第二話 大人の階段登ります

 天国の父さん、母さん。

 俺は今日、大人になります。


 そして同じ場所に居るであろう天音のお父さんとお母さん。

 娘さんもらいます、きっと幸せにしてみせます。


 さてさて。

 現在時刻はすっかり夜。


『帰りたくない!』


 と、腕に抱きついてきた天音は、ただいま渋谷家こと俺の家の風呂場で入浴中。

 なお風呂に入る時にこんなことを言っていた。


『お願い……琥太郎とするのは、汗を流してからがいいんです』


 そんなことを言われたら、男はもう黙って待つのみだ。

 故に俺は自室のベッド上で待機中。


「と、そうだ。せっかくだからポイントの使い道について考えるか……たしか選択肢は」


『現在のポイントは182/100です。ポイントを消費してボーナスを取得できます』

『①レベルアップ。②アイテム取得。③スキル取得』


 と、脳に浮かんでくる文字。

 相変わらず慣れないが、しっかり教えてくれるあたりサービスは良いようだ。


「さて、どうしたもんかね」


 ゲームライクに考えるなら、序盤は①レベルアップ一択な気がする。


「②アイテム取得は装備が出るならまだしも、使い切りアイテムが出たら泣ける。③スキル取得はいいっちゃいいけど……」


 特化的なスキルが出たら、使える場面が限られる。そうなれば持ってないのも同然の場面すら出てくる。


「一方、①レベルアップならどんな局面にも対応できるし、確実に無駄にならない」


 よし、決めた。

 俺は脳内で①レベルアップと唱える。

 すると。


『渋谷琥太郎のレベルが2になりました』


 あまり実感はないけど、とにかくレベルは上がったらしい。

 強くなれるなら、このご時世儲けものだ。

 なんせ。


「魔王が日本に現れて東京を占拠、かつて都庁があった場所に魔王城を建ててからと言うものの、この世の中は弱肉強食だ」


 魔王はゲートを開き魔物、いわゆるモンスターを大量に召喚し始めた。

 それは凄まじい勢いで魔王の領土を広げていき、東京都全域はほぼ魔王の支配権となった。


 首都は北海道になり、富裕層はこの時点で海外へと逃げた。

 けれど、逃げるほどの金や伝手がない人々。そして、一部善意の政府高官は東京を離れずに留まった。


 やがて。

 世界中の総意により、日本列島は巨大な壁によって覆われ、外部へと脱出は不可能となった。

 空から行こうとすれば、周りに配備されているミサイルで迎撃されてしまう。

 要するに。


 世界から日本は見捨てられた。


 魔王を倒すまでは日本は無いものとして扱う。

 それが世界の総意だ。


「まぁ、核爆弾の雨を降らされないだけまだましだよな」


 もっとも、魔王城出現初期に撃ち込まれた30発の核は直撃までに消失してしまったが。

 おそらく魔王の手によって。


 コンコン。


 と、聞こえてくるのはノックの音だ。

 続けて——。


「いいお湯でした! そ、その……入っていいです、か?」


「ど、どうぞ」


 馬鹿野郎!!

 緊張するな俺!

 小さい頃は一緒にお風呂入ったり、一緒に寝てただろ!!

 落ち着け、たいしたことじゃない。

 

 そうだ。

 これからすることは何も特別じゃない。

 子供はこれからすることをして産まれてくるのだ。

 だから落ち——。


「入ります、ね」


 ガチャ。

 と、開く扉。

 入ってきたのは天音だ。


 ホカホカと僅かに湯気を上らせた身体。

 上気し桃色になっている頬。

 暖かそうな吐息。

 血色のいい唇。

 さらには。


「琥太郎のワイシャツ、やっぱり大きいですね! ほら、こんなにブカブカ」


 クルクルと、両腕を上げていわゆる裸ワイシャツを見せつけてくる天音。

 ほどよく育ったお胸が色々と主張をしているのが見える。


「どうしたんですか?」


「い、いやなんでもない」


 言えない。

 天音は昔から無防備がすぎるのだ。

 だからこそ、あえて言ったら負けな気がする。

 知らないけど。


「あ、あの……そろそろその、本題なんですけど」


 言って、モジモジとワイシャツの裾を掴みながら、ゆっくりと俺の方へと近づいてくる天音。


 き、きた!!

 ついにきた!!

 いわゆる本番だ。


 父さん母さん。

 天音のお父さんお母さん。

 俺を天音を産んでくれてありがとうございます。

 俺たちはこれから幸せに——。


「きゃっ!」


 思考を断ち切るよう聞こえてくる天音の悲鳴。

 同時、上に何かがのしかかるような重みを感じ、俺はベッドへと押し倒されてしまう。


「っ……いったい、なにが?」


 目を開けてびっくり。

 天音の顔が目の前にある。

 鼻と鼻がくっついており、唇なんてもう今にも——。


「ご、ごめんなさい! あ、あたし別にその……っ!?」


 ズルっ。

 と、なにやら再び態勢を崩す天音。

 その直後。


 俺の初めては奪われた。



 さてそれから少しのち。

 現在、俺の隣に座っているのは天音だ。


「いやそんな怒るなよ!! 俺だって初めてだったんだから!」


「違います! それは別にいいんです! もとから琥太郎にあげるつもりだったので……っ」


「え?」


「なんでもありません!」


 顔面目掛けて飛んでくる枕。

 しかし、俺はそれを容易く回避。


 すごい。

 ゆっくりに見えた。

 これがレベルアップの影響か。


「理由は琥太郎がエッチなことです!!」


「え、何の話だっけ?」


「話をちゃんと聞いてください! あたしが怒ってる理由です! あ、あたしはその……琥太郎とそういうことするためにお風呂に入ったのでもないですし、部屋にこうして押しかけたわけでもないです!」


「お、おぉう」


「それにあたしはそんなにエッチな女の子じゃありません! も、もちろん将来的に琥太郎とそういうことするんだとか考えたり、それで妄想することはありますけど……って、琥太郎のバカ! 変なことを言わせないでください!!」


 ぶんっ!

