第6話 魔法の使い方

「契約した人間は、魔法を使うのにも条件があるんだ」

「?契約した人間……って、私の事?」

レインが続けて話し出した魔法を使う条件。

契約した人間ってところに聞き馴染みがなくって聞いてみると、

「ああ。俺が魔法の力を授けた時点で契約したって事になるんだ」

と、サラッと受け流される。

「な、なるほど……」

ファンタジーの話とかでは悪魔と契約してる事が多いよなぁ。

でも、それに代償があるんだよね、私ももしかして代償を払わなくちゃならないのかな!?

いやまあ、突然授けられただけなんだけど。

これって契約って言わなく無い?

そんなどうでもいい事を考える私に、

「契約した人間が魔法を使う条件はパートナーである魔法使いによって違うんだ」

レインが真剣な顔をしてそう言う。

その顔がどこか辛そうで。

「っ、何……?」

驚愕と緊張を隠せぬまま問うと、レインが口を開いた。

「それは……」

ゴクリ、と唾を飲む。

「雨が降っている事だ」

「――えっ?」

あ、雨が降っている事……?

ま、まって、でも――

「雨降ってないよ…?っレイン、雨を降らす事出来る!?」

感情に身を任せて叫ぶと、レインは少し苦しそうに、気まずそうに首を横に振る。

嘘でしょ、と声にならない声が漏れた。

それだと魔法、使えないじゃん……?

思わず地面に膝をついた。

皮が剥けたのか少し痛い。

けれど、私はその痛みさえも感じないほど、不安で埋め尽くされていた。

そんなっ、皆を助ける事が出来ないの――?

「――へ?」

目の前にレインの手が差し出されて、呆気にとられる。

私よりも少し大きな手。

この手から魔法が生み出されていた事を思い出して、私が魔法を使えない事が不甲斐なくて仕方なくなる。

にしても、この手はいったい……?

「この手を取れ、晴」

そう言ったレインの瞳はキラキラと輝いていて。

この危機的状況でも絶望せず、変わらぬ純粋さを持っていた。

それを見ていたら、もう諦めた私が入った馬鹿らしくなる。

私が、皆を守るって決めたんだ。

信じられない魔法にさえも縋るほど、皆を大切に思っているから。

だから、ここで諦めちゃだめなんだ。

「――っ、うんっ!」

レインの手を取る。

そのまま立ち上がろうとすると、何か暖かなモノが体を駆け巡った。

なにっ、コレ――。

ぎゅっ、と目を瞑る。

何秒だったか分からない、少し経つと何かが体にポツリと当たる。

冷たくて、ほんのり痛い。

それは音を立てて地面で跳ね、髪や服を濡らす。

恐る恐る目を開くと、そこは一面銀世界が広がっていた。

「あっ、あめ……!雨が降ってる!!」

なんでっ、だってさっきはあんなに晴れてたのに……!!

降水確率も0%って雪ちゃんも言ってたのに!

「……奇跡だ」

レインも目を丸くしている。

奇跡なんて言葉で表せないほどのそれに、魔法に慣れているはずの彼さえも驚いている。

それは雨が突然降った事よりも、何か違う事に驚いていた様な気がしたけど、その時の私はそこまで気が回らなくて。

ただ、魔法が使える、これで皆を助けられるんだ、って喜びで胸がいっぱいだった。

だからレインが、

「……やはり晴をパートナーにして良かった」

そうやって呟いた言葉は、浮かれた私の耳に入る事の無く、雨音に紛れて消えていった。


これで、魔法が使えるんだ。

――って、まっ、まって!!

私よくよく考えれば魔法の使い方知らないんだけど!?

「レッ、レイン!!魔法ってどうやって使うの……!?」

なんか呪文とかがある?

それとも杖とか、なんか使い魔とかが必要……?

慌てて聞くと、レインはきょとん、とした後、ああ、と思い出したかのように頷く。

「魔法に必要な事は特に無い。イメージさえ出来れば使える」

イッ、イメージ……。

なんと言うか、結構抽象的な使い方なんだなぁ。

でもまあ、それぞれに呪文とかあっても忘れちゃいそうだし良いかも?

あっ、暗記できる魔法とか使って暗記しちゃえばいっか。

レインは話を続ける。

「イメージを固める為に呪文を考えたり、杖を作っても良いが。基本は呪文を唱えている。呪文、と言っても人によって違うが、皆共通して呪文が無い時よりも魔法が安定して使えるからな。呪文もそれぞれの魔法によって変える訳じゃなく、全て共通して使っている者が多い」

「っ、えぇと、つまり、例えば人によって“ちちんぷいぷい”だったり、“アブラカタブラ”だったりするってこと?」

よく聞くような呪文を思い出しながらあげてみると、レインはそうだ、と首を縦に振る。

ほほう、なるほど!

