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ぷー。
ぷー。
ぷー。
「おお、玄音の弁当、キャラ弁じゃん」
玄音の弁当には、愛らしいくまが傘を差し、色とりどりの野菜で形作られた虹のようなものも見える。まるで雨あがりの静けさを切り取ったかのよう。細部までこだわっていて、かなりクオリティーは高いのではないだろうか。
「美味しそう!」
僕は思わずその弁当箱に顔を近づけてしまう。玄音は僕が食べるとでも思ったのか、そっとお弁当箱を自分の方に引きつけた。
「これ、私が作ったんだよ」
「へー、すごいじゃん!」
地元で評判のフレンチのシェフを親に持つ玄音は、小さい頃から料理に親しんできたらしく、その腕前はクラスでも有名だ。バレンタインデーには、男子たちのために手作りのチョコを振る舞っていた。その味は、仮に嘘が許されたとしても、美味しいと叫ばずにはいられないほどだった。だから、彼女が作った弁当のクオリティーも頷ける。
――ドス、ドス。
近くの渡り廊下を誰かが通ったようだ。だが、玄音はお弁当の味に夢中で、その足音には気にも留めていない様子だった。僕も特には感じない。
「んー、美味しい、私、天才じゃない?」
「自画自賛かよ」
その素直さに、思わず微笑んでしまう。まあ、半分は認めるよ。事実だし。
「じゃあ、機会があれば墨興の分も作ってあげるよ。墨興には悪役のキャラ弁ね」
「えー、それはなー。せめてヒーローにしてくれよ」
玄音は意地悪だ。僕はヒーローではなく悪役が似合っていると思われているのか。だけど、彼女が僕のために作ってくれると聞くと、少しだけ自慢したくなる気持ちが湧いてくる。
「まあ、今日は作ってないから私が作ったこの特製ミニハンバーグでもあげるよ」
「えっ、いいの!?」
玄音は特製だというミニハンバーグを、持っていた別の割り箸に取って、僕の口の方に運んできた。僕は玄音の顔が近づいてきて恥ずかしいなと思いながらも、ゆっくりと口を開ける。ハンバーグが近づくにつれて香ばしい匂いがフライングして僕の口の中に到達した。もうすぐ、ハンバーグも到達する。我慢できない。
「うそー、君にはちゃんと君のために作ったときにあげますー」
「何だよ」
僕はなんとなく笑ってしまう。何だよ、やっぱり意地悪だな。
――いや、待って。待って。それって。
違う。違う。
違う。だめだ。
嘘ついちゃ。
だめなんだ。
誰かが近づいてくる。さっきした足音と同じ。誰かいる。そこに。
嘘ついたらもう――
僕らは、玄音は!
――玄音!
「ああ、起きた」
ん? さっきと感触が少し違う。この世界の空気がなんだかのしかかっているように。
僕がゆっくりと横を見ると、玄音がお弁当を食べている。
ただ、それはキャラ弁ではなかった。普通のお弁当。
ということは――
「寝てたけど、墨興も疲れてるの?」
寝てた。そうか、寝てたんだ、僕は。というこは、玄音は退学にならない。あの嘘は夢世界の話であって現実世界ではない。どこかで僕は世界の迷子になっていたようだ。とりあえず、僕は胸をなでおろした。消えないことに。
「何かあったの?」
「いや、なんか変な夢を見たんだよ。んー、まあ簡単に言うと特別な嘘の夢? この学校ではできないけど、現実で起きたら嬉しいような誇らしいような嘘をつかれたんだ」
「そうなんだ」
玄音は僕の夢に(悲しいことに)あまり興味がないのか、特に気にすることなくお弁当を食べ進めていた。
うん、現実で起きたら嬉しいような誇らしいような嘘だけど、この学校では許されない光景だった。
昼食後の授業では、普通の高校なら寝る人が多発してもおかしくない。ましてや論理国語の授業で先生が難しそうな評論を表情を交えることなく淡々と読むのを聞いているとなおさらだろう。でも、玄音を含めこのクラスの人達は誰もが寝ていない。もちろん、眠そうな奴はいるけれど、なんとか指を引っ張ったりして必死に耐えていた。
20分程経つと、評論は読み終わり、先生はグループでの活動をするように指示した。席替えをしたばかりでまだ班のメンバーは確認してなかったが、僕のグループは全員男だった。
グループ内容の指示は今読んだ評論文の意味段落分け。僕が国語が得意だったこともあって、すぐに終わってしまったので制限時間が来るまで少し談笑することにした。ただ、あまりまだしらないメンツたちなので、購買に売っている美味しいパンの話をしたらすぐに途切れてしまった。
「……じゃあ、しりとりしない?」
ただでさえ校則によって校舎内気味が悪いのに、この沈黙は重いと思って、別になりたいわけではなかったが、しりとりをしないかと提案した。他のメンバーは乗り気のあるというわけではなかったが、特に話す内容もないし、そうしようということになり、しりとりが始まった。
――黒玄高校
――牛
――しまうま
――まんとひひ
1周目、僕が黒玄高校から始めると、他の人達がテンポよくつなげていく。次は『ひ』か。
――羊
――じんべいざめ
――めんこ
――恋
3周目に入る。次は『い』
「一条玄音」
「えっ?」
『い』で始まる言葉で一番最初に思いついたのが『一条玄音』であったので、何も考えることなく気づけばそう言っていた。急にこのクラスの人の名前が出たことに班の人たちが僕を凝視してくる。やばい、どう言おうか。ここで嘘を言って退学なんてもっともだ。僕は正直に、
「たまたま『い』から始まるので思いついたのが一条玄音だったから言っちゃっただけ」
と言った。すると、そういうわけじゃないよとでもいうかのように、班の人たちは小さな声で笑い出した。
「いや、気づいてない? 『恋』のあとに『一条玄音』って言ったんだぞ」
僕はそう言われてやっと気がついた。確かに、恋のあとに一条玄音というのはかなりまずかったのではないか。班の子たちがそういう反応をするのもよく分かる。僕に向けられた目は、まさに一条玄音のことが好きなんだろというものだった。僕はその視線に耐えられなくなり、逃げるために目をつぶることを考えたが、そうすると、先生に寝ている判定をされることになりかねない。
誰か、助けて――
「はい、では、皆さん作業はできたでしょうか。元の形に机を戻してください」
救いだ。先生の指示により僕らは班の形だった座席をもとに戻す。つまり、視線から逃れられたということだ。でも、一体、僕はなぜ玄音の名前を出してしまったのだろうか。
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