒してやるさ


 昔野犬を追っ払った時みたいな。

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