なら私も呪文を唱えた方が良いって事だよな……。

呪文、呪文……なんか良いのあるかなぁ。

「あっ、とにかく急がなきゃ……!」

そうだ、今は悩んでる暇も無い。

皆を助ける為にサンダーを止めなくちゃ……!

「そうだな、よし行く――」

レインがそう言った瞬間、レインはどこかに消える。

「……え」

代わりに、そこには1人の成人男性と1人の少年が居た。

「っ、あなたたち誰!?レインはどこ!?」

思わず声を荒らげて叫ぶ。

レインが勝手に移動するわけない。

きっと彼らが何かをしたんだ。

「私はカンバトロス・サンダーと申します。以後、お見知り置きを。いえ、なに……少々彼には休暇を」

普通の成人男性と変わりない容姿をしている彼は、それを裏切る様に頭には黒い立派な角、そしてまるで悪魔の様な大きな羽がついている。

彼――サンダーはそう言って恭しく一礼した。

降っているはずの雨は私を濡らすのに、彼らは一切濡れず乾いている。

それが何より彼らがこの事を起こした張本人であると雄弁に語っていた。

レインは恐らくどこかに連れ去られたのか。

しょうがない、私1人でも彼らを止めなくちゃ!

「ふむ、貴方が彼のパートナーですか」

サンダーはちらり、とこちらを見やると、しげしげと眺められる。

な、なんなんだ、この人、いや魔人は……。

「……そうですけど。それがどうか?」

私はサンダーを倒さなきゃいけないのに、舐められている様な気がして、警戒しながらも苛立ちをあらわにして言う。

「いえ?何やら期待外れと言いますか……。まあ、彼が“セピュリオン”であるからと言って、パートナーまで強い訳ではありませんからね」

セピュリオン……ってのは分からないけど、レインが魔法界屈指の実力者って言ってたから、きっと馬鹿にされてるんだろう。

けれども、確かに私は弱いから。

「っ!!確かに私は弱いです、けど、……」

何も反論が出来ない。

顔が強ばってみっともなく足が震えた。

分かってる、私はレインよりもサンダーよりも弱い。

それでも、その怖さを押し殺して皆を守ると決めたのは私だから。

「けれどまあ、彼の力を授けられているのですから、少しは楽しませてくれるのでしょう?」

対してサンダーは何も不安が無い様な、妖しげな笑みを浮かべた。

そうだっ、弱気になってちゃいけない。

私が皆を守るんだ!!

サンダーが手で何かを形づくる。

私もイメージを浮かべ初めて魔法を使おうと思った瞬間。

「サンダー様。俺にやらせてください」

突然サンダーの周りにいた薄灰色の髪の男子が声をあげた。

そちらを振り仰いで見ると、その姿は私よりも年下らしき風貌。

サンダーと同じ様に魔人なのか、もしかしたら魔法使いなのか。

見た目には特に現れていなくて、分からない。

この子も、サンダーと一緒にみんなを傷つけてたってこと?

――って、あれ、どこかで見たような……。

「おや、クラウド……ふむ、かけた魔法がどれほど本来の力を引き出すか気になりますし、今はお任せしましょう」

サンダーは少し悩んだ様に間を開けたあと、そう言って身を引く。

かけた魔法……っていったい何?

「ありがとうございます、サンダー様」

そうお礼を言い、こちらに向かってくる彼――クラウドは虚ろな目をしていた。

感情が感じられない、冷たい目。

「っ、どうしてあなたはサンダーと一緒に皆を傷つけてるんですかっ、そんな事してどうなるんですか!?」

私の思いをぶつけながらも、どこかでクラウドを見た事がある様な気がして必死に思い出す。

――あっ、あの時廊下に立ってた、レインとは違うタイプのイケメン!?

直ぐに居なくなっちゃってた謎の……!?

1度見たら忘れなさそうなくらい顔が整ってるのに、何なら今まで見た事まで忘れてた!!

ちょっと私大丈夫かな……?

でも、あの時はこんな薄暗い目をしていなかった。

「だから何ですか。サンダー様のなす事すべてが正しいのです」

今はまるで、何か操られているような……。

――って、もしかして、かけた魔法って言うのがクラウドを操る魔法!?

そうだったら、本人の意思じゃない?

「っ、サンダー!!もしかしてだけどっ、この子操ってたりしないよね!?」

「残念、少し違いますね。及第点と言ったところでしょうか」

クッ、と意地悪らしく嗤うサンダー。

その態度にむっとしながらも、少し違うって何……と考えを馳せる、けど。

ううう、だめだっ、分かんない!!

「とっ、とにかく!この子の意思に反した事させてるんでしょ!?」

「さあ、私には彼の意思は分かりませんので。――恐らく彼の本意では無いでしょうけど、案外という事もありますし」

サンダーはそう言って、愉しげに笑った。

私はその勝手な言葉に反論をしようとしたけれど、出来なかった。

なぜなら、それを邪魔する様に前にクラウドが立ち、何かを呟いたからだ。

「……グレーナージャ」

「っ!」

クラウドが呟いた言葉に急いで離れる。

今のは恐らく呪文っ……!!

