第11話 ライガルガの巣

 ミレイはマナミを疑っているわけではなかったが、全てを信じているわけでもなかった。


 マナミは見るからにまだ幼い、本人がそうだと思っていることでも、知識不足から来る誤解とてあるだろうと。


 故に、いざという時は身を呈してでも守ってみせると覚悟を決め、ここまでやって来たのだが……。


(まさかマナミのスライムがあんなに強いなんて思わなかったし……まさか、本当にライガルガに育てられた子だったなんて)


 ライガルガ──ララという名のその雷獅子の恐ろしさは、一度死にかけたのだから身に染みて理解している。

 そんな存在が今、マナミのことを慈しむように擦り寄っているのだ。

 驚くなという方が無理がある。


(しかも……こんな高ランクモンスターの巣穴に入る日が来るなんて、考えたこともなかったわ……)


 現在、ミレイの視界の先に広がっているのは、一面の草原と……その中にポツンと作られた薬草畑と、小さな小屋。そして、その場所でのんびりと暮らすモンスター達だった。


 もし何も知らずにこの場に放り出されれば、己の不運を呪うだろう、それほどのモンスターが群れを成しているのだ。


「わぁ、みんな久しぶり~! コッコ、元気だった~?」


 マナミがとてとてとモンスター達の群れに駆け寄り、その一体に抱き着いた。


 巨大な鶏にも似たそのモンスターは、コッケコーという名で呼ばれている。


 ふざけた名前と、どこか愛嬌のある見た目から舐められがちなモンスターで、事実それほど強くはない、はずなのだが……デカい。とにかくデカい。


 普通は人の腰程度のサイズしかないはずのそのモンスターが、ちょっとした小屋ほどの巨大サイズでそこにいる。しかも、複数。


 もはや、驚くより他なかった。


「パルパルもドッスンも会えて嬉しい! えへへ、みんなも会いたかった? ありがとう!」


 コッケコー以外にも、大量の毛に覆われたアルパカのようなモンスターや、背中の甲羅に果物を自生させる亀のモンスターなど、珍しくユニークなモンスターが揃っている。


 これら全てが、全くの異種族であるライガルガの巣で、守られるようにして群れを形成しているのだ。


 そんな話は、ミレイの人生で一度も聞いたことがなかった。


(知り合いにテイマーがいないから、詳しい人に聞けば違うのかもしれないけど……つくづく不思議な子ね、マナミは)


 マナミは親に捨てられ、モンスターに育てられた子供──と思っているミレイだが、それにしては言語能力が高く、言葉遣いも丁寧だ。


 ライガルガと話せるようだが、モンスターに人の社会常識が多少なりと備わっているとも思えない。

 人が暮らせる小屋があるというのも、モンスターだけではどうしようもないだろう。


(マナミをここに連れて来た誰かがいるのかもしれないわね)


 ライガルガのような強大な力を持つモンスターをテイムし、巣の中に従魔を集め、それらをマナミに継承して姿を消した何者か。


 間違いなく伝説級の力を持ったテイマーだろうと、ミレイは考えた。


(一体何を思ってそんなことをしたのか、気になるわね……私には、確かめようもないんだけど)


 目の前にいるマナミこそが、その伝説級の力を持ったテイマーだとは流石に想像出来ないまま、現状と常識に照らし合わせて自分の中で辻褄を合わせていく。


「ミレイさーん!」


「あ……マナミ、どうしたの?」


「これ、ドッスンから分けて貰ったリンゴです、美味しいですよ!」


 ミレイがそんな誤解をしているとは露ほども思わないまま、どうぞ! と笑顔でリンゴを差し出すマナミ。


 お礼と共に受け取ったミレイは、それを一口齧る。


 瑞々しい味わいに表情を緩めていると、そのまま手を引かれて薬草畑へと連れていかれた。

 遠目からだと分かりにくかったが、そこに生え揃っている薬草を見て、ミレイは目を丸くする。


「……随分と、品質が良いわね。こんなに輝いてる薬草は初めて見たわ」


「えへへ、これがあれば、私も上位ハイポーションが作れますよ」


 さらりと言っているが、ハイポーションを作れる調合師は滅多にいない。


 技術的な面もそうだが、やはり上質な薬草を入手するのが難しいというのがある。

 モンスターが出現するような高魔力地帯でしか生育しないため、人の手で育てられないのだ。


 その点、テイムされたライガルガの巣の中であれば育て放題なので、マナミが作れるというのもそれほど不思議な話ではない。


「ハイポーションなんて滅多に出回らないし、まして安定供給が出来るとなればどこだって取引したがるでしょうね。もしかしたら、私よりお金持ちになっちゃうかも」


「ええと……そのことで、一つミレイさんに相談が……」


 もじもじと、指先を弄って顔を俯かせる。


 どうしたのかと首を傾げるミレイに、マナミは意を決して口を開いた。


「私が商売をするなら、やっぱり大人の人の助けが必要だと思うんです。こんな見た目じゃ、どうしても舐められますし……」


 だから、とマナミは顔を上げて訴えかける。


「ミレイさん、私の専属護衛になって貰えませんか!?」


「私に……?」


「はい、私が信用出来る人は、ミレイさんしかいないんです! 私が自立して、お金を稼いで、色んなところを自由に旅するには、ミレイさんの力が必要です! お願いします、これからも……私の傍にいてください!」


 ぎゅっと手を握り、真っ直ぐに見つめるマナミの眼差しに、ミレイの心は貫かれ──その衝動のままに、マナミの体を抱き締めた。


「もちろんよ。むしろ、私からお願いしたいくらいだわ。マナミ……これからも、私と一緒にいてくれる?」


 笑顔で答えるミレイに、マナミも嬉しそうに笑みを溢し──


 こうして、マナミとミレイの二人は、パートナーとして正式に歩き出すのだった。

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