第2話 スキル練習とゴブリン狩り

 プルルをテイムした私は、そのまま町へ向かって出発した。

 ゲームでは何度も通った道だし、まあ特に問題もないだろうって思ったんだけど……。


「……ぜ、全然着かないんだけど」


 ゲームでは五分の道のりだったけど、それを現実に拡張したら五分で辿り着ける距離感なわけがなかった。

 何なら、小屋から街道に出るまでにある森すら、いつまで経っても抜けられない。


 この分だと、いつになったら町に辿り着けるのか……ちょっと不安になって来た。


 しかも……。


『グギャアア!!』


「ゴブリン、多いなー」


 距離は伸びているのに、敵性モンスターはしっかりたくさん出て来るんだから、ちょっと嫌になって来た。

 現れたのは、ミニスライムに次いで弱い最序盤のモンスター。小さな緑色の鬼、ゴブリンだ。


 倒してもあまり旨味はないのに、数だけはやたらと出現する鬱陶しい敵なんだけど……今はスキルを試すちょうどいい相手になってくれるし、これはこれでありがたいかな?


「プルル、やっちゃって。《エール》!」


『────』


 従魔のステータスを一時的に強化する、応援系スキル。

 最大レベルまで上がった私のスキルがあれば、最弱モンスターのプルルだろうと二十レベルくらいまでのモンスターなら敵じゃなくなる。


 スタート地点の森なら、レベルは三くらいが最大だったはずだし……テイマーには、自分よりレベルが低い従魔への経験値ブースト効果も備わってるから、プルルもすぐにこの森では敵なしになるはずだ。


 まあ、ステータス画面とか開けないから、本当に強くなってるのかどうか分からないんだけど。


『グギャアア!?』


 それでも、プルルがゴブリンをパクっと丸呑みにして倒せてるから、効果は十分にあるんだろうね。


 特に問題もなく倒せたのを確認した私は、念のためプルルに一つ確認をする。


「プルル、ちゃんと角は残してくれた?」


『────』


 ぷっ、とプルルの体から吐き出されたのは、緑色の小さな角だ。

 これが、ゴブリンから手に入るいわゆるドロップアイテムで、初心者装備を作る素材になったりする。


 プルルの倒し方が丸呑みだから、アイテムが入手出来ないじゃんって困ってたら、プルルが器用に角だけ残して吐き出してくれたし、《収納》スキルにそのまま仕舞っておくことも出来るみたいで、本当に便利な子だよね。


