第28話 バーランダー家の暗躍

 とある町を束ねる町長宅にて、一人の男が執務に励んでいた。


 元貴族、それも最高位の公爵だった彼の名は、ルルード・バーランダー。ミレイの父親だ。


 かつての権勢が強すぎたこともあり、未だに公爵と呼ばれることも多い彼の下に、執事から一つの報告が舞い込む。


 ハイポーションを作る謎の少女が、スターツの町に現れたというのだ。


「ふむ……それは確かか?」


「はい。それだけでなく、アクアレーンの町で大きな戦功を挙げ、既に現地では"海の聖女"という名で呼ばれているのだとか。町長が一足早く養子として囲い込んだようですが……ほぼ名義を貸しただけで自由にしているようですし、取り入る余地はまだあるかと」


 詳しい事情を聞いてみれば、スターツの町で御用商人が一人取引を持ち掛けようとしたものの、すげなく断られて移住されてしまったらしい。


 たかが子供と侮ったことが原因だとも判明しており、それらの話を聞いたルルードは溜息を溢す。


「その話だけ聞けば、もう取り入る余地などなさそうに感じるが、何かあるのか?」


 いくら自由にしていると言っても、養子として引き取られている子供……それも、一つの町を治める町長の名を与えられたとなれば、後から引き抜くのも容易ではない。


 それを分かっている執事もまた、慌てることなく言葉を重ねた。


「はい。どうやら、その少女はミレイお嬢様と行動を共にしているようで……諜報員からの情報によれば、相当に心を許している様子なので、そこが切り口になる可能性はあると考えます。アクアレーンの町長も、現在は代替わりしたばかりの若者が勤めておりますし……未確認ですが、かの守護神の加護を失った、という話もございます。付け入る隙は多いかと」


「ふむ、なるほどな……アクアレーンの代替わりに纏わるゴタゴタは知っていたが、まさかミレイが関わっているとは」


 ある日突然家を飛び出してしまった娘の名を久しぶりに耳にしたことで、ルルードは仕事の手を止めて思考に耽る。


 彼からすれば、ミレイの妹の件は気にも留めない……どころか、覚えてすらいない些事だった。


 故に、ミレイとの和解も十分可能だろうと考える。


「人を送れ。ただ、商人の二の舞にならないように、しっかり情報を集めるところから始めろ」


「承知しました」


 ルルードの指示を受けて、執事が部屋を後にする。


 残されたルルードは、一人執務を再開させながら口を開き、独り言を呟くことで仕事と並行させる形で思考を走らせていく。


「ハイポーションは有用だ、いくらあっても困らない。仕入れ先は一つでも多く確保したいところだ」


 この世界はモンスターが蔓延り、人の生存圏は常に脅威に晒されている。

 それに対抗する騎士達が戦う上で、即死しなければ大抵の怪我は即座に治療出来るハイポーションの需要がどれほど高いかは言うまでもないだろう。


 自分達で使う分にはもちろん……それを求める他者に対するアドバンテージを得るためにも、ハイポーションを用意出来る調合師は一人でも多く占有したい。


「子供相手なら、適当に優しくすれば囲い込むのも容易だろう。ミレイがこちらに靡くかは未知数だが……いざとなれば、多少強引な手を打つことも出来る」


 失敗した商人とは違い、ルルードはれっきとした"権力者"だ。どれだけの能力がある相手でも、やりようはある。


 そう考えたルルードは、それ以上深く考えることをやめ、自らの執務に集中し始めるのだった。

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