第27話 子猫との話し合い

 アクアレーンである程度商売の手応えを感じたところで、次の町へ向かう準備を始めた。


 リヴァイアスとのこともあるから、定期的にこの町に戻って来なきゃいけないけど……契約さえあれば、ファームを介してすぐに帰れるし、ファームに顔を出したら元の場所に戻るっていう選択肢も取れる。


 まあ、強いて問題があるとすれば……。


「じー……」


「えーと……」


 例の猫獣人の女の子が、私達の屋台に顔を出すようになったのだ。


 それも、変装……と言っていいのか分からないけど、どこかから引っ張り出して来たボロ布を頭から被って、精一杯前と印象を変えようとしている感じがある。


 ……バレないと思ってるのかなぁ。


「た、食べる?」


「…………」


 こくこくと頷く女の子に、私は用意しておいたサンドイッチを渡す。

 今日はクラーケンの肉を使った、海鮮サンドって感じの一品だ。


 そろそろクラーケンの肉もなくなるから、次のメニューも考えないとなー。


「美味しい?」


「…………」


 こくんと、小さく頷く女の子。

 いつもなら、この子は食べ終えるとすぐに逃げ出しちゃう。


 けど、今日ばかりはそうはいかない。いや、別に最初からタダであげるつもりだったから食い逃げとかじゃないんだけど、もう三日連続なんだし、そろそろ事情を聞く権利くらいあると思うんだ。


「名前、そろそろ聞かせてくれない?」


「……!!」


 食べている最中に話しかけると、女の子はびくりと肩を震わせ、サンドイッチを抱えたまま逃げ出した。


 けれど、そう来るのは予想通り。

 そのために、今日はミレイさんにちょっと離れたところで待機して貰っていた。


「はい、逃げるのは無しね」


「っ!?」


 ミレイさんが、逃げていく女の子に手を回し、ひょいと抱え上げる。

 びっくりしてドタバタと暴れているけれど、抜け出せないみたい。


「はーい、大人しく……って思ったより力強いわね? 暴れない暴れない、別に取って食おうってわけじゃないんだから」


「~~~~っ!!」


 思った以上に抵抗されて、ミレイさんも手間取ってる。


 なんかミレイさんの体が光ってるんだけど、もしかして魔法まで使ってる? あんなに小さい子なのに、すごい力だなぁ。


「さーて……それじゃあ話して貰おうかしら? なんで逃げたの? 別に私達はあなたから金を取ろうなんて思ってないのに」


「…………」


 ようやく抵抗を諦めてその場に座り込んだ女の子だけど、ミレイさんの質問には無言を返す。


 困ったな、って感じのミレイさんに代わって、今度は私が話しかける。


「私、あなたの力になりたいの。お話、聞かせてくれないかな?」


 手を取って、顔を覗き込むようにして問いかける私に、女の子は顔を逸らして……ボソボソと、呟き始めた。


「ネル……」


「ふえ?」


「名前。聞かれたから」


「ネルちゃんね。私はマナミ、よろしくね」


「知ってる。クラーケンを倒した、海の聖女だって……」


「あ、あはは……」


 正直、私には過ぎた二つ名だと思うから、ちょっと照れくさくなって笑って誤魔化す。


 そんな私に、ネルちゃんはボソリと呟いた。


「私のお父さんは、漁師だった。クラーケンに、殺されて……なんで、もっと早く、倒してくれなかったの……?」


「それは、マナミのせいじゃ……」


 ネルちゃんの言葉から、ミレイさんは庇ってくれようとしたけど……それを制して、話し続ける。


「ごめんね……助けてあげられなくて」


 確かに、私にはどうしようもないことだったかもしれない。

 でも……家族がいない悲しみも、その理不尽を嘆くことしか出来ない無力さも、私は覚えがあるから。


 私とは全然違う状況だけど、放ってはおけなかった。


「お父さん以外の家族は、いないの?」


「……南の方の、小さな島に……でも、私は……そこまで行けない……」


 お金もないし、とネルちゃんは言う。


 南の島で、獣人。となると、場所は簡単に想像がつく。

 トロピカルアイランド。獣人達の住む小さな島がいくつも集まった場所で……私の、次の目的地だ。


「じゃあ、連れて行ってあげるよ。一緒に行こう!」


「え……でも……」


「お金なんていらないよ。どうせ行くつもりだった場所だから」


 アクアレーンを拠点にするなら、どうしても水棲モンスターの従魔が必要になる。

 だけど、リヴァイアスは流石に目立ち過ぎるし強すぎるから、ゲームみたいに気軽には連れ回せない。


 そして……私がゲーム内で用意した、水棲モンスター用のファームは、トロピカルアイランドにあるんだ。


 ララ達に続く家族との再会を目指して向かう先として、一番優先するべき場所なんだよね。


「いいよね、ミレイさん」


「マナミがいいなら、私は構わないわよ。後は、その子の気持ち次第ね」


 ミレイさんからも許可が出たところで、私はネルちゃんに目を向ける。


 じっと見つめる私に、ネルちゃんは戸惑うように視線を巡らせて……小さく、頷いた。


「よ……よろしく、お願い……します」


「……!! うん、よろしくね、ネルちゃん!!」


 こうして、私の旅路に新しい同行者が出来た。

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