第24話 ミレイの秘密特訓
クラーケンとの戦いから数日経ったある日の朝。カルロスから割り当てられた高級宿の一室で、ミレイは目を覚ました。
「ん……もう朝か……」
欠伸を噛み殺しながら、ゆっくりと体を起こす。
そのままベッドから出ようとして……パジャマの裾を、小さな手が離れまいと掴んでいることに気が付いた。
「んみゅう……んぅ……」
目を向けた先には、ぐっすりと眠るマナミの姿がある。
甘えるようなその仕草は、小さな体と相まって本当に愛らしく、思わず守ってあげたくなってしまう。
しかしその実、内に秘めたるテイマーとしての実力は凄まじい。
伝説のモンスター、海竜リヴァイアスにも認められたというのは、それだけ大きな意味を持つのだ。
「こんなにも小さいのにね……一体どんな人生を送って来たのかしら」
伝説のテイマーに拾われ、モンスターに育てられた女の子──今のところはそう考えているし、スターツの町でもそう説明していた。
しかし、必ずしもそうとは限らない。マナミにはまだまだ秘密があると、ミレイも感じていた。
「私が支えてあげないとね」
リヴァイアスと対峙した時のマナミを見て、自分など必要なのかと少し悩んだ。
しかしその後、カルロスの養子になることを進めた際の姿を見て、考えを改めることにしたのだ。
この子にはまだ、大人の保護者が必要なのだと。
「そのためにも、少しは強くならなくちゃ」
マナミをそっと撫でながら、ミレイは今度こそベッドから立ち上がる。
いつものローブ姿に着替え、向かう先はアクアレーンの町を守る衛兵の詰所だ。
まだ衛兵達の姿もまばらな早朝のこの時間に、訓練場を借りるために。
「ふぅ……!」
無人の訓練場に、いくつもの魔法の閃光が迸る。
まだ二十歳にも満たない、十八歳の身で放ったことを考えれば十分過ぎる威力なのだが、リヴァイアスはもちろん、ライガルガのララにも遠く及ばないだろう。
「一朝一夕で追いつけるものじゃないけど……それで諦めてたら、情けないわよね!!」
始まりは、身寄りもなく従魔しか頼れるものがないマナミを見て、かつて失った妹の面影を重ねたことだ。
それなりに長い時間を共に過ごした今、妹とは全く違う子だということは既に理解している。
何の力もなかったが故に虐待を受け、引っ込み思案でいつも泣いていた妹と違い、マナミは優れた力を持ちながら孤独を感じさせないほどに明るく社交的だ。
いつも笑っていて、従魔のことを本当に家族のように大切にしていて、あの歳で行商人になって自立することを目標に掲げるほどにしっかりしていて……だからこそ余計に、ふとした拍子に見せる寂し気な表情が不安にさせるのだ。
この子は、無理をしているのではないかと。
「せめてマナミが、私に気兼ねなく頼れるくらいに、強く……!!」
どうして血の繋がりもない他人にそこまでするのかと自問すれば、自分でもよく分からないと答えるだろう。
妹を守れなかった贖罪だろうと言われればそうかもしれないし、単にマナミを放っておけないからというのも間違いではない。
だが、理由などどうでもいいとミレイは割り切っていた。
マナミを守りたいと、そう思うこの心に偽りはないのだから。
「はあぁぁぁぁ!!」
裂帛の気合いを雄叫びとして吐き出しながら、次々と魔法を放ち訓練場を荒らしていく。
そうしていると、そんなミレイに声をかける人物が現れた。
「よお、頑張ってるみたいだな」
「あ……レートンさん。おはようございます」
この衛兵隊詰所を取り仕切る、隊長の立場にある男だ。
訓練場の使用許可をくれた人物でもある彼に、ミレイは頭を下げる。
「いつもありがとうございます。もう時間ですか?」
「ああ、そうだな。けど、別にもうしばらく使ってくれても構わないんだぜ? 何せ、町を救ってくれた"聖女様"の仲間なんだ、こんなことで少しでも恩返し出来るなら安いもんだ」
「それをしたのはマナミなので、私にはそんなに気を遣わなくても……」
「いやいや、俺だったらただついて行くだけでも、海竜様とクラーケンの戦いの場になんて行きたくないね。それが出来るだけ、あんたは十分に強いよ」
「ははは、ありがとうございます」
笑って聞き流すミレイに、レートンは「世辞じゃないんだがな」と苦笑を漏らす。
そんな彼の反応は気にも留めず、ミレイは最初の問いかけに答えを返すように言った。
「そろそろマナミが目を覚ます時間ですから、その前に帰りますね」
「ああ、なるほどな。今日は"農場"の方で取引があるんだったか?」
「はい、あの子も初めて商人らしいことをするって張り切っていましたから」
今日の予定では、マナミはクラーケン討伐の件で報酬として受け取った資金を元に、アクアレーンの農場から食材を買い、町で小さな屋台を開こうと計画していた。
マナミにとっては、この世界で生きていくための大事な一歩となる。
カルロスの養子となるのであれば、商売などしなくても生きていけるだろうが……マナミとしては、あくまで自立したいらしい。
「分かった、気を付けてな。……いや、本当に気を付けろよ、モンスターはともかく、そういう場面じゃ聖女様もお前さんが頼りだろうからな」
「……? 分かりました」
レートンが何を言いたいかよく分からないまま、ミレイは一つ頷く。
こういった面ではまだまだ経験の浅いミレイには、想像がつかなかったのだ。
"海の聖女"などという二つ名を付けられたマナミが今、町でどれほどの人気者かを。
そんなマナミが店を出すとなった時、町の人々がどのような反応になるのかを。
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