第19話 エアポーションのお試し実験

「マナミ、これで足りるかしら?」


「わあ、ありがとうございます!」


 私達がアクアレーンの町に到着して数日、町長であるカルロスさんの家にお邪魔する形で、ミレイさんに素材を集めて貰っていた。


 海辺に自生する“空気草”に、同じく海に生息するバブルスライムのゼリー。それから、私がファームで育ててる薬草と……エアポーション一つ作るのにこれだけ必要になる。


 他にも、いざという時のための秘密兵器も用意したかったから、ミレイさんは随分と多く働かせてしまった。


 そのことを少し申し訳なく思っていたんだけど、当のミレイさんには「そんなこと気にしない」と笑い飛ばされてしまっている。


「私はマナミの専属護衛なんでしょ? ならこういうのは私の仕事、マナミは自分の仕事に集中して、ね?」


「はい、ありがとうございます!」


 ミレイさんにお礼を伝えつつ、私は調合のために用意して貰った部屋で準備を始める。


 と言っても、そこまで大仰な設備があるわけじゃないから、やることは普通の回復ポーションと変わらない。


 材料を磨り潰して、混ぜて、フラスコで熱するだけだ。


「よし、出来た!」


 回復ポーションとはまた違う、青色のポーションを眺めながら、一つ頷く。


 後はこれを量産して、海の中でも十分な活動時間を確保出来るようにしないと。


「ねえマナミ、これってどれくらいの時間効果があるの……?」


「え? えーと、十分のはずですけど……」


 そういえば、回復ポーションの方も少し性能が違ってたんだっけ?


 ゲームでもあまり作る機会のなかったアイテムだし、一度どれくらい効果があるか調べた方がいいかもしれない。


「私が試して来ましょうか?」


「え? いいんですか?」


 こういうの、製作者がやった方がいいと思うんだけど。


 そんな私に、ミレイさんは大丈夫と笑ってみせる。


「マナミの腕が確かだってことは、ちゃんと分かってるから。ひとまず十分以上効果があるか確認すればいいんだし」


「うーん……私もついていきますから、溺れないように気を付けてくださいね」


「もちろんよ」




 というわけで、実際に試すために、海へやって来た。


「それじゃあ、始めるわよー」


「はい、お願いします」


 海に入るということで、ミレイさんは普段の魔女っぽい衣装から水着に着替えていた。


 見た目はなんというか、ほぼ競泳水着だ。

 ここだけめちゃくちゃ現代な感じがするけど、なんかこういう質感の皮膚を持ったモンスターがいて、防御力も折り紙付きらしい。


 リヴァイアスのところに行くなら、マナミの分も買わないとねー、なんて言われたから、後でお買い物に行くこともついでに決まってたりする。


「んくっ、んくっ……」


 腰に手を当てて、豪快な飲みっぷりを披露するミレイさん。


 すると、ミレイさんの体から淡い光が溢れ出した。


「エアポーションって初めて飲んだけど、こんな感じなのね」


「私も、初めて知りました……」


 ゲームでこんなエフェクトはなかったし。

 ただ、自信満々にエアポーションを作るって言いながら、そんな基本的なことすら知らなかった私に、ミレイさんはちょっと苦笑してる。


 いやその、えーと……ごめんなさい。


「それじゃあ、入るわね。プルルだったわね、いざという時はよろしく」


『────』


 浜辺から歩いて海の中へ向かい、ざぶんと潜っていく。そんなミレイさんの肩には、プルルが張り付いていた。


 プルルはスライムで、呼吸を必要としないから……もしエアポーションが上手く機能しなくてミレイさんが溺れちゃったら、浜辺まで引っ張ってきて貰う手筈になっている。


 私は当然お留守番だ。泳げないから。

 ……いや、前世ではずっと入院してたし、泳ぐ機会なんてあるわけないじゃん。


「……本番では、プルルかララに代わりに泳いで貰わないとなー」


 ぼんやりとそんなことを考えながら、ミレイさんが戻ってくるのを待つ。


 すぐに上がって来ないってことは、上手く機能したのかなって楽観的に考えてたけど……時間が過ぎても何も起こらないと、やっぱり心配になって来る。


 実はプルルも泳げなくて、一緒に沈んでるとかじゃないよね?


「うぅ……やっぱり私も一緒に行くべきだったかな……」


 じっとしてられなくなって、浜辺をウロウロする。

 大声でミレイさんの名前を呼んでみたりもするんだけど、水中に声が届くわけもない。


 そうこうしているうちに、予定の十分を過ぎてしまった。


「ミレイさーん!!」


 服のままだけど、我慢しきれずに海の中に走っていった。


 ミレイさんが潜ったあたりまで行って、沈んでないか確認しなきゃ……と思ったんだけど、そこに辿り着く前に、私の足がつかなくなった。


 そして、ただでさえ水泳初体験な上に服まで着ていて、泳げるわけもない。普通に溺れてしまった。


「がぼぼばぼ」


 せめてエアポーションを飲んでから来れば良かったのに、なんで私はその程度のことすら思い付かなかったんだろう。


 とはいえ、今更後悔しても後の祭り、私の体はどんどん沈んでいって……途中で、誰かに抱き上げられるように一気に浮上した。


「ぷはっ……マナミ、どうして溺れてるの!? 大丈夫!?」


「けほっ、けほっ……あ、ミレイさん……」


 やっと息が吸えた私の眼前には、心配そうなミレイさんの顔があった。


 どうやら、私の考えすぎだったみたい。全然元気そう。


 ホッと安心して、胸を撫で下ろすと……一人で焦って海に突入した挙句溺れかけた自分が、めちゃくちゃ恥ずかしくなって来た。


「うぅ〜〜……! ミレイさん、上がってくるの遅いです……!」


「……あー、なるほどね……マナミのポーション、十分が過ぎても効果時間が続いていたから、いつまで持つのか試してみようかと思って……心配かけてごめんね?」


「う〜〜……!」


 どう考えても私の自爆なのに、ミレイさんに謝らせてしまった。


 羞恥心と罪悪感と、ミレイさんが無事だった安心感と。色々混ざって複雑な心境の私は、ただ唸り声を上げて抱き着くくらいしか出来なくて……。


 そんな私をあやすように、ミレイさんはいつまでも背中をポンポンと叩いてくれていた。

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