第8話 よく見る展開

「ボルト」

サンダーがそう唱えると、何か黒い物体が生み出され、私の近くに飛ばされる。

分からないけど、嫌な予感がして魔法をかけようとした瞬間。

ドカーン!

「うああっ!?」

ソレ――爆弾が爆発する。

爆発といっても弱いもので、そこまで怪我は無い。

ただ、避けようとした時に体の中心がズレて床に倒れてしまった。

「っ晴、大丈夫!?」

クラウドが顔を真っ青にしながら今にも駆け寄ってきそうに叫ぶ。

「っ、大丈夫!!これで立ち止まってなんかいられないから……!!」

そうやって立ち上がりながら返すと、クラウドはほっと息をついたあと、

「そうだったね、晴。僕、自分が恥ずかしいや」

と、視線を落として言った。

「それなら――これから汚名返上といこうかなっ!!」

クラウドは両手を前に突き出すと、光の玉のようなものを出現させる。

「グレーナージャ!」

『目を瞑って!!』

突然頭の中に響いた声に咄嗟に従って目を瞑る。

ボフンッ、と何か破裂したような音と共に、鼓膜の外側が少しピカッとした。

少し経って恐る恐る目を開くと、あたりにはまだ土埃が舞っていてクラウドは宙に浮いている。

「クラウド、魔法を使いすぎたら――」

「別に大丈夫。晴がすぐに指示に従ってくれたおかげでそこまで使ってねーし」

レインが少し焦ったような顔をして何かを言いかけたが、それはすぐにクラウドに遮られる。

乱暴な口調でそう返したクラウドは、私への態度だけが窮屈になりそうな堅苦しい態度で、

「晴、ありがとね。晴のおかげだよ」

と、爽やか〜に笑われる。

――……今の攻撃で私役に立ってることあったのか?

そんな疑問は置いておいて、レインとクラウドは目を合わし情報交換をする。

「それで、サンダーは」

「せっかく大技使ったってのに、避けられて無傷だよ」

そんなっ、今の攻撃で無傷……!?

あの時の光の玉に込められた魔力はすごかった。

それって、その分イメージが出来てるって事だ。

普通はそんなすごいもの見たら勝つイメージなんて出来ないけど……。

恐らくとても素早い光の玉を避けるなんてのも、私ならもちろん無理。

人間の性か、はたまた私の元々の性質か、元来有り得ないものをイメージするのが苦手な私に対して、

「アイツ……自信家だもんな」

「まぁな……しかもその実力もあるから尚更やっかいなんだが」

かなり分かっていた通りではあるけど、サンダーは自分が強いって認識してるし何でもイメージ出来るよう。

だからどれだけ強い魔法をかけられたとしても、それに勝てる自分がイメージ出来ちゃうわけ。

そうなると、倒し方がすごく難しい。

こう、自信をへし折って魔法をかけるとか?

それとも、イメージ出来ないような状況にするとか?

うーん、どうすればいいんだろう……。

散々頭を悩ませる私を横目に、サンダーが動いた。

サンダーが、

「ボルト」

と呟くと、ゴゴゴゴと地響きが鳴り始める。

咄嗟に私は慌てて魔法を自分にかけて浮かせた。

周りを見るとレインとクラウドも浮遊している。

天から地面を見下ろしていると、地面は揺れながら音を立てて崩れていく。

――なに、コレ……。

揺れが止まった頃には学校も更に壊れていて、視力を上げてみると、新校舎の窓からどうやら取り残されている人達が避難しているのが見えた。

幾人かは先程の魔法で怪我をしているようで、誰かの方をかりていたり、痛そうにそこを抑えている。

ここからじゃ上手くイメージ出来なくて、考え無しに助けようと急いで向かおうとしたところで、

「「晴!」」

と、レインとクラウドの声が重なって聞こえ足を止めた。

2人のを見ると覚悟を決めた目をしていて、私もハッと思い直す。

そうだ、私はあの子達皆を助けなきゃいけない。

でももし、このまま私が怪我を治しに行ってたら……?

3人がかりで、しかもサンダーが手を抜いていてこの戦況。

人間界での戦いで、魔人に比べて不利な状況の魔法使い。

2人だけでサンダーと戦ったらきっと負けて、サンダーは他の子達に危害を加えに行くだろう。

そんな今、軽々しく戦線から退けない。

――1つの行動で、皆の生死が決まる。

「――あれ……?」

下を見ると、足がみっともなく震えている。

宙で不安定になって、慌てて地面に降り立った。

地面には大きな割れ目がいくつも出来ている。

空から落ちてくる雫が、その隙間に少し零れていく。

足をつけてもまだ震えは止まっていなくて、レインとクラウドが心配げにこちらを見ているのを気配で感じた。

「皆様、どこからでもどうぞ」

ただの気まぐれか、今は攻撃を仕掛けてこないサンダーだけど、いつ不意をついて魔法を使ってくるか分からない。

だから、震えを抑えて早く動かないといけないのに。

なのに……なのにっ!

