第14話 とある誘拐犯達の受難

 スターツの町で数日を過ごし、ある程度の資金と馬車を手に入れたマナミとミレイの二人は、アクアレーンの町を目指して足早に出立した。


 そんな彼女達の進む先、見晴らしの悪い森の中で、怪しげな男達が身を潜めていた。


「そろそろか。お前ら、準備はいいな?」


「もちろんでさぁ、報酬分は働かねえとなぁ」


 彼らの目的は、ここを通過する馬車の襲撃、そしてマナミの拉致だった。


 依頼者は、マナミのポーションを買い叩いた件の商人。ハイポーションの取引を断られた腹いせもあるが……一番は、身寄りのなさそうなマナミなら、違法に監禁して奴隷のようにポーション作りをさせてもバレないだろうという浅はかな目論見によるものだ。


 しかし、そんな事情は彼ら闇家業の人間には関係ない。

 依頼を受けたからには、相手が誰だろうと達成するのみである。


「連れの女冒険者が一人いるって言ってましたが、そっちはどうするんで?」


「“口封じ”さえしっかりするなら、後は好きにしていいとのことだ」


「へへっ、了解でさ」


 来たる暴力への悦びを隠し切れない男達は、その高揚感のままに舌舐りする。


 やがて、そんな彼らの待ち構える場所に、一台の馬車が近付いて来た。


 哀れな子羊がやって来たぞ、と男達の興奮は最高潮に達し──一瞬で、氷点下にまで下がった。


 子羊どころか、巨大羊……否、巨大なアルパカが、その巨体と重量感に似合わぬポフポフとした足音と共に現れたからだ。


「頭ぁ! なんですかいあのデケェモンスターは!! 俺はガキの誘拐とは聞きやしたが、モンスター狩りとは聞いてねえですぜ!?」


「おおお落ち着け、あのモンスターは温厚で大人しい性格で有名だ、大して強くない。見た目に惑わされるな!!」


 自分自身に言い聞かせるように、闇家業の頭は必死で叫ぶ。


 そう、アルパーンはモンスターであり、馬よりは強いが……ある程度戦闘の心得がある者なら、対人ナイフでも仕留められないことはない。


 だから大丈夫だと、そう周知していると……街道に、一体のモンスターが現れる。


 漆黒の毛皮を持つ大型の狼、ブラックウルフだ。


 本来ならこんな町の近くに現れるようなモンスターではないのだが、近頃はキングゴブリンの出現など、モンスター達の分布に明らかな変化が起こっている。こんなこともあるだろうと頭は考えた。


「ちょうどいい、あのブラックウルフの襲撃があったように見せかければ、足もつかねえだろう」


 ブラックウルフは、そこまで強いモンスターではない。もう少し町から離れれば、出現するのもそうおかしな話ではなくなるだろう。


 つまり、冒険者の護衛がいれば負けるような相手ではないのだが……絶対ではない。


 ブラックウルフと護衛の女冒険者との戦いに介入し、邪魔者を排除した上でターゲットを拉致する。


 そう考えた頭は、配下達へ準備を促そうとして──


 ブラックウルフが、アルパーンの蹴り一発で吹き飛ばされ、ノックアウトする瞬間を目撃してしまった。


「……はあ?」


 何が起きたのか、頭を含め誰一人理解出来なかった。


 温厚で、戦う力はないはずのアルパーン。それが、天敵とも言えるはずの肉食モンスターを瞬殺したのだ。


 ひょっとしてあれは、アルパーンに似た全く別の化け物なのでは? と不安が過る。


「お、落ち着け……どんなに強いモンスターでも、寝る時は寝る。寝込みを襲えば、問題は無いはずだ」


 段々と自信が失われて行っているのを自覚しながら、頭はそう指示を出す。


 どれだけ先を急いだところで、次の町に着くまでの間に必ず野宿をする必要がある。


 そこを襲撃すれば、あの恐ろしいアルパーンと交戦する必要はないだろう。


 ……恐らく。


「よし、奴らも足を止めた。これからテントの設営をするのだろう」


 やがて、そろそろ日が沈むという時間になったところで、マナミ達が馬車から降りてくる。


 襲撃の手筈を整えるためにも、どのような造りのテントを建てるのか、準備の段階からしっかりと観察しなければと、頭は双眼鏡にしっかりと目を当て……。


 突如、虚空からライガルガが出現するのを目撃した。


「ぎょえぇぇぇ!? ら、ライガルガーー!?」


 一応、頭も事前に情報収集をしていたので、マナミがライガルガをテイムしているという話は聞いていた。

 しかし、いくらなんでも与太話の類だろうと思い気にしていなかったのだ。


 実際に馬車を目にした時、ライガルガが周囲にいなかったことも、その認識に拍車をかけた。


「な、なぜ急に現れた!? ……そ、そういえは、高位のテイマーは、いつでもどこからでも従魔のモンスターを召喚出来るスキルを持っていると聞いたことが……」


 マナミはあまり意識していなかったが、本来強制召喚はレベル50相当のスキルであるため、レベル30前後で十分な実力者とされるこの世界では、滅多にお目にかかれるものではないレアスキルなのだ。


 そもそもテイマースキル所持者が少ないことと、ライガルガを従魔にしているという事実の方が驚愕過ぎて誰もがスルーしていたが、こちらも十分大概である。


 これはひょっとして、とんでもなく割に合わない仕事を引き受けてしまったのでは? と頭が冷や汗を流し始めた時……ギロリと、ライガルガの鋭い眼光が自分達の方へ向き、角に雷が収束し始めるのを目撃した。


「お前ら、逃げろぉぉぉぉ!!」


 こうして、マナミを狙った誘拐未遂事件は、マナミ本人がそれに気付くこともなく幕を閉じた。


 後に、この依頼を行った商人の男が、匿名のタレコミで衛兵に捕まることになるのだが、それはまた別の話である。

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