第7話 負けられない戦い

「っ、クラウド!頑張って、帰ってきて!!」

虚ろな目をしているクラウドに必死に呼び掛ける。

クラウドはまた魔法を使おうと口を開いた。

「サンダーなんかに操られちゃだめ、自分を取り戻すために抗うんだっ!!」

それを掻き消すように大きな声で応援をする。

1度開いた口が閉じた。

まだ感情の宿っていないようなそんな瞳をするクラウド。

けれどその瞳が、少し揺れたように見えた。

「レインだって貴方を心配してる、自分を思い出して!!」

瞳に一瞬光が輝く。

「あ、お、れは、……俺は」

苦しむように、何かに抗うようにクラウドが呻いた。

少し意識を取り戻してきてる!?

これならもうすぐ精神魔法を敗れるかも……!!

「私も……私もクラウドを心配してるっ、絶対助けてみせるから!!クラウドもがんばってっ!!!」

クラウドの動きが止まった。

閉じた瞼が、またスーッと開く。

そこには確かに、先程までの薄暗い虚ろな目とは違う、輝かしい光が宿された瞳があった。

「――っ?は……ああ、俺、助かったのか」

「!!良かったっ、クラウド!!」

意識を取り戻したクラウドに、歓喜の声をあげる。

クラウドは訝しげに私をジロジロと見たあと、ハッと気付いたかのような顔をする。

「もしかして、晴……!?」

「へっ?そうだけど……はじめまして、だよね?あれ、レインのパートナーって事で知ってた!?まっ、まさか会った事ある!?」

教えていないはずの名前を呼ばれ、もしかして初対面じゃなかった、なんて可能性が頭を駆け巡る。

クラウドは頭を軽くかくと、

「あー、もう忘れちゃったかな……ほら7歳の頃、僕と晴、仲良かったでしょ。結局僕が転校しちゃってそれから会ってないけど」

と、気まずそうに笑う。

7歳の頃……転校……?

って、あっ、もしかして!!

「――くーくん!?」

くーくん。

柔らかい髪質のさらさらな薄灰色の髪に、雲のようなふわふわな白色の瞳。

皆に魔法使いだって疑われて、いじめられてた私の友達。

魔法なんてなければいい、と思った幼き頃の残酷な思い出。

私は今もずっと後悔して申し訳ない気持ちでいっぱいなのに、クラウドはそれを微塵も感じさせないで、あ、思い出した?って笑っている。

本当に、魔法使いだったんだ……。

「っっっ、ごめん!!私、昔守れなくって……」

でもそんなことは関係無い。

私は、くーくんを守れなかったんだから。

「別に大丈夫だよ、気にしてない。子供の頃の事だし、これを経て皆も成長していくだろうから」

クラウドは穏やかな眼差しで真っ直ぐに私を見る。

「本当に……?」

「本当本当。それよりも、あの頃の校長先生がすごく面白くなかった?」

「あっ、あの校長先生!?」

「そう。僕今でも懐かしいなって思い出し笑いしちゃうんだ」

「分かるー!結構前のことなのに、覚えてるんだね!!」

「今まで忘れたことなんて1度も無いよ――晴のことも、ね」

クラウドがそう言って、綺麗な微笑みを浮かべる。

優しく心臓がハネた。

……って、はっ、違う!!

今はこう思い出話に花を咲かせるんじゃくて、サンダーを倒さなきゃいけないんだった!!

すっごく気が抜けてたよぉ。

サンダーもレインも攻撃せずにこちらを眺めているだけだから、忘れてた……とは言えないけど。

「えと、くーく――クラウドは何でサンダーに操られて……?」

「ん、僕の事、前と同じようにくーくんって呼んでも良いんだよ?……ま、呼び捨ても良いか……」

間違えて小さい頃と同じように、くーくんって言いそうになって慌てて変えた。

それにクラウドはそう言うとふわり、と笑った顔を魅せる。

うぐっ、だって6年ぐらい会ってなかったんだもん、直ぐに距離感を前と同じにするとか難しいんだよねぇ……。

なんてちょっと気まずい雰囲気の中に居たのも束の間。

クラウドが戻ったのに気付いたレインも、

「クラウド…!戻ったのか、良かった」

と、歓喜の声をあげる。

仲良かったのかな、なんて微笑ましく見てたらクラウドは完全知らんぷり。

ありゃ、そんな事無かった……!?

なんでだろ?

