謎めいた校則とは裏腹に、授業は普通の高校と同じように進行する。しかし、授業の進み方は変わらないにしても、授業を受けるときの決まりが他の高校とは一線を画している。


―――

◯授業の受け方

・授業中に居眠り等の行為を行った場合、放課後に校内の草むしりを1袋分行う。

・特別な理由なく授業に遅れた場合は、反省文を最低原稿用紙1枚分書く。

―――


 さっきまでの校則内容に比べれば、停学とか退学とかではないから軽いものなのかもと感じるかもしれない。だが、他の学校の人から見るとかなり厳しく、そして厄介だろう。僕の知り合いが通う他の高校なんて、お昼休み後の授業はお昼寝タイムと化しているようだけれど、先生は注意することなく進めているらしい。僕の高校ではそんなことはありえない。対照的だ。


 お昼前最後の授業は政治・経済だった。


「――授業の前に皆さんに忠告です。最近、女子高校生を狙ったナンパ行為がこの辺りで頻発しています。十分に、気をつけてください」


 先生がクラスに風を送り込む。元々目つきが鋭い先生なので、その言葉がじんと来る。隙間風のように入り込んだ。特に女子高生は身震いしている様子の人もいた。


「はい、じゃあ、気を取り直して、授業始めます。本日の範囲を4番、読んで」


「4番は今日の服装チェックに引っかかって、15日間の停学中です」


 先生が今日の日付である出席番号4番に教科書を読むよう指示したが、4番は停学になっていることを隣の席のけんくんが先生に伝えた。確か、第二ボタンが無くて停学になってしまったとか言っていた。この事実に険くんを中心に数人のクラスメートは笑っていたが、僕は特に笑うことなく冷静さを保ったまま教科書の文字を目で追っていた。あまりに笑えない。理不尽だ。


「そうか、じゃあ、代わりに5番」


 5番は玄音だ。だが、玄音は反応しない。どうしたのだろうかと思い、玄音の方を見てみると、うとうととしていた。玄音は気持ちよさそうに夢の世界に入っていたのだ。


 ――やばい。


 眠ってはいけない。


 先生が玄音の元に行くと、もう一度


「5番の方、読んでください」


 と言ったが、玄音が目を覚ます様子はない。


「これは、寝てますね」


 先生は寝ていると断定すると、優しく玄音の肩をポンポンと叩いて玄音を現実世界に引き戻した。


 ようやく起きた玄音は、今の状況を悟り、一瞬驚いたような顔をしたが、先生の指示に従って急いで教科書本文を読み始めた。


「法律を制定する目的として――」


「はい。ありがとうございます。皆さん、この国は法治国家です。法律、つまり決まりが全てなのです。だから、この学校にある嘘をついたら退学しなければいけないというものも決まりである以上、絶対的なものなのです」


 この先生のにこやかさ、あまりいい気分はしない。


 でも、玄音が授業中寝る姿なんて……少し違和感を感じた。その後は、玄音は寝ることはなかったが、終始眠そうであった。僕は先生から配られた練習問題を解いて、赤ペンで丸をつけながら玄音を横目で見る。マル。マル。バツ。




 昼食は、購買に売っているスパイシーな焼きそばパンとフレンチトースト、そして牛乳という組み合わせにかぎる。これがこの高校で青春と感じられる唯一の瞬間なのではないだろうか。そして、太陽が降り注ぐ中、この木の陰で食べるのがなんともたまらない満足感を覚える。太陽が照明代わりになっているのだ。


「スパイシーな焼きそばパンねー」


 何か痛い声だなと思いながら視線を上げると、第二ボタンが取れていて停学処分中の生徒を笑った、険くんだった。僕は眉をひそめる。


「苦い顔するなよ」


 そう笑顔で言われたって、僕はあなたのことが苦手なのですとは言えず、無言のまま視線をパンに戻す。僕は無視を続ける。


「まあ、今度は勝つんで……。じゃあ……」


 険くんは僕が無視し続け、話にならないのかとでも悟ったのか、それだけ言い残すと、ムカつくような手の振り方をしながらどこ変え消え去っていく。思わず舌打ちをしそうになるが、


「ああ、今日もここにいた」


 とまるで彼とすれ違うように玄音がやってきたので、唇を噛みしめることで押さえた。


「一人……?」


「だって、一人はまだ停学中で、あとは、今日第2ボタン取れてただけで停学になったし。それに、今日ネクタイ忘れた友達はまだ見つからなくて探し中とか……だから皆いないんだよね」


 僕の友達は皆訳ありで今いないので、虚しく1人なのだ。僕を虚しくしたのはあの校則のせい。僕を孤独に追い込んだ。


「玄音はどうしてここに来たの?」


「単純に、墨興が寂しそうだったから」


「そうか」


 玄音に今の僕の姿はそう見えたのか。でも、僕は否定はしなかった。嘘を付くことはできないから。普通の学校なら、そんなことはないよとか言って強がるはずなのに。かっこつけていたはずなのに。悔しい……僕はその感情が正しいかは分からないけれど、スパイシー焼きそばパンに勢いよくかぶりついた。


 一方、玄音は黙ったまま、僕の隣に座った。


「そう言えば、玄音なんかあったのか……?」


「ん? 何かって?」


 察しが悪い。もしくはわかっているけど、わざとこう言ったのか? まあ、どちらにしろ聞いても問題ないだろう。


「授業中に寝てたから。玄音が寝るのって初めてだから、何かあったのかなって」


 玄音が授業中に寝たのにはなにか理由があるのではないかと僕は読んでいるのだ。例えば、ものすごく体調が悪いとか……? でも、玄音の姿を見ているといつもどおりの表情だし、この線は違いそうだ。そうなると……。


「……まあ、本当なら何もないと言いたいところだけど……嘘をつけないから言うよ。大切なことを夜中まで考えてたから……。簡単に言うと、寝不足って言うわけよ」


「寝不足か。ちなみに、その考えていた、大切なことっていうのは?」


「それは、内緒……」


 玄音はお口チャックのポーズをわざとらしくして、その内容については教えてくれなかった。寝不足になるほど考えることってあるのか? 僕にはよくわからない。でも、確かに玄音の目の辺りがいつもより隈ができている感じがしないでもない。目の輝きがいつもより足りていない。


「ヒントは……!?」


「まあ、高校生なら考えたことあっても、おかしくないことだよ」


「もっとヒント!」


「だめでーす!」


「えー」


 これ以上は教えないという顔をされたので、僕はこれ以上その内容を聞くことはしなかった。その理由として、これ以上聞くと玄音が嘘を付いてしまうかもしれないという危険もあったからなのかもしれない。


 玄音はさっきの会話がなかったかのように僕の隣でお弁当箱を広げた。気がづけば、僕のお昼ご飯は全て自分のお腹の中に入っていた。なんだかあくびがこの時間に出ることが決まってたかのように出てしまう。


 なんだろうか、この静けさは……。


 この不思議な感覚は。

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