ちびっこテイマー、異世界で行商人を始めました

ジャジャ丸

第1話 ゲームの世界に転生したみたい

『マナミ、元気でな』

『病気なんかに負けんなよ』


「うん、みんなありがとう。じゃあね」


 大人気MMORPG、ファンタジーコネクトオンラインの古参プレイヤーとして、多くの人と関わりを持っていた私……花咲愛美は今日、それを引退することにした。


 理由は、生まれつき持っていた病気が悪化して、もう長くないってお医者さんに言われたからだ。


 ずっと病院暮らしで、こうしてゲームしていたのも終末期医療? ってやつの一環だったし、いよいよとなったら引退するって最初から決めていたんだ。


 急にいなくなるなんて悲しいからね。せめて挨拶だけはしっかりして終わりにしたい。


「これで、もう思い残すことはないか……」


 両親は海外転勤が多くて、病気のせいで病院から動けない私はずっと一人ぼっちだった。まだ十二歳だけど、顔もあんまり覚えてない。


 私にとっては、ゲームの中で育て上げて来たモンスター達や仲の良かったプレイヤーの方が、家族って感じがする。


 その意味だと……このゲームを引退しなきゃいけないことが、一番の心残りかもしれない。


「ずっと、ゲームの世界で生きられたらいいのにな……」


 そんなことを呟きながら、私はノートPCの電源を落とし、ベッドに潜る。


 この半年後、私は眠るように息を引き取るのだった。







「……あれ?」


 気付いたら、私は見知らぬ小屋の中で目を覚ました。

 病室じゃない場所なんて初めてかも。それに……息を吸っても、苦しくない。肺いっぱいに空気を吸えるなんて、何年振りだろう。


 空気って、こんなに美味しかったんだ──


「って、感動してる場合じゃないよね。どうなってるんだろう?」


 体を起こしたら、すんなりと立ち上がれた。

 そんな些細なことにも感動しながら周囲を見渡すと……ふと、違和感に気付く。


 ……あれ、私……髪が、白い!?


「ええと、どういうこと?」


 私はちゃんと、日本人らしい黒髪黒目だったはず。

 小屋の中に鏡があったので、急いでその前に立って覗き込むと……そこには、すごく見覚えのある、私じゃない女の子が立っていた。


「これって……マナミ!?」


 私が長年ゲームで愛用し続けていた、私の分身。

 銀髪碧眼の小さな女の子の姿が目の前にあるという事実に、目を見開いた。


「ええと、これってどういうことだろう? 夢? ……いたたっ、夢じゃない……?」


 ほっぺを抓って痛みがあることを確認した私は、戸惑いながら自分の状態を確認していく。


 服装は、私がゲーム内で愛用していたものと違う。始めたばかりの初心者が着る、安っぽい革鎧とミニスカート。


 腰には短剣が装備されていて……本当に、懐かしい装いだ。


「でも、アイテムポーチはないんだね。インベントリとかメニューが開けるって感じでもないし」


 ゲームっぽい感じだけど、ゲームそのものでもない。

 一応、私がプレイしていたファンタジーコネクトオンライン……FCOでは、確かにこういう謎の小屋でいきなり目を覚ますところから始まるんだけど……うーん。


「もうちょっと探索してみよっと」


 小屋の中に、何か現状を理解するためのアイテムか何かがないかなって、あっちこっち探してみる。

 その結果見付かったのは、ちょっとした保存食と、この世界……大陸? の地図だった。


「うーん……やっぱりFCOと同じ世界に見えるなぁ。今いる場所も開始地点と同じだし」


 私が見つけた地図は、単に町や国の名前が書いてあるだけじゃなく、現在地が光の点になって表示されている優れものだった。


 FCOのワールドマップもこんな感じだったんだよね。

 でも地図があるならアイテムポーチも欲しかったなぁ。


 私は生産職のテイマーだったから、アイテムがどれくらい持てるかは死活問題だった。

 まだゲーム通りのスキルが使えるかは試せてないけど、もしそうならポーチがないのはすごく辛い。


「こんなところであれこれ考えてても仕方ないし、町を目指して出発しよう」


 悩んだ末、私はそう結論付けて準備を整えた。


 保存食が少ないから、ここで何日も色々と検証してられないっていうのもあるけど……もう一つ、私にとって大事な理由がある。


 もしかしたら、私と同じように……FCOで育てた私のモンスター達も、この世界に来ているのかもしれないから。

 もしそうなら、早く迎えに行ってあげたい。


 私の、家族だから。


「わあ……」


 気合いを入れて小屋の外に出ると、視界いっぱいの森と、その先に広がる青空が目に入った。

 大きく息を吸い込めば、新鮮な空気が体をいっぱいに満たしていき、すごく心地いい。


 ……こんな風に、自分の足で外に出られる日が来るなんて……もう、これが死ぬ直前に見る夢だったとしても満足だ。


「……うん?」


 人生初の経験に耽っていると、ふと足下に一体のモンスターが転がっているのに気が付いた。


 青い半透明の、ぷるぷるゼリーボディ。FCO最弱のモンスター、ミニスライムだ。


「うーん、お腹空いてるの?」


『────』


 ぷるぷる、と体を震わせながら、ミニスライムがぐったりと体を蕩けさせている。

 保存食はあまりないけど、町に着くまでは十分持つし……一つくらいいいかな。


 というわけで、荷袋に入った干し肉をミニスライムに差し出すと、すごい勢いでパクっと取り込んでいった。


 うん、早い。


「美味しい?」


『────』


 嬉しそうにぷるぷると震えるミニスライムを見て、そっと撫でる。

 ひんやりとした感触が気持ちいいな。


 ……そうだ。


「ミニスライムって、確か《収納》スキルがあるんだよね」


 戦闘力としてはFCO最弱だったけど、アイテムインベントリの所持上限を引き上げるスキルを持っていたから、テイマー職の初心者にはそれなりに愛用されるモンスターだった。


「私のステータスがゲーム通りなら、従魔さえいれば始まりの町周辺のモンスターには負けないし……スキルを試す意味でも、ちょうどいいかも」


 普通なら、ある程度弱らせないとモンスターをテイムなんて出来ない。

 でも、レベルもスキル熟練度も上限まで上がっている私なら、FCO最弱のミニスライムくらい、確定で成功させられる。


 インベントリが使えない今、ミニスライムのスキルはすごく貴重なものになるだろうし……この子を連れて行くのはアリだよね。


「《テイム》」


 そうやって自分の中で理由を付けながら、私はミニスライムに手を添える。


 手のひらから仄かな光が放たれ、ミニスライムに吸い込まれて……私に体を擦り付けるように、足元へ這い寄って来た。


「これからよろしくね、"プルル"」


『────』


 名前を付け、肩に乗せる。

 こうして、私はこの異世界での最初の一歩を踏み出すのだった。

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