「ありがとう、プルル。それじゃあ行こうか」


 町へと向かう歩みを再開させながら、私はもう一つのスキルも試してみた。

 採集可能なアイテムを視界内から見つけ出す、《採取》スキルだ。


 ただ……。


「手に入るの、薬草ばっかりなんだけど」


 薬草は、その名の通りちょっとした傷を治すための消耗品アイテム……ついでに、少し上等な回復ポーションを作るための素材でもある。


 だから集めて無意味ってことはないんだけど……保存食が心もとないっていう事情を込みで考えると、食材系アイテムが少しくらい欲しかったよ。


「ワールドマップがあるから迷子にはならないだろうけど……最悪、町に着くまでは薬草を齧って耐え凌ぐしかないかなぁ」


『────』


「ごめんねープルル、何か良い仕事が出来たら、たくさん食べさせてあげるから」


 生産職は、基本的にアイテムを使って新しいアイテムを作り、それを売って利益を得る……まあ、簡単に言えば商売人のこと。

 とはいえ、生産職って基本的に何を作るにもそれ専用のアイテムがいるから、現時点じゃ何も出来ないんだよね。


 仕方ないので、拾い集めた薬草をプルルに食べて貰い、私自身も薬草を齧って飢えを凌ぐ。


 この調子だと、いつになったらまともに稼げるようになるか分からないなぁ、なんて考えながら森を歩いていると……。


『グルルル……』


 森の木々を押しのけて、見上げるほどの巨大なゴブリンが現れた。


 こいつは、ゲーム序盤に出て来るボスモンスター、キングゴブリンだ。


「こんなところに出て来るなんて、そんなイベントあったっけ……?」


 今私がいるのは、ゲームであってゲームじゃない。そう忠告するかのような予想外の展開に、流石にちょっと緊張が走る。


 とはいえ、キングゴブリンのレベルは十五……私が全力で支援スキルを使えば、プルルだって勝てるはずだ。多分。


「よし、やるよ! プルル!」


『グオォォォ!!』


 キングゴブリンが咆哮を上げ、手にした棍棒を振り上げる。

 まずはこれを回避して、プルルにスキルを使って……と戦闘プランを組み立てていると。


「危ない!!」


「へっ?」


 突然声が聞こえたかと思えば、私の体が横からかっさらわれるように持ち上げられた。

 びっくりしながら顔を上げると、大きなローブに身を包んだお姉さんが、私を庇うように抱き上げ、大きな杖をキングゴブリンに向けている。


 ぶっちゃけ、何が起きているかよく分からなかった。


「《ダストスモッグ》!!」


 おお、魔導士職の煙幕系魔法スキルだ。

 ダメージはないんだけど、広範囲に撒き散らされた砂埃によって敵対モンスターからの注意ヘイトをリセットさせる効果がある。


 そんなことを呑気に考えていると、魔導士のお姉さんはそのまま脱兎のごとく駆け出した。


「逃げるわよ!!」


「え? は、はい」


 とりあえず、プルルが振り落とされないように胸に抱きながら、大人しくお姉さんに連れ去られていく。


 そうしてしばらくお姉さんが走り続けていたら、私があんなに歩き続けても出られなかった森から出て、街道に辿り着いていた。


「はあ、はあ……ここまで来れば安心ね。怪我はない?」


「ええと、大丈夫です」


 お姉さんの腕から降ろされ、地に足を着けると……お姉さんは、鬼のような形相で私を睨み付けた。


「あなたね、冒険者ギルドの通知見てないの!? キングゴブリンが出現して、この辺りの街道は封鎖されてるの!! 何の目的でこの森に入ったかは知らないけど、あなたみたいな子供が一人で入っていい状態じゃないの!! もう二度とこんな真似はしないで、分かった!?」


「は、はい……」


 そのあまりの剣幕に、私はただ頷くことしか出来ない。


 そんな私の殊勝な態度に満足したのか、お姉さんは「分かればよし」と胸を張った。


「っと、まだ自己紹介もしてなかったわね。私は魔導士のミレイよ、あなたは?」


「あ、私はテイマーのマナミです。こっちはミニスライムのプルル、初めまして」


 ぺこりと頭を下げると、そんな私をお姉さん……ミレイさんが撫で始めた。

 歳は……十八歳くらいかな? 顔付きからして成人しているかどうか微妙なラインなんだけど、まだ十二歳の私からすると十分大人のお姉さんって感じがする。


 ……入院している間、ひとりぼっちだった私をよく気にかけてくれていた看護師のお姉さんを思い出しちゃった。

 あのお姉さんも、元気にしてるといいんだけど。


「それで、あなたどこから来たの? 両親は?」


「あー、えーと……私、気付いたらこの森の中にいて、両親とかもいなくて……自分でも、何がなんだか……」


 ちょっと前世……でいいのかな? 元の世界のことを思い出してセンチメンタルな気分になっちゃってたけど、気を取り直して自分の状況を説明する。


 説明というにはあまりにも曖昧なんだけど、プレイヤーが現地人のNPCによくしていたのと同じ説明内容だし、これで大丈夫……だといいな?


「そう、なんだ……う、うぅ……! あなた、たくさん苦労してきたのね……!」


 私の話を聞いて一体どんな想像をしたのか、ミレイさんは私を抱き締めて泣き始めた。

 そして、何かを決意したかのように拳をぎゅっと握り締める。


「マナミちゃん、行く当てはあるの?」


「いえ、ひとまず近くの町で、何か仕事を見付けようかなって思ってます」


「分かった、それなら私が案内してあげる」


「いいんですか?」


「もちろん、お姉さんに任せなさい!」


 ちょっと予想外の流れだったけど、無事に町に行けそうだ。

 そう思いながら、私はミレイさんについて行くのだった。

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