――動かない。

奥底で育っていた恐怖心。

閉じ込めていたのに、さっきの魔法で破裂したみたいに溢れてきた。

怖い、逃げ出しちゃいたい……って、心の中でぐるぐると渦巻く。

皆を守りたいのに、守るって決めたのに。

「そちらの方、体調が優れないみたいですし、観戦にされた方がよろしいのでは?どうせこの状態では使い物になりそうにもありませんし」

サンダーが煽るように言った。

それにレインとクラウドが反応して何かを捲し立て言っているのが分かる。

けれど、その文字の羅列は私の耳を通り抜けていった。

なんでだろうなぁ、仲間の言葉より敵の言葉の方が心に刺さってしまうなんて。

きっとそれは、私が弱いから。

怖さに押し潰される私なんかじゃ、やっぱり無理だったんだ。

「――がんばれっ、晴!!」

闇のどん底にいる私に、一筋の光のように聞こえた霧夜の声。

避難しているはずなのに聞こえたその声に、バッと振り返る。

そこには霧夜以外にも、雪ちゃん、霜葉ちゃん、風斗君が並んで立っていた。

「がんばってぇっ、晴ちゃん!!」

「がんばってくださいっ、晴ちゃんっ!!」

「がんばって、はるるんっ!」

雪ちゃん、霜葉ちゃん、風斗君もそれぞれ私を応援する言葉を叫んでくれる。

サンダーは面白そうに、レインとクラウドは目を丸くしながらそちらを見ていた。

私はただ呆然と突っ立つ事しか出来ない。

「晴ならできる!!俺の幼馴染でっ、す……っ、と、とにかくおめーなら!!」

霧夜は、そう私の目を貫いて言ったあと、

「俺には力が無いからっ、気に食わないけどレインとそこのおめーに頼むっ!!」

と、2人に睨みをきかせながら歯軋りをした。

「晴ちゃんっ、晴ちゃんの戦ってる姿すっごくかっこよかったよ!!晴ちゃんは私達の立派な……魔法少女だよっ!!」

雪ちゃんは、そう真剣な瞳をして言った後、

「そこのイケメン2人っ、晴ちゃんの事お願いしますっ!!」

と、2人に懇願するように深く頭を下げた。

「晴ちゃんっ、私晴ちゃんの素敵で強いところ、沢山知ってます!!そんな晴ちゃんなら、絶対勝てますっ!!」

霜葉ちゃんは、そう強い光を宿して言ったあと、

「でもっ、晴ちゃんを失うことは怖いからっ!それはお2人も同じですっ、絶対生きてください!!」

と、目をぎゅっと瞑りながら祈るように手を合わせた。

「はるるんっ、はるるんはもう俺の憧れの魔法使いくらいすごいよ、かっこいいよ!はるるんなら大丈夫、アイツなんか怖くない!!」

風斗君は、そう優しく目を細めて言ったあと、

「っ、レインもっ、えと君も!絶対大丈夫だから、ごめん、俺達の分まで……!!」

と、悔しそうに真剣に願った。

――皆、私を応援してくれてる……。

恐怖が薄れていくのが分かった。

得体の知れない魔人が襲ってきて、皆も怖いはずなのに、逃げたいはずなのに。

それなのに、逃げずに私を応援してくれてる。

恐怖に負ける弱い私に、優しい言葉をかけてくれてる。

そんなの、もうさ……。

「――頑張るしかっ、ないじゃん!!」

パァン、と音を立てて両頬を叩く。

レインとクラウドの驚いている顔が見えた。

遠くで皆も目を見張っている。

「ごめんねっ、皆!私が馬鹿だった!!絶対っ、サンダーに勝つから!!!」

皆に聞こえるくらい大きな声で宣言する。

弱いから何、怖いから何?

皆を守るって決めたのは私だ!!

「何やらよく見る感動的な展開のようですね、面白い」

サンダーがふむ、と頷く。

ええ、ええ、感動的な展開ですとも!!

怖がって戦えない弱い主人公が、大切な友達の声援で恐怖を乗り越える。

私は主人公って柄じゃないけど。

よく見る展開だけど、それ以上に皆の気持ちが、優しさが私に伝わってくるから。

それに、もしもこれがそうだったら。

「――そのまま敵を倒すとこまでがよく見る展開だよねっ!ウェザーズ!!!」

呪文を唱えると雨が一層強くなる。

サンダーは一体何だ、と言わんばかりに眉をひそめた。

そうだね、雨を強くしたところでサンダーは倒せないから、これはただのブラフ。

「ウェザーズ!!!」

ぽん、と出てきたのは。

――さっきサンダーがバコバコ撃ってたアレ。

しゅんっ、と雨に撃たれながら風をきりサンダーにいくつも飛んでいく。

つまらなさそうにそれを返そうと、

「ボルト」

とサンダーが魔法をかけた瞬間。

ピシャッ!