――『どうやら俺ともう1人が居るこの学校に狙いを定めたみたいだな』

唐突にレインの言葉を思い出す。

そういえば、レインと同じ魔法界の子がこの学校に居るって……。

っあ、もしかして、クラウドがそうで操られてる!?

この学校では見た事無いし、少なくとも魔法界の子ってなら有り得るかも……!

って、それなら尚更クラウドの本意じゃないでしょっ!!

「グレーナージャ」

クラウドは未だ虚ろな目をしながら私に魔法を連発する。

「――くっ!」

それが私に当たると、裂かれたような大きな切り傷が出来た。

っ、ジクジクして痛い……。

降っている雨が、血の溢れる傷口に塩を塗る。

魔法で治したい……のに、呪文も思い付かないし上手くイメージが出来ない。

っ、やばい、このままじゃ!

クラウドが大きく手を振りかぶりスッと私に人差し指をさす。

避けなきゃ……避けなきゃいけないのに!!

――さっきの魔法で足も怪我してて上手く動けない……!

片足を引きずりながらも何とか逃げようとする私に、クラウドは冷淡に宣言した。

「これで終わりです。グレーナージャ」

1層大きな斬撃が目の前に素早く飛んでくる。

ハッと大きく目を開き、ヒュッと息をのんだ。

「ブルーリュボーフィ!」

パァン!!!

大きな破裂音が鳴り響く。

「っ、あ、ぶなかった……」

「っ、レイン!!」

パッと振り返ると、後ろには手を前に構えたレインが。

今の魔法をレインも魔法を使って相殺したみたい……!!

「すまない、遅れた」

「ううん、来てくれてとにかく助かった、ありがとう!!」

「別になんてこともない。足を治しておくな」

レインが魔法をかけてくれる。

怪我をする前よりも軽く動くようになった足。

ううう、ありがたすぎる……!!

「というか先程の魔法は、サンダーじゃないそこの少年が……」

レインがクラウドの姿を視認すると、ピシリと固まる。

逆にクラウドは変わらず無表情で、サンダーは面白そうに口角を上げた。

「……クラウ、ド?」

レインが呆然としたように呟く。

名前知ってる、ってことはやっぱり、魔法使いで一緒にサンダーを倒しに来た……。

そうだよね、仲間に攻撃されたなんて信じられないよね。

「っ、レイン、その子は操られ――」

「何か顔色が悪くないか。体調は大丈夫か?」

「……へ?」

レインはいつの間にか瞬間移動してクラウドの前に立ち、心配そうに見つめている。

えっ、そこ!?

まずは何でサンダーと行動を共にしてるんだ、とか、晴は俺のパートナーだぞ、晴は俺が守る!的なのじゃないの!?

いやーね、そんなベタな少年漫画と少女漫画の設定が別に欲しい訳じゃないんだけど。

友達(多分)の体調不良心配するのは良いと思うよ?

でもさ、時と場合を考えようよ!!!

どう考えてもこの後の展開は『裏切ったのか!?』か、『俺が助けてやるからな!』の2択じゃん!?

「は……?いや、大丈夫、だが……」

クラウドも突然の心配に動揺して答える。

うん、そうなるよね、分かる!

操られてたらしいクラウドもかなり素が出ているよう。

「あのね、レイン!この子――クラウドだけど、操られてるみたいなの!!」

「むむ、そうなのか?」

「そう!」

「そうか……」

「そうなの!!それでっ、クラウドを治す方法って無いの!?」

そう、が多く飛び交う会話でクラウドを助ける方法を聞くと、レインは眉を困ったように下げた。

「残念だが、恐らくサンダーの精神魔法にかかっている。解除するのは難しいだろう」

「っ、そんな……!!」

レインの言葉に言いようのない不安が渦巻く。

「……いや、正しくは無い訳じゃない。その上から魔法をかけても精神魔法は解除できないが、本人がその精神魔法を打ち破る事は出来る。そのためにこちらから出来る事は声をかけて操られている事に気付かせるしかないが」

レインはそう言葉を改める。

私達からは直接助ける事が出来ない。

そう直面して言われて、皆を助けるって決めたのに、早速挫けそうになって悔しさが込み上げる。

それでも、私達からでも間接的に手伝う事は出来る。

「っ、それなら私が声をかけてクラウドを助けるっ!!」

レインがクラウドに声をかけたら、私はまだ魔法を使えないから、もしもサンダーが突然攻撃してきたらレインが魔法も使う事になっちゃう。

片手間じゃ何かあまり気持ちが伝わらないような気がして、レインにサンダーの足止めを頼む。

レインは快く頷いて、クラウドを助けてくれ、と私を信じてくれた。

ここまで信頼して助けて貰ったんだから。

――私は絶対に、クラウドを助けてみせるっ!!!

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