第17話 アクアレーンの現状

 隊長さんに案内される形で入ったアクアレーンの町は、スターツの町以上に多くの人で賑わっていた。


 特に目を引くのが、普通の人間……人族以外の人種も普通に見かけるってこと。


 動物の耳や尻尾を持つ、海を隔てた南の島で暮らす種族、獣人族だ。


 ぴこぴこと動く猫耳に釣られ、ちょっとフラフラと脇道に逸れて行きそうになった私を見て、ミレイさんが苦笑混じりに手を引いた。


「マナミ、観光はまた後でね」


「はーい……」


 ちょっぴりしょんぼりする私を見てか、肩に乗ったプルルが少し体の形を変え、猫に似た耳を生やす。


 そんなプルルのアピールに思わず吹き出しながら、その体をぽよぽよと撫でて……そうこうしているうちに、大きな屋敷に到着した。


 これぞ貴族! と言わんばかりの大豪邸だけど、確かこの国って王様はいても貴族制ではないんだよね。

 つまり、多少礼儀作法を間違えて失礼なことをしちゃっても、いきなり処刑されたりはしないだろう。


 そんなことを考えながら、屋敷の中に入る私達。

 すると、これぞイケメン! みたいな容姿の男性が出迎えてくれた。


「よく来てくれたね。僕はカルロス・アクアレーン。この町で町長を務めさせて貰っている。まだまだ若輩の身ではあるけど、よろしく頼むよ」


 その言葉通り、カルロスさんは想像してたよりずっと若い人だった。

 多分、ミレイさんと同じか、少し年上くらい? 二十歳前後だと思う。


 私のイメージだと、町長ってもっと年配の人がやってるものだと思っていたんだけど……。


「ええと……私はミレイ、この子はマナミです。こちらこそよろしく」


 ミレイさんも、カルロスさんの若さに驚いているみたいだった。


 握手を交わしながら、カルロスさんは困り顔を浮かべる。


「父が急死してね、想像していたより十年早くこの地位に就くことになってしまったんだ。……いや、十年遅かったと言うべきか……」


「へ?」


「……この話は腰を落ち着けてからにしよう。君達もこの町に到着したばかりで疲れたろうし、食事を用意させたから、まずはゆっくり楽しんでくれ」


 首を傾げる私に、カルロスさんは誤魔化すようにそう言った。


 気になるけど、多分それが私達をこの屋敷に招いた理由と繋がってくるんだろうし、また後で説明されるだろう。


 というわけで、私達は町長さんの用意してくれたご飯を食べることになったんだけど……。


「なんですかこれ、すっごく美味しい!!」


 想像を遥かに超える豪華なメニューの数々に、プルルに負けないくらい瞳を輝かせてしまう。


 トロットロのソースがたっぷりかけられたステーキに、新鮮プリプリな魚の刺身。

 そうしたメインディッシュを彩る野菜達も、あまりの瑞々しさに宝石みたいに輝いて見えて……本当に食べていいのかなって、思わずカルロスさんとミレイさんを何度も見てしまったくらいだ。


「遠慮はいりません、おかわりもありますので、ご満足いただけるまでいくらでもどうぞ」


「ありがとうございます!」


 カルロスさんの許可を貰って、私はすぐに目の前の料理に手を付けた。


 何これ、肉が口に入れた瞬間に溶けちゃった!? こんなことあるの!?

 刺身も……こんなに美味しいの食べたことない!!

 わぁ、サラダにかかったドレッシング、なんだろうこれ!? もうこれだけでお米が食べれそうなくらいだよ!!


『────!』


「えへへ、美味しいね、プルル!」


 特別に一緒に食べてもいいって許可を貰ったプルルも、この料理の数々にはご満悦みたいだ。


 思わず、自分がいる場所が町で一番偉い人の屋敷なんだって忘れてしまうほどに楽しくなって、はしゃぎ倒して、料理を堪能して……気付いた時には、ミレイさんだけでなくカルロスさんにまで温かい眼差しを注がれていた。


「ええと……お恥ずかしいところをお見せしました……」


「いや、いいんだ。子供は元気なのが一番だよ」


 プルルと一緒に小さく頭を下げるも、カルロスさんは笑って許してくれる。


 うぅ、次からは気を付けよう……。


「それで……結局、私達はどうしてここに呼ばれたのでしょうか? テイマーを探している、と聞きましたが」


 居たたまれない気持ちになっている私の隣で、ミレイさんがついに本題に切り込んだ。


 そうだった、豪華な料理の数々に気を取られちゃってたけど、まだ私達がここに呼ばれた理由がまだ分からないんだった。


 手遅れな気はするけど、ビシッと居住まいを正して話を聞く姿勢になると……カルロスさんは、とても言いづらそうに口を開く。


「……これから話すことは、出来れば他言無用でお願いしたい。アクアレーンの、町の存続にも関わる内容だからね」


「それほど深刻な話なのですか?」


「ああ……君達は、海竜リヴァイアスのことは知っているかな?」


「はい、それはもちろん」


 カルロスさんの説明に、ミレイさんが頷く。

 海竜リヴァイアス……アクアレーンの守り神。

 もう何百年もこの町を守り続けていると同時に、ファームの提供によって農業と畜産の根幹すら担う、まさにアクアレーンの生命線とも言える存在。


 それがどうしたんだろう? と首を傾げていると……カルロスさんの口から、とんでもない発言が飛び出した。


「そのリヴァイアスとの契約が、父の代で打ち切られてしまったんだ」


「ぶっふぅ!?」


 想像を遥かに超える緊急事態に、思わず口に含んでいた飲み物を噴き出してしまった。


 流石に失礼とかいう次元じゃないんだけど、ミレイさんは口をあんぐりと開けたまま固まってしまい、私の醜態には気付いていないし、カルロスさんもそんなことは些事だとばかりにスルーしている。


 結局、近くにいたメイドさんが、気を利かせて拭いてくれたけど。ごめんなさい。


「詳細を語ると長くなるのだけど……父がその、色々とやらかしてね。リヴァイアスの怒りを買ってしまったんだ。まだ農場と町との"門"は開いたまま維持されているけれど、それもいつまで続けてくれるか分からない」


 はあ、とカルロスさんは重苦しい溜息を吐く。


「そうでなくとも、近頃はこの町の近海で原因不明の船の沈没が相次いでいてね……まだ大きな混乱には至っていないが、リヴァイアスの加護が失われたのではないかと、民の間でも噂になりつつあるんだ。事実である以上、これもいつまで誤魔化せるか分からない」


「つまり……カルロス様が私達に……いえ、マナミに頼みたいことというのは……」


 ミレイさんが、顔を引き攣らせながらその先の内容を察して呟きを漏らす。


 それに対して、カルロスさんは力なく頷いた。


「海竜リヴァイアスの再テイム……それを、君達に頼みたい。この通りだ」

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