「今日は確か、校門に先生が立ってるんだっけ? 特に気をつけなきゃだよね。この服装は大丈夫だよね?」


玄音くろねのは、うん、大丈夫だと思うよ。俺のは?」


墨興すみおきのも多分大丈夫だと思う!」


 住んでいる場所が同じという共通点があって親しくなった同じクラスの玄音とともに、いつも通り学校へ登校する。校舎に入る前にお互いに服装をチェックするという他の高校では見られないような儀式のようなものが、僕らにとってはルーティンとまで言えるほど浸透している。玄音はいつもどおり整った腰まで届く髪型に、しっかりと制服を着こなしているので問題はないだろう。


「じゃあ、入ろうか。それにしても、毎回心臓がバクバクだよね」


「うん、ほんとにそれ。心臓に悪いよ。もしここで引っかかったら最低15日間の停学でしょ? 重すぎだよ!」


「ほんとそれな。15日ってったら学校来る日数の7点5パーセントぐらいだからね」


「えっ、計算早っ!」


「まあ、勉強は少しは得意だし」


 別に僕らは深い関係にあるわけではないが、この学校の校則に恋愛禁止が記載されていないのはまだよかったのかもしれない。そんなことを思いながら校舎の前まで向かう。


「墨興ー!」


「おお、どうした?」


 僕の肩に大きな鳥でも着陸したのかと思ったが、どうやらそういうことではなく友達が半泣きの状態で僕のもとに駆け寄ってきたのだ。そんな姿に、隣にいる玄音も驚いた様子を見せた。


 それとほぼ同時に、僕らの真上をカラスが鳴き声を上げながら通過した。


「それがさ、制服のネクタイ忘れたんだよ! これってもう最低15日間の停学!?」


 なるほど、そういうことか。理解できた。だからそんなに慌てていたのか。この学校では男女ともにネクタイをつけることが義務。もちろんこのネクタイをつけていないと最低15日間の停学は免れないだろう。


「家に取りに帰れば?」


「いや、でも、もう今月1回遅刻したから、もしこれで遅刻したら2回目になるじゃん!? そしたら遅刻カウントもきつきつになるし」


 遅刻を月3回以上繰り返した者は最低3ヶ月間、日曜日も登校日しなければいけない。このペナルティーも重いけれど、まだ即15日停学になるよりましだろと彼に提案した。隣にいる玄音も控えめに頷いている。


「わかった。でも、もう遅刻カウントもゾロ目だからできれば朝コールとか頼む」


「いや、それはな……」


「まあ、いいや取りに行く!」


 彼は急いでもと来た方向に帰っていく。ただ、僕は朝コールの話については申し訳ないけどと言って丁重にお断りした。


 僕らは彼の姿を見送ると、深呼吸してから校内に入っていく。


 どうか、引っかかりませんように。


「はい、おはよう」


「おはようございます」


 目つきが虎のように鋭い生徒指導の先生が、挨拶をしながら生徒1人1人をチェックしていく。この目には長年の魂が宿っているんだろうか。そんなようにも思える。


「おい、ちょっと待て!」


 止められたのは誰だ? 


 だれ?


 後ろのやつ?


 前のやつ?


 右のやつ?


 左のやつ?

 

 いや、


 ――僕だ。


 僕の心臓が一瞬、停止する。それと同時に僕の時間の流れも一旦消えた。


 僕はなんとかして足を止めた。何かいけない部分でもあったのだろうか。


 ネクタイもあるし、制服も校則通りに着こなしているはず。さっき玄音としっかり確認したはずなのに。


 僕の世界は突如、灰色の廃墟に変わった。


 先生が近づき、僕の目を見てくる。僕はできるだけ目をそらす。僕の瞳に写っているものは悪魔のような先生と、一滴の水。この水はなんだろうか。自分の身体から出ているようだった。


 早く時が進んでほしい。間違えであってほしい。


「あ、なんだ、ゴミか。制服に模様をつけたのかと思った。よし、行っていいぞ」


「……あ、はい」


 どうやら僕の制服に紙くずのようなものがついていて、それをこの悪魔は制服に故意につけた模様と思ったらしい。僕はそこから一秒でも早く逃げ出したくて速歩きで昇降口に向かった。


「はあー、まじで焦った」


「私もだよ。心臓バクバクだったよ」


 昇降口まで来ると、ようやく心が落ち着いてきた。ただ、玄音も相当響いたようで未だに心臓あたりに手を置いている。


「でも、玄音がそんなに焦る必要なくない? もしあれだとしても停学になるのは僕だけなんだから」


 玄音をよく見ると、額から汗のようなものが滲んでいた。さっきまではそんなの出ていなかったから、おそらくあの悪魔が原因だろう。だけど、当人ではない玄音は僕以上に焦っていたように見える。


「いや、だってもし本当に引っかかったら少なくとも15日間、墨興なしで学校生活送らなきゃいけなくなるんじゃん。そんなの寂しいよ」


 僕は玄音がそんなこを言うなんて思ってなかった。それも素直に。だから、少し恥ずかしかった。僕は顔が少し赤くなっていることに気づいて、玄音に顔を見られないように視線を下げた。


「ねえ、今のって本当の理由なの?」


「ん? もちろん。この学校で嘘つけないでしょ」


 そうか、本当か。人の心は読めないのだから仮にこれが嘘だとしても嘘と認定される可能性は低いけれど、彼女は今確かに嘘ではないと言った。だから、さっきのは本当なのだろう。玄音によってはそこまで大きなことを言ったと思っていないのかもしれないが、僕にとっては特別な意味を持っているのだ。

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