第12話 ハイポーション販売
ミレイさんが、正式に私のパートナーになってくれた。
まあ、世間的に見れば保護者だけどね。
そして、私みたいな子供にとって、保護者の存在がとても大きいことをすぐに実感することになった。
「これは、ハイポーション……!? ほ、本物か……!?」
「あなたも商人なら、見れば分かるでしょ? まあ、それも分からないようなら、他の卸先を……」
「い、いや、問題ない。滅多に出回るものでもないからな、これほどの数に驚いてしまっただけだ。喜んで買い取らせて貰おう」
まさか、こんなにすんなりと買い取って貰えるとは思わなかったな。前とは別の人ではあるけど、ミレイさんがとっても交渉上手でびっくりだ。
まあいっか、ハイポーションだし、一つ500ゴールドくらいにはなるはず……。
「一つ1000ゴールドでどうだ?」
「ぶっ」
1000ゴールド!? ハイポーション一つで!?
「安くない? 1500で」
ミレイさん!? 1000で安いの!?
「うちもそこまで予算があるわけじゃない、その値段だと全部は買い取れなくなるぞ? 1200」
「こっちとしては、全部をここで卸す必要も無いのよね。見ての通り、定住者ってわけじゃないから。1300でどう?」
「分かった分かった、なら一つ1300で買い取ろう。この町では俺に卸してくれ」
「ふふふ、まいどあり」
私が驚いてる間に、あっさりと話が纏まってしまった。
私が作ったハイポーション五つ、合計6500ゴールドを受け取って、私としては呆然とするばかりだ。
「ミレイさん、ハイポーションってそんなに高いんですか……?」
ポーションを買い取って貰った帰り道、私はミレイさんにそう尋ねた。
それに対して、ミレイさんはきょとんとしながら答える。
「え? そりゃあ高いわよ、所によるけど……店で買おうとしたら2000ゴールドくらいするわね」
「…………」
この世界、私の知っているゲームよりも大分ポーションの価値が高いみたい。
ゲームだと、
「そんなに高いと、買い手がつかないんじゃないですか?」
「確かに、私みたいな冒険者にとってみれば、普通のローポーションでさえあまり常備出来ない代物だけど……ハイポーションがあればかなりの重傷だって治せるからね、正規の騎士団なんかでは常に需要があるのよ。戦に備えて、古くならないように定期的に更新しなきゃいけないし」
「へぇ〜」
要するに、ハイポーションを取り扱える商人は、国や貴族と取引出来るようになる。
だから、多少無理してでも買取りたがるんだって。
そういった存在と一度でも取引したことがあるっていうのは、商人にとって大きなアドバンテージだから。
「物知りですね、ミレイさん。すごいです!」
「あはは、まあ……私も色々あったからね」
ちょっと悲しげな表情を浮かべるミレイさんに、私はこてんと首を傾げる。
聞いていいものなのかどうか、少し迷っていると……一人の男が、私達を見付けて駆け寄ってきた。
「そ、そこのお前!! 待て!!」
私達というより、私が目当てだったみたい。
その顔を見て、私は「あっ」と声を上げた。
「私のポーションを100ゴールドで買い取ったおじさんだ」
「へえ……あんたがねえ」
ミレイさんの迫力に、商人のおじさんは「ひっ」と声を引き攣らせる。
けれどすぐに気を取り直して、おじさんは私達に手を揉みながら近付いてきた。
「そ、その説はお世話になりました……何分、こちらにも事情というものがありまして、きちんと説明した上で取引をさせて頂いた次第であります、はい」
私の記憶が正しければこの人、私に対しては結構粗雑な言葉遣いで応対してた気がするんだけど……ミレイさんがいるだけで、こんなに違うものなんだね。
こうも露骨だと、流石に何も言う気にならないというか、むしろ尊敬しちゃうよ。
「へえ、説明ねえ? こんな小さな子から、相場の三分の一なんてふざけた値段でポーションを買い叩く必要があった事情とやら、私にも聞かせて貰ってもいいかしら?」
「むぐ……!」
言葉を詰まらせ、後退るおじさん。
けれどすぐに気を取り直して、にっこりと笑みを浮かべた。
「そ、それよりも、少々小耳に挟んだのですが……は、ハイポーションの調合に成功したとか?」
「ええ、この子がね。それがどうかした?」
ごくりと、おじさんが唾を飲み込む音がした……気がした。
