第29話 出港と人魚伝説

 準備が整った私達は、カルロスさんに船を出して貰う形でトロピカルアイランドへ向かうことになった。


 正直、養子になったのにこんなに自由にしてもいいのかなって感じなんだけど……まだ十二歳の私に任せる仕事があるわけもなし、最終的に町長を継ぐのもカルロスさんの実子になるから構わないって。


「もちろん、マナミさんが継ぎたいというなら構わないが」


「そ、それはちょっと……」


 ミレイさんと一緒に行動するようになって何度も痛感してるけど、私は本当に世間知らずだ。


 いくらリヴァイアスをテイムしているからって、そんな私が町の運営なんて大役をこなせるはずがない。名前を貸すくらいがちょうどいいよ。


 カルロスさんもそれは分かっているのか、さして気にした様子もなく頷いた。


「とはいえ、本当にただ自由にさせるだけでは示しがつかないから、一つだけ仕事を頼みたい」


「はい! えーと……これは、手紙ですか?」


「トロピカルアイランドを束ねる獣人族の長……“獣王”に宛てた僕からの書状だ。これを、僕の名代として届けて欲しい」


 なんでも、リヴァイアスやクラーケンの騒動もあって、トロピカルアイランドとアクアレーンの間で貿易を少し停止していたみたい。


 その問題が片付いたから、改めてそれを再開したいっていうお願いなんだって。


「分かりました、ちゃんとお届けしますね」


「頼むよ。ミレイさん、あなたもよろしくお願いします。今やマナミさんは、アクアレーンの町にとっても象徴的な存在ですから」


「はい、マナミの安全は私が守ります」


 カルロスさんとミレイさんが握手を交わし、最後にプルルがその体を揺らしてお別れの挨拶をする。


 そんなプルルの様子にカルロスさんが吹き出す一幕を経て、私達は船に乗り込んだ。


 初めて乗り込む帆船に、私のテンションはすぐ最高潮に達する。


「わぁ〜! ミレイさん、すごいです! 帆がおっきい! 舵もついてる! 大砲とかもあるのかな!?」


「マナミ、あんまりはしゃいでると落ちちゃうから、気を付けるのよ。今はまだいいけど、出発したら結構揺れるんだからね?」


「はーい! じゃあ、今のうちにたくさん見て回ります! 行こう、ネルちゃん!」


「う、うん……」


 猫獣人のネルちゃんは、カルロスさんに挨拶する時は隠れちゃってたけど、船にはちゃんと乗り込んでる。


 元々、お父さんの漁に付き合ってたって話だし、船には慣れっこだと思うけど……こういう大きな船は初めてだっていうし、この機会にもう少し仲良くなりたい。


「おう嬢ちゃん達、見て回るのは構わねえが、立ち入り禁止って立て札のあるところには入っちゃダメだぞ」


 そんな私達に、船員の男の人が話しかけてきた。

 ごもっともな忠告に、素直に頷こうと思ったんだけど……頷く前に、船員さんはわざとらしく怖がらせてくる。


「もし船の上で悪いことするとな……人魚に海の中へ引きずり込まれちまうぞ〜〜?」


「ひぅ……!」


 うーらーめーしーやー、って感じでだらーんとした手をぷらぷらさせる船員さんに、ネルちゃんはプルプル震えだす。


 どうも、引きずり込まれるという話を聞いて、お父さんのことを思い出しちゃったみたい。


 大丈夫だよって慰めてあげてると、色々と察したらしい船員さんも申し訳なさそうに頭を搔く。


「あー、なんかすまん。ただまあ、そう心配するな、今のところ人魚で人が死んだって話は聞かねえから」


「へ……? お伽噺とかじゃなくて、本当にあった話なんですか?」


 予想外過ぎて目を丸くする私に、船員さんは「まあな」と少しネルちゃんの様子を気にしながら話し始めた。


「元々人魚の伝説はあったんだが……最近、トロピカルアイランドの近海で人魚らしき“何か”に捕まって、海の中に引きずり込まれるヤツが何人もいるんだ。ただ、引きずり込まれてすぐに『チガウ』って声が聞こえて、元いた場所に水で飛ばされるみてえに戻ってくるってよ」


 俺はまだ見た事ねえが、と船員さんは肩を竦める。


 ……トロピカルアイランド近海で、人魚みたいな何か……しかも喋るってなると……もしかしたら……。


「マナミ……?」


「あ、ううん、なんでもない。そろそろ出港するみたいだから、船室に戻ろっか」


 まだ確証もないし、今はいいや。

 ネルちゃんの手を引いて船室に戻った私は、ひとまず出港するまで大人しくしておいて、ある程度沖に出たらまた外に出よう、なんて考えて……。


「うぅ……きもちわるい……」


 見事に船酔いでダウンしていた。

 私の背中を擦りながら、ミレイさんが苦笑交じりに話しかけてくる。


「初めての船の旅なんだし、仕方ないわよ。ポーション飲んで、ゆっくり寝ていなさい」


「うぅ……ララやシーサーペントに掴まって移動した時は平気だったのにぃ……」


「マナミ、大丈夫……?」


 理不尽だぁ、と嘆く私を、ネルちゃんが心配そうに覗き込んでくる。


 そんなネルちゃんに、私は「大丈夫」と空元気を発揮した。


「ポーションも飲んだし、すぐに慣れるよ。ミレイさん、ネルちゃんのことお願いします。私にはプルルがついてますから」


「そう? ……それじゃあ、よろしくねプルルちゃん、マナミのこと、守ってあげてね」


『────』


 ミレイさんが撫でると、プルルは任せろとばかりに体を逸らし、胸(?)を張る。


 そんな姿に思わず苦笑したりしながら、私はプルルと一緒にしばらくお昼寝タイムに移った。こういう時は、寝ちゃうのが一番楽みたいだからね。


 正直、この体調であんまり寝られる気はしなかったんだけど、ずっと目を閉じていたら、いつの間にか意識は夢の世界に旅立って──ザワザワと、外が騒がしくなっている音に気付いて目を覚ました。


「どうしました!?」


「マナミ! 実は……」


 船室から飛び出すと、ミレイさんが事情を説明してくれた。


 なんでも、船の縁でのんびりしていた船員さんの一人が、急に海に落ちてしまったらしい。


 周りの人達は慌てて助け出そうとしたんだけど、浮き輪を用意するよりも早く、謎の水流で弾き飛ばされるみたいに船内に戻ってきたんだって。


「それって……船員さんの言ってた人魚?」


「かもしれないって、少しピリピリしてるわね。マナミも気を付けて……って、マナミ!?」


 ミレイさんの制止を振り切って、私は船の縁に足をかける。


 あまりにも突然の奇行に、他の船員さん達も全く反応出来てない中で……私は海へと飛び込んだ。


「《強制召喚》! 来て、ララ!!」


「マナミ!!」


 ドボン!! と派手に水飛沫を上げながら、私はララの背に掴まって海中へ向かう。


 ミレイさんには申し訳ないけど、ここはすぐに行動しないと……これ以上、誰かに迷惑をかけるわけにはいかないもん。


 だって……私の予想が正しければ、トロピカルアイランドの人魚騒ぎは、私のモンスターの仕業だから。


(……いない、か……)


 だけど海は広くて、すぐに潜ったのにそれらしい姿はどこにも見えなくて。


 私は、小さく溜息を吐くのだった。

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