第5話 初めての調合

 腹ごしらえが終わったところで、私はミレイさんと今後のお話をした。


 冒険者……ギルドに集まった色んな依頼をこなしながら、日銭を稼いで暮らすっていうのも一つの手だとは思うけど、私はやっぱり、ゲームと同じように生産職になりたい。


 というわけで、私はミレイさんに連れられて、道具屋に向かう。


 狙うのは、アイテム合成を行うための調合セットだ。


 ……ただ。


「調合セット……なんて分かりやすい物はないか~」


 こういうところもゲームと違うというか、そんな名前のアイテムはなくて、すり鉢とかフラスコとか、そういうのが個別で売ってる。


 さて、ポーションを作るのに必要なのってなんだろう?


「マナミ、もしかしてこれまで調合をしたことがないの?」


「うーん……ない、かな……?」


 ゲームでは数え切れないくらいやったけど、自分の手でやったことはないからね。

 正直、どうすればいいかよく分からない。


「薬草は森で拾ったので、ポーションを作ってみたいんですけど」


「それなら、私が参考になる本を持ってるわよ。自分で作ってみたことはないんだけどね」


「ほんとですか!?」


 もしそうなら、私としても助かる。

 いくらスキルがあっても、やり方を全く知らないんじゃポーションなんて作れないし。


 というわけで、ミレイさんのアドバイスを受けながら、私は必要な道具を揃えた。

 ここの代金もミレイさんが出そうかって提案してくれたんだけど、流石にそれは申し訳なさすぎるから、意地で自分のお金を出したよ。ゴブリンの素材を売ったお金もあったしね。


 まあ、合計で1000ゴールドも必要だったから、一気に懐が寂しくなっちゃったけど。


 後は、落ち着いて調合出来る場所を……と思っていたら、ミレイさんが自分の寝泊りしている宿に案内してくれることに。


 そこまでして貰うわけには、って思ったんだけど、いいからいいから、って押し切られてしまった。


「子供は遠慮しなくていいの、お姉さんに好きなだけ甘えなさいって」


「……何から何まで、本当にありがとうございます」


 今日会ったばかりなのに、こんなに優しくして貰えるなんて……正直助かる。


 気まぐれなのか、単なるお人好しなのか、他に理由があるのかは分からないけど、落ち着くまでは甘えさせて貰おう。


 というわけで、案内された宿の一室で、私はこの世界で初めての調合に取り掛かることになった。


「ええとね、ポーションを作る手順は……確かそういう本があったはずなんだけど……」


 部屋の中は、思ったよりもこう……可愛かった。

 ベッドの上にはぬいぐるみが並んでいるし、ちらっと見えたクローゼットの中にも、ひらひらとした服が多い。


 ちょっとサイズが小さく見えるのは……ミレイさんの子供の頃の服、って感じなのかな?


「あったあった! これこれ」


 そんなことを考えていたら、ミレイさんが棚の中から本を引っ張り出して来た。


 随分と擦り切れた、古い本だ。

 たくさん読んだんだろうな、って想像出来るそれをありがたく受け取って、早速作業に入る。


「プルル、薬草ちょうだい。それじゃあ……《調合》っと」


 プルルに薬草を出して貰い、本を見ながらすり鉢を取り出す。

 ゴリゴリとすり潰し、その間に私の手から溢れるキラキラとした光が薬草に降り注いでいく。


 こうやってスキルを使いながら潰していって、最後は水に溶かして火で炙れば完成なんだって。シンプルでありがたいね。


『────』


「あはは、どうしたのプルル? 今は手が離せないから、ちょっと待ってて」


 無言で作業をしている私の傍で退屈だったのか、肩に登って体を擦りつけて来る。


 人懐っこい従魔の姿に思わず笑みを溢しながらも、お仕置きするようにその体をつついていると……そんな私達を、ミレイさんがじっと見つめていた。


「あ、ごめんなさい、ちゃんと集中します……」


「いいのよ、私のことは気にしないで、自由にやって?」


 ミレイさんの好意でやらせて貰ってることなのに、ふざけて遊んでるように見えちゃったかな、って思ったけど……軽く首を振って、そんなことないって言って貰えた。


 じっと見つめられて少し恥ずかしいけど、ミレイさんが気にしないなら私もそのまま進めよう。


 というわけで、手順通りすり潰した薬草をフラスコに入れて、アルコールランプ……によく似た魔法の火で炙り、水分が滲み出て来るまでゆっくりかき混ぜて……。


「よし、出来た!」


 完成したのは、緑色の不思議な液体。

 薬草の力をスキルの効果で限界まで引き上げることで、飲んでもぶっかけても傷を治してくれる万能薬になる……とか、そんな感じだっけ?


「一発で成功するなんて……すごいわね、マナミ。さすが、スキル持ちは違うわ」


「……? 失敗することって、あるの?」


「そりゃあそうよ。まあ、スキル持ちだとそうでもないのかもしれないけどね」


 私が参考にさせて貰ったこの本を読み進めていけば書いてあるみたいなんだけど、本来ポーションの作成成功率は三割あればいい方なんだって。


 ただ、調合スキル持ちとなると話は全然違ってきて、九割以上成功させられるようになる。だから、スキル持ちは重宝されるんだとか。


「だから、神殿で五歳の時に受ける"鑑定の儀"はすごく大切なのよ。それで将来が決まっちゃう子も多いから……」


「へー……」


 鑑定なんてあるんだ。

 五歳の時って、それ以降に習得したスキルはどうするんだろう、今度はお金を払って鑑定して貰うとか、そういう感じなのかな?


「そういうわけだから、マナミの才能はすごく大事なものなのよ。ポーションはちゃんとしたところならすごく高く売れるし、これから先ずっとマナミの力になってくれるわ」


 どこか切ない表情で言うミレイさんに、私はどう返したらいいか一瞬迷う。


 考えた末、私は手の中にあるポーションをそのままミレイさんに差し出した。


「ミレイさん、これあげます!」


「えっ……ダメよ、それはマナミの作ったものなんだから」


「私の作ったものだから、どうするかも私が決めていいはずです! ミレイさんには、今日はお世話になりっぱなしなんですから、これくらいプレゼントさせてください」


 キングゴブリンに助けて貰ったところから始まって、町への案内、冒険者登録に従魔登録、サンドイッチもごちそうになって、更にポーションの作り方までこうして本を読ませて貰って……ミレイさんがいなかったら、私は町にすら辿り着けずにどこかで野垂れ死にしてたかもしれない。


 だから、いつでも何度でも作れるポーションくらい、いくらでも提供しないと私が納得できないよ。


「……分かった、大切に使わせて貰うわね」


「またあげますから、必要な時はどんどん使ってください!」


「それは流石に悪いわよ、これ一つで300ゴールドくらいの利益が出るんだからね? 二日は寝て過ごせるわよ」


 妙に遠慮するミレイさんに、私は頬を膨らませて抗議するんだけど、逆に説教(?)されてしまう。


 ポーション、そんなに高いんだ。ゲームの買取価格は200ゴールド程度だったと思うんだけど……こっちだと価値が高いのかな?


 複雑な気分の私を、ミレイさんはいつまでも穏やかな……それでいて寂しげな表情で見つめていた。

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