私でも気付いたくらいだし、ミレイさんは尚更だろうな。
「でしたら、どうか私に優先的に卸して頂けませんでしょうか。悪いようにはしませんぞ?」
「既に悪いようにされてる人から言われてもねえ……」
「わ、私には貴族との……バーランダー公爵家との繋がりがあります!! そこらの商人では決して得られないツテですぞ!!」
ピクリと、ミレイさんの体が小さく震える。
それに気付いていないのか、おじさんは更に言葉を重ねた。
「私なら、相場よりも更に高値で、数の上限もなしに取引に応じる用意があります!! どこの馬の骨とも分からぬ商人に卸すより、確実な利益が……」
「言いたいことはそれだけ?」
「ひっ」
ミレイさんが、本気で怖い表情を浮かべながらおじさんを睨み付けた。
流石にまずいかと思って手を引いて止めると、ミレイさんはハッとした様子で強ばった顔を緩める。
「悪いけど、あの家と取引するつもりはないの、帰って」
「くっ……ぜ、絶対に後悔するからな! 後から泣きついできても知らねえぞ!!」
最後は私と話していた時のような口調で負け惜しみを言って、そのまま去っていくおじさん。
けれど、ミレイさんの表情は晴れないままだった。
「……実はね、バーランダー家って私の実家なの。ロクな家じゃなかったから……マナミを近付けたくないなって、勝手に断っちゃった」
ごめんね、と呟くミレイさんに、私はブンブンと首を横に振り回す。
「私はミレイさんの判断を信じます! ただ、それより……ミレイさんが寂しそうに見えたので」
「寂しそう? 私が?」
ミレイさんにどんな事情があるかは分からないけど、家族と上手くいってないんだろうなってことは分かる。
そんなミレイさんに、私がかけてあげられる言葉は一つだけだ。
「今は私がいます、だから元気出してください」
私なんかじゃ家族の代わりにはなれないけど、寂しさを埋める手伝いくらいにはなるはずだ。
そんな私の言葉に呼応して、プルルが私の肩からミレイさんの肩に飛び移る。
「あはは、プルルが、私もいるぞーって言ってますよ」
「ふふふ。……そうね、今はマナミ達がいる」
肩に乗ったプルルの体をつつき、私の手を握り直したミレイさんは、やっといつも通りの笑顔を浮かべてくれた。
そんなミレイさんに微笑み返し、改めて明るい口調で声を上げる。
「それじゃあ、お買い物いきましょう、ミレイさん! 私、馬車が欲しいです!」
「馬車? そういえば、色んなところを旅したいって言ってたわね。何か理由があるの?」
「はい、私の従魔はララ達で全員じゃないので、探しに行きたいんです。そうやって色んな所を回りながら、ファームで作ったアイテムを売って回る行商人になれたらなって」
「……ライガルガみたいなモンスターが、他にもいるの? それは早く見付け出さないと、大変なことになりそうね……って、あっ」
「えっ、どうしました?」
「……ほら、あのライガルガ達、マナミの従魔なんでしょう? でも、町には連れて来ずに森に残して来たじゃない」
「はい、そうですね」
ファームへの道は、“門番”になるモンスターさえいれば、原則としていつでもどこからでも開くことが出来る。
テイマーのスキルには《強制召喚》っていうのがあって、大量のMP……魔力と引き換えに、ファームから一体だけモンスターを呼び出せるから、それらを組み合わせれば、いつでもファームに帰ることが出来るんだ。
難点は、実際にこの世界でララに会うまで、《強制召喚》の対象に出来なかったことくらいかな。
そういった理由から、わざわざララを町まで連れてくる必要がなかったの。体が大きすぎて不便だしね。
それがどうしたんだろう? と首を傾げる私に、ミレイさんは焦り顔のまま答える。
「いくらこれからは巣の中で大人しくしているって約束してくれたにせよ、それを冒険者ギルドに報告しておかないと……討伐隊が、一生見つからないライガルガを探し続けることになるわ」
「あ……」
そうだった、ララ達のこと、ギルドには報告してなかった!
それなら早く報告しに行かないと、ってことで、私とミレイさんは急いでギルドに向かい……。
そこで、ちゃんとライガルガがテイムされていて安全だって示すために、《強制召喚》でララを呼び出し、ちょっとした騒ぎになったりするのだった。
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