そこに、雷が落ちた。

はぁ?と皆が放心しているのが分かる。

なんで雷が落ちたんだ、って。

確かにこれがさっきのサンダーが撃ったものと同じなら、恐らく何かに当たらないとならない。

だから正確には、さっきのアレと違うんだ。

あれはね……。

「――魔力感知ですか」

「まあ、だいたいはあってるかな」

無傷では無いものの軽い怪我しかおっていないらしいサンダーが、そう私に呟いた。

本当はあんまり怪我させたくないんだけど。

サンダーは私達にそんな情けをかけずに楽しんでるから、今手を抜かれてる状態でそんな事言ってられない。

――コレは、『魔法をかけた時』に、さっきみたいに雷を落ちるようにしたもの。

サンダーが私達が放った魔法に対して、いつも魔法をかけて返してきてるって気付いたから、発動条件をそうした電気玉、みたいな?

正直イメージが余り出来なかったのもあるんだけど、私の力が弱くて上手く作り出す事が出来なかった。

だから、遅くなっちゃったんだけど。

今油断してるであろうサンダーに攻撃を当てるのはこれが1番だと思った。

思った通り、防御も何もせず魔法をソレに使ってくれたし!!

「ではなぜ雨を強く振らせて?」

「それはただのブラフ。何も打つ手ありません、って方がサンダー油断するでしょ?」

「ええ、まあ……。どうやら策略にハマってしまったみたいですね」

悲しそうに肩を竦めたサンダーだけど、その口角が上がっていたのは見逃さないよ?

思ったよりダメージ与えられなかったけど、初めて魔法が当たったんだ。

これなら少しは優勢に……!!

「ウェザー――」

「ストップ」

呪文を唱えようとした私の声を、そう遮ったサンダー。

止めなくても良いはずなのに、先程よりもだらけた警戒心の無さそうなサンダーを見て止めた。

なっ、なに、何か罠仕掛けてる!?

と、考える私にサンダーは、

「私は今日はもう帰りたいのです。乱暴な魔法のせいで傷もつきましたし」

と、何ともなさげに帰宅報告をする。

ちょおっ、かっ、帰るの!?

こんなに学校壊しておいて!?

皆も、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。

「っ、あなたなら結局魔法で治せるんでしょ!?」

というか私達もサンダーの魔法でボロボロだし!!

いや別に戦いたい訳じゃないけど、こんな風に迷惑かけておいて帰るなんて……。

それにレイン達はサンダーを倒すために来てるんだから、倒さなきゃなんだけど。

多分、いや絶対、このままじゃ負けてた。

だから一旦引いてくれるのはこっちとしてもありがたい。

「それはそちらも同じですが……いえ、私は自然回復を待ちますよ、わざわざ魔法を使うまでも無い。願われた事も、もう叶えましたし」

サンダーは、そう面倒くさそうに言う。

「面白そうな願いだったし、こうして面白い方々と戦えたので良かったのですが、何だか面倒くさくなってきました」

あー、分かる、楽しいはずなのに急になぜか面倒くさくなって帰りたくなるあれね……。

――じゃなくて!!

「えっ……!?なっ、なに願われたの!?」

突然学校を襲ったのは、あのウワサに関係しているだろう、とは分かっていたけど、本人(本魔人?)に言われて身を乗り出して聞く。

でもまさかそれが願いだとは……。

代償の方が可能性が高いのかな、って思ってたんだけど。

「ふっ、なに予想されていたではありませんか。『学校を破壊して欲しい』、と」

「そ、んな……。一体誰がそんな願いを!!」

何で魔人にそんな願いを?

学校に何か恨みがあった?

分からないけど、きっと願っちゃいけない事だと思う。

願った人は、皆がこうやって被害にあうのを望んでたのだろうか。

それとも、学校という建物自体を破壊して欲しかっただけで、皆を危険な目に合わすつもりはなかった?

「さあ。私は興味ありませんので。クラウドなら知ってるのではないですか、彼が代償でしたから」

「っはあ!?」

バッとクラウドを振り返る。

うそっ、その願いの代償がクラウド!?

「そろそろ私はお暇させていただきます、大変面白い戦だったのですがね……。今度また楽しく遊びましょう」

「えっ、ちょっまっ――」

「それでは」

私達の制止の声も聞かずそう言って一瞬で姿を消したサンダー。

その場に沈黙が流れた。

「……行っちゃった」

「……行ってしまったな」

「……行ったんだけど」

ぽつり、と私達の空虚な言葉だけがこの場に響いた。

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