第26話 腹ペコの子猫
「屋台料理でお近づきになって、他の商品も買って貰えるようにしようって思ってたけど……必要なかったかなぁ?」
ニワトリ型モンスターのコッコに牽いて貰っている屋台……空っぽになったそれを見ながら、私は呟く。
色々試した結果、クラーケンの肉をベースにした海鮮(?)塩焼きそばと、ファームで貰ったお肉をベースにした普通のソース焼きそばを完成させて、アクアレーンの町で売り歩くことになったんだけど、どちらも大人気で私達が一歩もその場を動くことなく売り切れになってしまった。
ついでに少しだけ試し売りしてみようと思ったエアポーションと下位の回復ポーションも全部売れたし、初日から大盛況ってやつだよ。
「マナミの人気が想像以上ね。みんなよっぽどクラーケンの存在と……リヴァイアスの加護が無くなったかもしれないっていう噂に怯えていたみたい」
このアクアレーンの町は、リヴァイアスを守護神として崇めている。
そのリヴァイアスとの契約が打ち切られたっていう事実はカルロスさんが隠していたみたいだけど、先代町長が事故死したのと、その理由は隠せなかったらしい。
その上で、近頃は謎の海難事故が増えていたっていうんだから、町の人達が不安になっていたのも分かる。
分かるけど……ここまでの人気ぶりを実感すると、ちょっとむず痒い。
「そうでなくとも、マナミの作る料理は美味しいし、アイテムも有用なものばかりだから。一つ目が売れた理由が人気によるものだったとしても、ここまで売れたのはマナミ自身の腕前あってのものよ」
「えへへ、ありがとうございます」
こんな風に真っ直ぐ褒められると、やっぱり照れちゃう。
もじもじと少し不審な動きになっちゃう私に、ミレイさんは優しく微笑んでいた。
「そ、それより、今後の話をしましょう! 私、次に向かいたい町はもう決まってて……」
誤魔化すように話しながら、私はふと視線を感じる。
目を向けると、路地の方からこっちを見つめる、小さな瞳があった。
「……どうしたの?」
「……っ!!」
私が声をかけると、その子はびくりと体を震わせ、頭から生えた三角耳をピンと立てる。
猫の耳を生やした、獣人の女の子だ。
黒髪黒目、私よりも小さな体は今にも折れちゃいそうで、見ていて不安になってくる。
しかも、その目はじっと私達の屋台の方へ向けられていて……。
「お腹空いたの? 何か食べる?」
「…………」
こくりと、女の子は首を縦に振った。
そんな私に、ミレイさんがこっそり声をかける。
「売り物は全部なくなっちゃってるけど……どうするの?」
「見るからにお金もなさそうですし、売り物じゃなくて賄いってことで」
そう言って私が取り出したのは、今日のお昼ご飯にと思って事前に作っておいたサンドイッチだ。
レタス、トマトにお肉を挟んだオーソドックスな軽食だけど、こうして譲ってあげる物としては十分だろう。
「ほら、こっちおいで」
「…………」
私がサンドイッチを見せながら声をかけると、女の子はフラフラとこっちに近付いて来る。
服装はボロボロで、見るからにまともな生活をしていないってすぐに分かった。
そんな女の子は、最後はひったくるように私の手からサンドイッチを奪い取る。
「はぐっ、はぐっ……!」
よっぽどお腹が空いていたのか、一心不乱にバクバクと食べ始める姿を見て、私は思わず笑みを溢した。
「美味しい? そんなに焦らなくても大丈夫だよ。ほら、飲み物もいる?」
「……いる」
プルルに出して貰った水を差し出すと、ここに来て初めて女の子の声を聞くことが出来た。
ほんの一言だけど、少し掠れたその声色からは、やっぱり健康そうには思えない。
心配だな……。
「ねえ、あなた名前は? どこで暮らしてるの?」
事情を聞きたくて、ゆっくり話しかける。
でも反応はなくて……耳を澄ますと、なんだかボソボソと呟いているような……。
「うーん?」
顔を寄せて、なんとか聞き取ろうとする。
けれど、そんな私を女の子は突き飛ばした。
「きゃっ!」
「マナミ!」
すぐにミレイさんが駆け寄って来て、私を助け起こしてくれる。
そうこうしている間に、女の子は全速力でその場から逃げ出していた。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫です……急にどうしたんでしょうか、あの子……」
不躾な質問だったかな……ってちょっとしょんぼりする私に、ミレイさんが励ますように言った。
「多分だけど、食い逃げしようとしたんじゃないかしら」
「食い、逃げ?」
普通にタダであげるつもりだったんだけど。
「だってマナミの料理は、施しであげるには美味しすぎるから。特に何も言わなかったし、最初からそうするつもりだったのかもしれないわ」
「……なるほど」
そういえば、タダであげるとは一言も言ってなかったなぁ。
次の機会があるかは分からないけど、もしあったらちゃんと伝えてあげないと。
「でも、こんな乱暴なことをするなんてね……マナミ、優しいのはいいけれど、もう少し警戒しないとダメよ。いくら強いと言っても、本人がそうとは限らないのがテイマーなんだから」
「はーい……」
ミレイさんのお小言に、私は力なく返事をする。
最後にもう一度、女の子が去って行った方を見つめながら、私達は撤収の準備を始めるのだった。
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