第5話 堕ちた雷

轟々と雷が鳴り響く。

強い雨が僕の体を濡らす。

『雷鳴が轟く日、願いを3度唱えれば代償と引き換えに願いを叶えてみせる魔人が現れるであろう』

これが本当なのであれば。

「どっ、どうか――」

3度唱えた願い。

1層強い雷鳴が響くと、目の前には魔人が現れる。

呆然とする僕に、魔人は優雅に言った。

「面白い、是非叶えさせていただきましょう。代償は――」

遠くから誰かが走ってくるのが見える。

魔人の言葉を最後まで聞くこと無く、僕の意識はそこで途絶えた。


昨日の夕方から始まった激しい雷雨とはうって変わり、今日は太陽が照りつく快晴だった。

「今日降水確率0%だったよー!天気って不思議だよね、昨日はあんなに降ってたのに……」

雪ちゃんも朝からそう言っていた。

確かに昨日は土砂降りで、一晩中雷が鳴っていて中々眠れなかったけれど、今日はこんなにも晴れるとは……。

天気って面白いなぁ。

私の名前が“晴”だからか、世間一般は晴れが好きなのか、天気は晴れが1番好きだと思われやすいんだけど、私はどの天気も大好きなんだ!

だって、まるで天気それぞれにストーリーがあるみたいだと思わない!?

……なんて、明るくいつものように振舞ってはみるけど。

昨日、レインに悲しそうな顔をさせてしまったから、話すタイミングが掴めず私は落ち込んだままだった。

隣の席だから挨拶さえ交わさないなんて不自然なのに、声が出なくって。

レインから声をかけられることも無くって、天気とは反対に憂鬱な気分。

うう、私がレインが言ったこと真っ向から何も聞かず否定したのが悪いんだけど。

でも、やっぱりどうしても信じられないんだ。

それは私が非科学的なものを信じれないのもあるんだけど、1つ魔法に関する嫌な思い出があるからでもあった。


私が7才の頃、仲の良かった1人の友達がいた。

その頃落ち着きがなくてよく怪我してた私を、いつも手当してくれてた。

お母さんが居なくなった日からすぐに誕生日を迎えたから、まだ心の整理が出来てなくて辛かった。

その時も隣にいて、でも声をかける訳じゃなくて静かに寄り添ってくれてた。

当時の私の周りにはそんな人はいなかった。

父には心配をかけたくなくて言えなくて、母が居なくても平気なように振舞っていた。

そうやって振る舞わないといけないのが辛かった。

父は気付いて、それでも普通に過ごしていてくれていたのに。

友達は私にどう対応すれば良いのか分からないように腫れ物扱いしてた。

大丈夫?っていつも声をかけてくれたけど、そう聞かれると大丈夫って答えなきゃいけないように思って勝手に重荷を感じてた。

友達は心配してくれてただけなのに。

先生は明らかに私を特別扱いして、母の日なんかのケアは欠かさなかった。

哀れな目で見られるのが、可哀想に見られるのが嫌だった。

先生は私が悲しい思いをしないように気遣ってくれてただけなのに。

まだ精神的にも幼かった私はそこまで考えられなくて、自分が考えている事が絶対だと思って勝手に辛くなってた。

だから彼がしてくれた事はすっごく嬉しかったんだ。

そこからはずっと一緒に居るようになった。

でも、ある日。

何でだろう、始まりはきっと些細なことだったんだろうけど、彼が魔法使いだ、とウワサが出回った。

この年頃なら魔法使いなんてワクワクするもの、大好きだと思うんだけど。

なぜか皆は魔法使いを“良くないもの”って考えてたみたいで。

きっと、ヒッヒッヒって笑うような、怖い魔女を思い浮かべたのかな。

皆して、彼を無視するようになった。

段々とそれがエスカレートしていって、いじめに発展した。

母が居なくなった私には対応した先生も、見て見ぬふりをしていた。

私は助けて貰ったから、皆から彼を守るべきだったのに、私は立ち向かえなかった。

彼がそんな悪い子じゃないと知ってたのに、皆という莫大な敵と戦うのが怖かったから。

少しして、私は1度も皆に意見することの無いまま、彼は家庭の事情で引っ越していった。


それからこれまで彼と会うことは無くって、私はずっと今も後悔している。

もしも魔法が本当にあっても、だからといって私の罪が許される訳では無いし。

彼が本当に魔法使いであろうと、何か変わる訳じゃない。

それならいっそ、そんなもの無い方が良い。

……なんて、そんな私情を挟んでレインの言うことを真っ向から何も聞かずに否定した。

そういえば、彼にも何か声をかけられた。

なのに私は、話を聞くことさえも拒否して。

今と一緒じゃん……。

そうだ、私はそれで今も後悔してるんだ。

なら今、同じ状況でこのまま関係が終わったら?

