第21話 海竜との取引

「わ……私達は、あなたとアクアレーンの町長さんとの再契約をお願いしに来ました!! お願いします、アクアレーンの町には、あなたの力が必要なんです!!」


 半ば呑まれかかっていた心を奮い立たせて、私はそう叫ぶ。


 それに対して、リヴァイアスは『ふん』と鼻を鳴らした。


『盟約を破ったのはその町長の方だ。本人が頭を下げるならまだしも、使者で誤魔化そうとするような輩になぜ我が譲歩せねばならん?』


「えーと……それはその、やらかした人はもう死んじゃってて、その息子さんが町長をやっていて……」


『ならばその息子が来るべきだろう、違うか』


「……違わないと思います」


 ゲームだとプレイヤーだけ行かされるなんて普通の展開だから気にしなかったけど、確かに許して貰うならカルロスさんも連れてきた方が良かったよね。


 その発想に至らなかったのはなんでだろうと自問するけど……自分で答えに至る前に、リヴァイアスにズバッと指摘されてしまった。


『ふん、大方、貴様の腕前ならば力で従えられるのではないかと、くだらぬ期待をかけられたのだろう。我の“声”を聞いて平気でいられる者など、久しく会った記憶がないからな、無理もないが』


「はい、仰る通りです、ごめんなさい……」


 だって、リヴァイアスはSランクだって言ってたもん、ライガルガ(50レベル)と同じランクだって言ってたもん!! まさか六倍もあるなんて思わないよ!! 分かりやすくSSSSSSランクとか言ってよ!!


 というか、声を聞いて平気でいられる人すら珍しいって……と思ってミレイさんの方を見てみたら、目を見開いたまま完全に震えて動けなくなっていた。


 ……レベル差が酷すぎるとこうなるのかぁ。


『ふん、随分と素直なことだ。我としては、大人しく諦める方にその素直さを発揮して欲しいものだがな』


「その、そういうわけにもいかなくてですね……あなたの作ってくれたファームも、いつまで残しておいてくれるか分からないでしょう? あれがなくなるととっても困るんです」


『ファーム……?』


「えっと……」


 ファームはどういうものか、それがどれだけアクアレーンの町で不可欠なものになっているか、私は頑張って説明する。


 それを聞き終えたところで、リヴァイアスは今やっと思い出したとばかりに呟いた。


『ああ。随分昔に、巣を一つ町のために作ってくれと頼まれたな。大したサイズではなかった故、特に意識することもなくてな、忘れていた』


「…………」


 契約が切れたのにファームが残っていた理由が、まさかリヴァイアスの物忘れが原因だったなんて……。


 予想外過ぎて、私はガックリと肩を落とした。


 そして、リヴァイアスは最悪の展開へ持っていこうとする。


『そんなものがあるなら、閉じてしまうか。多少なりと我の力を消耗し続けているわけだからな』


「わー! 待って待って!」


 私が余計なことを言ったせいでファームが消える事態になっちゃったら、流石に逮捕されちゃうよ!!


 慌てる私に、リヴァイアスは困った様子で言った。


『普段であれば、貴様の度胸に免じて巣だけは残しておいてやっても良かったのだが……我にも事情があってな、力は少しでも万全にしたいのだ』


「と、言いますと?」


『我の縄張りに、厄介な存在が侵入してきたのだ。既に同胞も何体かやられている故、ヤツに対応するために力を蓄えたいのだ』


 そういえば、カルロスさんも原因不明の沈没事故が増えたって言ってたっけ。もしかしてそれ?


「あなたがそこまでしなきゃいけない相手なんですか?」


『まともに戦えば負けるとは思わん。だが、力は互角と言えよう』


 レイドボスと互角の相手って、相手も絶対レイドボスじゃん。


 この海域だけで二体もレイドボスがいるなんて、地獄かな?


『しかも、ヤツは非常に小賢しくてな、我とまともにやり合おうとせず、近付くとすぐに逃げるのだ。それでいて、常に隙を窺いながら力の弱い同胞を狙って仕掛けてくる……それに対処するためにも、人間の事情に気を払っている余裕はない』


「なるほど……」


 そう言われちゃうと、人間を優先しろなんてとても言えない。


 というか、“同胞の保護”も盟約の一つなんだから、リヴァイアスの代わりにアクアレーンの戦力がシーサーペントを守ってあげるべきなんだよね。


 ……なんかこう、ファームのことがなかったらリヴァイアスの再テイムなんて話、もうお断りしたい状況だ。


『ふっ、間違っても我の代わりに戦おうなどと考えるな。そこの子猫は我が同胞よりは強いが、ヤツには勝てん』


『なんだと……?』


 プライドが傷付いたのか、リヴァイアスの指摘にララがちょっと苛立ってる。


 どうどう、ララの力だけじゃレイドボスに勝てないのは事実だから、一旦落ち着こう?


「確かに私達じゃ勝てないかもしれないですけど……でも、あなたがそのモンスターを倒すお手伝いをすることは出来ます」


『何……?』


「あなたと、そのモンスターとの一騎打ちの場を作ってあげます」


 私の言葉がよっぽど予想外だったのか、リヴァイアスが目を丸くしている。


 でも、これは大言壮語でもなんでもない、ただの事実だ。


 そのモンスターが格下を好んで襲うモンスターで、レイドボス相当の力を持っているなら、確実に釣り上げられる。


「でもそれをするには、あなたが一時的にでも私の従魔になる必要があります」


『ほう……?』


「適当に言いくるめようとしてるわけじゃないですよ。どうせあなたなら、私のテイムを一方的に破棄も出来ますよね?」


 実際、カルロスさんの父親に対してはやったみたいだし。


 ……いや、カルロスさんの父親は死んだから切れたのかな? まあ、そこはどっちでもいいか。


「どうせダメで元々なら、私を信じてみませんか?」


 これでダメだったら、もう私には打つ手がない。

 ドキドキしながら反応を待っていると……リヴァイアスは、面白くてたまらないとばかりに笑い出した。


『ふはははは!! 我を相手にそれだけの大口を叩くとは、いい度胸だ。いいだろう、一度だけお前を信じてやる。抜かるなよ?』


 何とか希望を繋げたことに、ホッと胸を撫で下ろしながら……こうして、私は結局、レイドボスとの戦闘が確定するのだった。

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