第30話 トロピカルアイランド到着
人魚の騒ぎは、私のモンスターが起こしている可能性がある。
そんな理由から海に飛び込んだ私だったけど、その“人魚”が見付からなかったこと以外にも、一つ問題があった。
そう、私、泳げないんだった。
「マナミ……次からは何か思い付いたら、まずは私に相談しようね〜?」
「は、はい……ごめんなさい……」
ララと揃ってエアポーションすら飲まずに飛び込んだこともあって、ちょっと……いや結構危なかった。
ララはポーションがなくても泳ぐくらいは問題なかったんだけど、私は沈むしかなかったから……。
「反省しているならいいわ。無事で良かった」
「……ありがとうございます」
濡れた体をタオル代わりの布で巻いた私を、ミレイさんが抱き締めてくれる。
“あの子”のことは気になるけど、今は他にやるべきこともあるんだし、意識を切り替えないと。
「ララもごめんね、急に水の中に呼び出したりなんかして」
『いえ、主の呼び出しとあらば、たとえ火の中水の中です』
巻き込んでしまったララに謝ると、問題ないと答えながら全身を震わせて水気を飛ばしていた。
獅子なのに犬みたいなその仕草に、私は思わず噴き出す。
「人魚は海面の近くにいなけりゃ襲ってこないから、全員出来る限り近付かないようにな。トロピカルアイランドまでもうしばらくかかる、用のない奴は船室に入ってろ」
そんな船員さんの指示を受けて、私達は船室に引っ込んだ。
風邪を引いたらいけないから、ってもう一度念入りに体を拭いてくれるミレイさんに感謝しつつ、私は気分を切り替えるためにネルちゃんへと話し掛けた。
「そういえば、ネルちゃん。トロピカルアイランドに家族がいるって言ってたけど、どこに住んでるかは分かるの?」
「ええと……お爺ちゃんが、本島で働いてるの。偉い人だから、聞けばすぐに分かる……と、思う」
「そう、なんだ?」
なんとも曖昧な理由は、ネルちゃんがトロピカルアイランドで暮らしていたのは本当に小さい頃だけで、その後は両親に連れられてアクアレーンに引っ越してきたかららしい。
お母さんは病気で亡くなって、お父さんも最近のクラーケン事件で亡くなって……だから、親族がこっちにいるのは間違いないけど、今も生きているのかどうかさえよく分からないんだって。
「お父さん、お爺ちゃんとあまり仲良くなかったみたいだから……私のことも、どう思われてるのか……」
しょぼん、と肩を落とすネルちゃんを見て、私はその手を引いてタオルの中へ招き入れた。
「大丈夫だよ、ネルちゃんはこんなに良い子なんだから、ネルちゃんのお爺ちゃんもきっと喜んでくれる! 絶対!」
自分で口にしながら、胸の奥ガズキリと痛んだ。
けれど、今はこう伝えるのが一番だって信じて、ネルちゃんを抱き締めた。
「ん……そうだと、いいな……」
私自身がそれを信じ切れてないからか、ネルちゃんもあんまり表情が晴れない。
そんな私達に漂う微妙な空気を破るように、プルルが間に挟まってきた。
「どうしたの、プルル?」
『────』
私の問い掛けに、プルルは体から串焼きを一本私達の前に出すことで答える。
出港前に、おやつとして食べようと思って用意しておいたやつだ。私が船酔いでダウンしちゃったから、すっかり忘れてた。
目の前から漂う美味しそうな匂いに、私とネルちゃんのお腹がきゅるる、と鳴く。
「あはは……! とりあえず、食べよっか。後のことは、後になってから考えよ」
「ふふふ……うん」
ミレイさんも食べよ、と誘って、三人でおやつタイム。あ、プルルもいるし、ララにも迷惑をかけたお詫びに食べさせてあげるから三人と二匹?
酔い止め代わりに飲んだポーションがやっと効いて来たのか、リバースしたりすることもなく楽しい食事の時間を過ごした私達は、そのまましばらく船室でのんびりして……やがて、トロピカルアイランドの本島に到着した。
「着いたぞ!! 着岸作業入れ!!」
にわかに騒がしくなる船員さん達の邪魔にならないよう、またしばらくは大人しく待っていると……やがて、船を降りられる準備が整ったのか、船員さんが呼びに来てくれた。
ララのことはもう送還してあるので、プルルを含めた三人と一匹で降り立った地面。
ずっと揺れていた感覚がなくなったことに、私は何となく安心感を覚えた。
そのまま大きく深呼吸して……叫ぶ。
「着いたどーー!!」
「すっかり元気ね、マナミ」
「えへへ、やっぱり人間、地面の上が一番です」
最後の方は酔いも収まっていたとはいえ、ほとんどの時間をダウンしたまま過ごしていたからね。出来れば、次は船じゃなくてモンスターに乗って行き来したい。
そのためにも、人魚騒動について情報を集めたくはあるんだけど……その前に、カルロスさんから頼まれたお仕事と、ネルちゃんの家族探しをしなきゃね。
そう思っていたら、港に和服を着た一行がやって来た。
トロピカルアイランドは獣人の島だから、やって来るのも当然獣人ばかり。そんな一行の中に、一際目立つ人がいた。
真っ白な髭と、真っ白な鬣で顔が覆われてる、お爺ちゃん獣人だ。
目元はちゃんと出てるんだけど、それ以外全部が毛で覆われてるせいで、いまいち表情が分からない。多分、ライオンとか……そんな感じの獣人、なのかな?
そんな人が私達の前までやって来て、ゆっくりと口を開く。
「アクアレーンの使者だな。代表は誰だ」
「あ、私です。お手紙預かってます」
はーい、と手を挙げたら、お爺ちゃんライオンはびっくりしたみたいに目を丸くした。
うん、表情は分かりづらいと思ったけど、何を考えてるかは意外と分かりやすいかも。
「そなたが、そうなのか?」
「はい。ええと、マナミ・アクアレーンです。この度養子にして貰いました」
よろしくお願いします、と頭を下げると、そのお爺ちゃんは少し戸惑いながらも一つ咳払いをし、改めてキリッと眼差しを鋭くした。
「ワシはナルム・ライグル。このトロピカルアイランドで“獣王”を務めておる」
「あなたが……」
薄々予想はしてたけど、やっぱりこの人が獣王なんだ。
名乗ったナルムさんは、けれど仲良くなる気は無いとばかりに鼻を鳴らす。
「ある日突然、そちらから一方的に交易を打ち切って船の行き来を禁じたというのに、今更使者など送られても話すことなどない。帰ってくれ」
「待ってください、それには事情があるんです」
話の流れが不穏だと思ったのか、ミレイさんが話に割って入って来た。
それにナルムさんは少しだけ眉を顰めるも、そのまま話し続ける。
「言い訳など聞かん! どのような事情があるにせよ、急に通行が禁止にされたせいで我らにどれほどの……」
ヒートアップしながら叫ぶナルムさんだったけど、途中で口を噤んでしまう。
その視線の先には……殺伐とした空気に怯えている、ネルちゃんの姿があった。
「……ネ、ネル? ネルなのか?」
「……お爺ちゃん」
「へ?」
お爺ちゃん? え、てことは……ネルちゃんのお爺ちゃんが、獣王だったの!?
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