――絶対に後悔する。

私はもう、後悔したくない!!

レインに謝って、話を聞こう。

そう決意した瞬間。

ゴドーン、と大きな音と共に建物が少し揺れた。

なにが起こった、とクラス中が蜂の巣をつついたような騒ぎになる。

地震にしては早く収まった揺れ。

誰かが真っ先に窓に駆け寄って、叫んだ。

「――っ、学校が壊れてる!!」

その言葉に弾かれて皆が窓に群がる。

私もまた揺れが来ることを警戒しながら、窓から外を覗いた。

新校舎、旧校舎共に何故か一部壊れている。

場所的に、特別教室で授業をしてなければ怪我をしていないところ。

何で壊れたのか一切の情報が無くって、あわあわと意味も無く言葉を発したり、教室内を駆け巡ったり、奇行をする生徒が続出する。

「っ、皆!廊下に出ろ、避難するぞ!!」

先生が前の扉から入ってきてそう叫ぶ。

えっ、なんで!?という声もあがったが、先生の形相に急いで廊下に出ていく。

私も順番に流れに沿って扉から出る。

委員長の霜葉ちゃんが人数確認をしている間に、先生が事情を説明する。

「この学校に、不審者が出た!学校が壊れているのは見ただろう。そうした方法は分からないが、どうやら俺達に危害を加えようとしている。教室に居るとまた先程と同じように崩れる可能性が有るから裏口からコッソリ出ていく!いいな!!」

ってえええええっっっ、ガチ不審者ってこと!?!?

でも、あの一瞬であんな風に学校破壊するなんて……。

本当に人間に出来るのかな?

爆発、とも違ったし、あー、もう何ていうか!!!

正直信じたくないんだけどっ、

――レインの言ってたあの魔人なんじゃない!?

ハッと辺りを見渡す。

待って、もしもそうなら……!

「……先生っ、1人足りません!!」

「なにっ!?」

やっぱりっ、レインが居ない!

あーもう、席隣だったのに気付かないとか!!

「っ、それレインです!ちょっと私探してくるんで、先避難しておいて下さいっ!!」

「え、いやおい!!ちょまて――」

そう叫んで走り捨て去ると、先生の慌てたような引き止める声が聞こえた。

ごめんなさいっ、先生!

こんな危険なこと、ダメだって分かってるんですけど。

レインがっ……もしも本当にこれが魔人――サンダーの仕業なら、レインが危ない気がするんです!!

下駄箱に行くと動きやすい運動靴に履き替える。

ああっ、もたもたしてる時間無いよー!!

どこに居るか分からないしっ、仕方無い、走って探すか……!

「ッ、レインー!どこ!?レイン!」

懸命に旧校舎の方へ足を動かしながらレインの名前を呼ぶ。

走り出して間もなく息が切れてきて、こんな時に役に立たない己の運動神経を心底呪った。

こうなるんだったら、レインに走るか聞かれた時少しでも慣れておくために走っておけば良かった……。

何とか走っても呼吸がキツくて、ゼェゼェと肩で息をする。

は、もう無理……。

足の痛みが全体に響く。

思わず下の地面とにらめっこ状態になっちゃった。

……見つからない不安に、たまらず視界が濁る。

ぽた、と1つの雫が零れ落ちた――

「――晴?」

待ち望んだ声に弾かれて顔を上げる。

それと同時にスル、と優しげに頬を伝ったものを拭い取られて、カッと赤面した。

「――レインッ!!」

そこには怪我も無く至って普通のレインの姿が。

良かった、その魔人危ないのに、1人居なくなるのはダメだってぇ……。

実力者って話だったけど、今はあまり力を使えないんでしょ?

それなら尚更1人で行動したら良くないじゃん!!

そこまで考えて私の心情の変化に気付いた。

――あれ、私魔法のこと信じてる……?

あんなに信じないって思ってたのに。

って違う、それも、だけど、それよりも私はレインに言いたかったことがあって!