 と、飛来してくるクッション。

 俺はそれを容易くキャッチしたのち言う。


「悪かったって、それで本題ってのはなんなんだ? こうして部屋に押しかけるだけでなく、風呂に入って気合い入れて話したいほど大事なんだろ?」


「はい! あたしと琥太郎の将来の話です!」


「……」


「エッチな話じゃないですからね!?」


「いやわかってるよ!!」


 いくら年頃の男とはいえ、そんな年中発情しているわけではない。

 と、俺がそんなことを考えていると。


「その、これからも……」


 途端に不安そうな顔になる天音。

 俺はそんな彼女の不安を取り払いたくて、彼女の震える手のひらを握る。

 そして。


「俺さ、モンスターに殺された両親の仇を討ちたかったんだ。いつかめちゃくちゃ強くなって、この世界を壊した魔王を倒す勇者になりたくてさ」


「え?」


「でも魔王と……モンスターと戦うには覚者になってブレイバーに所属する必要がある、だろ?」


「は、はい。人を超えた力を持つ覚者じゃないと、モンスターには勝てませんから」


「だよな……なのに覚者になるのはランダムで、なる人数も相当少ない。毎日筋トレしたり、モンスターと戦うイメトレはしてたけど……思ってたんだ、俺はきっと死ぬまで仇は討てないって」


 でも。

 俺は今日モンスターを、本物の魔物を倒せた。

 逃げるしか選択肢のなかった存在を倒せた。


「強くなれるなら、覚者にならなくてもモンスターと戦えるなら、俺は天音の力を利用したい」


「り、利用ですか?」


「つまり俺は、俺の意思で望んでお前の『ザ・ゲーム』の対象になりたいってこと」


 ほぼ本心だ。

 多少の危険があっても、強くなれるのならいい。

 だから、先ほど天音が言いかけた言葉の続きを言う。


「これから先もずっと手伝ってやる」


「っ」


 きゅっ。

 と、手を握り返してくる天音。

 大切な幼馴染を守りたいと思うのは当然のことだ。


 まぁそれに。

『ザ・ゲーム』の能力。


 固有スキル『ザ・ゲーム』

 異世界に行くことができる。一週間に一度も異世界に行かない場合は、週末のいずれかの時間に強制転移される。クエストを三回連続で失敗した者は死ぬ。また協力者を一名選ぶことができ、このスキルのあらゆる事象の適応対象とする。


 最後の一文。

 あらゆる事象の適応対象。


 多分、俺はいずれにしろ天音と同じだ。

 一度ゲームに参加した時点で、今後一生参加を強制される。

 さっきレベルアップ出来たのがいい例だ——次に備えろってことだろ、あれは?


 とまぁ。

 今はそんなことより。


「天音、お前ブレイバーになったんだよな?」


「あ、はい。数週間前に覚者になって、そしたらすぐにブレイバーの偉い人が来て、あたしもブレイバーになるようにって……ほら、覚者は強制参加ですから」


「近いうちに何かそうだな、作戦みたいのに招集される話は聞いたか?」


「どうしてわかるんですか? されました! 二週間後に神奈川県橋本駅にあるダンジョン攻略に参加するように言われています!」


 ダンジョン。

 ダンジョンコアという希少モンスターが建物に寄生し産まれるもの。

 コアを討伐するまで、ダンジョンは無限にモンスターを排出し続ける。


 橋本駅のダンジョンか。

 俺たちの家から近いから、天音が招集されたんだろうが。


 参加したら天音は間違いなく死ぬ。

 天音は固有スキル『比翼連理』の効果で、大幅に身体能力が落ちている。

 それこそ覚者なのに一般人並みに。


 だからこそ、天音は『ザ・ゲーム』でゴブリンすら倒せなかったのだから。

 解決手段は一つだ。


「二人でレベルアップするしかない」


「え、急にどうして」


「わかってるだろ? 強くならないと天音はダンジョンで生き残れない!」


「うっ」


「それに覚者並みに強くならないと、俺がブレイバーになれない」


「え、それって……」


「言ったろ、これからもお前を手伝うって。一人でダンジョン攻略なんてさせるわけねぇだろ」


「琥太郎……ありがとう、ございますっ」


 言って、俺へと寄りかかってくる天音。

 俺はそんな彼女の肩に腕を回しながら思うのだった。


 ブレイバーになる、か。

 ブレイバーは覚者以外の参加は認められていない。

 覚者以外は弱くて使い物にならないからだ。


 それはつまり。

 覚者より強くなれば、一般人のモブでもブレイバーになれるということだ。

 上等だ。


 やってやるよ。

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