「ボルト」

「っ!?」

シュンッと飛んできた小さな火の玉。

その場を離れ、反撃をしようとした、けど。

分からない呪文、上手くできないイメージ。

だって、火なんてその場で何も無しに生まれる事は無いもん!

何か原因があって火がつく、これが科学。

だから、科学と切り離して、魔法として信じられるような呪文が良いのに。

ダメだ、思い付かない。

記憶の扉を叩き、引き出しを開け、頭のページをパラパラとめくる。

――『天気の神様からの御加護を、ウェザーズ』

すると突然、お母さんの言葉を思い出した。

それを聞くと何だか心があたたかくなって、小さい頃は本当に魔法の言葉だと思っていたんだっけ。

だからそれは、その頃の私の大切な呪文。

「ッ、ウェザーズ!!」

呪文を唱えると、火の玉が生み出されサンダーに向かって飛んでいく。

っやった、魔法使えた……!!!

「おや……魔法が使えるようになったのですね。ですが、呪文を唱えないと使えないみたいで……。残念ですが、呪文を唱えていれば魔法のタイミングが分かってしまいますよ」

サンダーはそうくいっと左眉を上げてシュンッと姿を移動させた後に言う。

途端、火の玉がこちらに向かって飛んできた。

「っあ!」

避けることが叶わずぶつかりそうになり、咄嗟に目を瞑る。

やばい、当たっちゃう――

だけど少し経っても熱を感じない、どころか、何か浮遊感が……。

恐る恐る目を開くと、やっぱり私は空を飛んでいた。

「晴、大丈夫?」

耳元にクラウドの声が近距離で聞こえる。

どうやらクラウドが私を抱いて助けてくれたみたい……?

「えと、ありがとう!!でもなんでわざわざ抱いて飛んで……?」

魔法はイメージだから、わざわざそうしなくても魔法から守る事は出来るはずなんだけど。

というか実際レインはそうしてたんだけど。

浮かんだ疑問を特に考えずに口にすると、ちらっと見えたクラウドは面食らったような顔をしたあと、ニコッと笑って、

「うーん、好きな人はかっこよく助けたいじゃん?」

と、サラッと言う。

カチン、と思考が停止する。

えっ、今好きな人って言った……!?

いやいや、あれだよね、友情みたいな、ね??

初対面じゃなかったわけだし、昔は友達だったし今もそうって事だよね!!

縋るような目で見るとクラウドは、

「あれ、こうした方が分かりやすいかな?」

と、優しく手の甲を取り、ちゅっと唇を落として余裕をもって笑った。

「――晴、好きです。付き合ってください」

その言葉に私の頭の中はもちろんパニック状態。

えっ、告白された!?

キスされた!?

「いやっ、え?……はえ……」

ぽかーん、としているとクラウドはおかしそうに笑う。

あっ、やっぱ冗談だよね!?

うん、戦ってる最中に冗談言うとかはありえないけど。

「冗談じゃないのになぁ。本気だよ?」

クラウドがこてん、と首を傾げて言う。

くっ、あざとい……!!!

幼い顔立ちというか、可愛いというか……。

「何をしているのでしょう、あのお2人は」

サンダーが呆れたように呟く。

ハッ、と弾かれて見ると、レインも下でぽかーんとしている。

あわわ、やばい、こんな事してる場合じゃないよー!!

「ええとっ、ウェザーズッ!」

ポフン、と背中から羽が生える。

ギョッという驚愕の視線を受け取りながら、クラウドの手から逃れパタパタと羽を動かして下に降りていく。

地に足をつけると、慣れた感覚に少しほっとした。

上を見上げると、クラウドはカチンと固まっている。

ふんっ、戦ってる時に冗談を言った罰だ!!

そんなふざけてたら、気が抜けちゃうじゃん!

「クッ……少々彼が可哀想ですね……」

サンダーが肩を震わせながら言った。

クラウドはむっとした顔をすると、

「るせ、おめーは一旦ボコす」

と、大変お口の悪い言葉を吐く。

あれぇ、私に対してはすっごい物分りの良い柔らかい態度だったんだけどなぁ……?

敵にはそういう態度なのかな?

「レイン、そいつ早くボコせ!!さっさとしろ!」

そんなことは無かった!!

レインにもこの態度かぁ……。

レインも少し呆れたように肩を竦める。

そういえば、生意気って言われてたよなぁ。

「……俺はあまり力が使えないが」

「って、あ、そうじゃん?じゃあ私がやるっ!!」

そうだ、私が力を授けられた理由それだった!!