「――ごめん!!」

パチリ、とレインの目が開かれる。

そんなこと言われるなんて予想もしてなかった、っていう顔になるレインに、私の思いをぶつける。

「私、レインの話を遮ってちゃんと聞かなくて。全部否定して……レインに酷い事した自覚、ある。本当にごめんなさい」

私の気持ちが伝わるように頭を真剣に下げる。

数秒の沈黙のあと、レインが、

「顔を上げるといい」

と、優しげな声で言った。

ゆるゆると顔を上げると、レインは穏やかな微笑みを浮かべて、

「前と逆だな」

と、私に言った。

前……ああ、あの帰り道の時の。

「別に大丈夫だ、気にしてない。人間に信じて貰うのは難しいと分かったからな。クラスの皆も俺が言ったコトを囃し立てさえすれど、冗談としか思っていないだろう」

レインは寂しげに視線を落とす。

その雰囲気に思わず声を荒らげた。

「そんな事ないっ!……ううん、信じなかった私が言うのもなんだけど、クラスには本気でそれを、――レインを信じた子もいるよ」

そう言うと、レインは目を丸くして「そうか」と嬉しそうに呟いた。

「だから、その態度は私が良くなかった。ごめんなさい」

確かに魔法なんて存在、信じられる方が難しいだろう。

私だって科学を愛する者としても魔法なんて信じられなかった。

でも、だからってあんな態度をとってレインを悲しませて言い訳じゃない。

それに、魔法を信じないって事はレインを信じないって事だ。

レインの――友達の言った事を信じないなんて、本当に私は馬鹿だ。

「……別に良いぞ。この状況で1人外に出てまで来てくれたんだ、今はもう――信じてるんだろう?」

「――っうん!」

魔法を、レインの言った事を。


落ち着いて、疑問に思った事を聞く。

「やっぱり学校を破壊したのはレインが言ってた魔人のサンダーなの?」

「ああ。それは間違い無い」

やっぱりそうなのか……。

だってあれは人間がやれるような事じゃなかった気がするもん。

「でも、何で?」

人間界に危害を加える、って聞いてたからそういう事をするのは違和感無いんだけど。

どうして今、どうしてこの学校を?

「……恐らくだが、誰かが何か願ったのだろう。もしくは、それの代償だが」

「えっ、でも願いだったら、例えば『学校を破壊して欲しい』っていう願い、ってことになるの?」

「ああ、確証は無いが」

なるほど、あのウワサを聞いた子がサンダーを呼び出したって事ね。

そういえば昨日は雷雨だったし!

だから今日に事が起きたのかぁ。

でも、これ流石に……。

「代償、だよね……?」

「おそらく……」

これをもし誰かの願いだとするなら、学校だったりに恨みを抱いてる人がいる事になる。

いや、もしかしたらふざけて言ったのかもだけど、魔人が姿を現したはずだから、そんな事は無いよね。

可能性があるのは、ウワサを知っているはずの学生や先生、もしくはその人達がそのウワサを話した人……。

ううん、もっといっぱい居る。

誰かがインターネットに書き込んでいてそれを見た人だったり、ただ願いをたまたま3回願いを呟いた人だったり……。

――って、違うじゃん!!

それならわざわざこの学校を狙わないよね。

ならもし願いだったら、この学校の関係者かな。

本当は皆を危険な目に晒す可能性のある願いをした人が居るなんて信じたくないし、サンダーが求めた代償だと思うけど。

頭の中でぐるぐるまわる仮説。

「……なあ、晴」

レインに声をかけられて、一旦思考を停止する。

「どうしたの、レイン」

「――一緒に、戦ってくれるか」

そう聞いたレインの顔は、これまでに見た事の無いほど真剣で、少し影が差していた。

「――もちろん!!」

私が答えると、レインは前と同じ、花が綻んだような笑みを浮かべた。


「一緒に戦ってくれるなら」

その言葉と一緒に、レインから何か銀の札のようなものがついたネックレスをかけられる。

「これを持っておけ」

「?これは……?」

指で銀の部分を軽く弾くと、チリン、と揺れた。

「魔法界のアイテムだ。これをつけておけば、精神魔法が効かない」

「精神魔法?」

「ああ。精神魔法は、眠らせたり操ったり、そういった精神に干渉する魔法だ。サンダーが得意としている魔法でもあるから、必ず付けておけ」

そう言うと、レインは心配げに瞳を揺らした。

気持ちが伝わってきて、少し照れる。

というか、精神魔法、なんて使われてたら絶対負けてたよね!?

いや、まあ普通に戦っても勝てるかなんだけど……。

「……て、それなら精神魔法をサンダーにかければ良いんじゃないの?」

わざわざ戦わずとも、不意をついてかければ戦意を喪失させたり、改心させたり出来るんじゃない?

そう思って聞くと、レインは首を横に振る。

「言っただろう、サンダーは精神魔法を得意としている。使うのも得意だが、それと同時にかかりにくくなるんだ」

ははあ、なるほど。

でも、勝てるか不安だ……。

そう考える私は、まだ全く思っていなかった。

――ここから先、レインに話される事に1度絶望する事になるなど。

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