なんかサンダーはまだ笑いを堪えてるし、すごい緩い雰囲気になってるけど。

「おや、戦うのですか……それでは、私も呪文を唱えて魔法を使ってさしあげましょう」

サンダーは一転してキリッとそう言う。

なんかもうイメージ崩れたし、すっごく舐められてるよね、これ……。

もういいよっ、皆に危害を加えた事、後悔してもらうから!!!

「ウェザーズ!」

ボワッ、と火があがりサンダーに向かって飛んでいく。

サンダーはそれを難なく避けると、それだけでなく、火の玉の向きを変えこちらに飛ばしてくる。

「っ!ウェザーズ!」

避けるだけの身体能力が無い私は、呪文を唱え雨を強くする。

シューッ、と音と共に火が消えた。

雨が私を強く突いてきて、直ぐに雨を弱くする。

ぽとぽと、と降るくらいの雨で、あまり気にならないくらいに。

というか、自分が使った魔法が返ってきてるの、すっごくもったいないよね!?

なら私もサンダーみたいに返すしかない。

イメージ、イメージ……。

サンダーが私が出した火よりも何倍も大きい火を私に飛ばす。

「グレーナージャ」

クラウドがスっと指を一回転させると、それに付いてくるように火の玉がぐるりとまわり、サンダーに飛んでいく。

なるほどっ、そうしたらイメージしやすいのか……!!

今度はピカピカと光っている何かが、何弾もサンダーから生み出され飛んでくる。

何、このピカピカ……。

飛んできたソレが、近くの木に当たって、

――雷が落ちて轟音を立て、裂かれるようにして倒れた。

「……え」

その惨状を見てもサンダーは追撃の手を緩めず、ソレを何弾も躊躇いなく放つ。

「っ、わっ!」

頬スレスレで避けたソレに意識を持っていかれて、グラリと中心が傾き倒れそうになる。

そこにも迷わず攻撃してくるサンダー。

何弾も飛んでくるソレを、

「ウェッ、ウェザーズ!!!」

と、慌てて魔法をかけて進行方向を変え、サンダーに返す。

隣を見ると、レインとクラウドも同じように魔法を返している。

これなら元の弾となるものは存在してるから、あまり魔力を使わない。

傍から見ればおかしなキャッチボールのようなそれに、痺れを切らしたのはサンダーが先だった。

ボフン、と音と共にソレを消す。

私達は何が起こるかと身構えをした。

「まあ、なかなか使えそうですからね」

サンダーはそう言うと、

「ボルト」

と、唱えた。

けれど、何も起こらない。

私たちが呆気にとられていると、サンダーも同じように、おや、と言った顔をする。

分からないけど、不発ってこと……?

そう思う私の胸元で、チリーン、と音が鳴り、レインから貰ったネックレスの存在を思い出す。

あっ、もしかして私たちに精神魔法をかけようとしてた……!?

なかなか使えそう、って言ってたし、さっきのクラウドのように操ろうとしてたのかも。

ネックレスがあって助かった……!!

って、でも何で皆かからなかったんだろ?

ま、今はそれどころじゃないし、助かったとだけ思っておこう。

レインとクラウドと目を合わせて頷く。

よし、今がチャンスだ!!

「ウェザーズ!!」

「ブルーリュボーフィ!」

「グレーナージャ!」

私の手からは、サンダーを焼き尽くしてしまうほどの炎が。

レインの手からは、サンダーを一撃で倒せるほどの水の弾が。

クラウドの手からは、サンダーを全て囲ってしまうほどの影が。

呪文と共に飛んでいく。

支え合うようにしながら、それぞれサンダーを倒しに進んでいった。

サンダーは目の前にきた特大の魔法に避ける事もせず余裕げに腕を組んでいる。

――あたるっ……!

そう思った瞬間。

パチッ。

サンダーが1つ指を鳴らした。

一瞬だった、いつの間にかサンダーは違う所に移動している。

レインとクラウドも私と同じように目を見張っている。

額から零れる汗が肌を伝い終わって床をぽとん、と濡らした。

――瞬間移動、もしくは時間停止、とか……?

残像が追えないほどに素早かったその動きに頭の片隅で考える。

絶対倒せないし、後者じゃ無いといいんだけど……。

そう考える私にサンダーは手を伸ばし、口を開いた――。

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