第4話 妖しいウワサ
レインが転校してきて数日経った。
昨日の帰り道、謝っていたのにも関わらず、魔法が使えるだのなんだの言うのは変わらず……。
今日も今日とて、休み時間はもちろん、授業中にまで魔法について話しかけてくる。
あれ、迷惑にならない程度に話すんじゃなかったっけ?
それで今は、レインが先生に呼び出されたのをいい事に、違う教室に逃げる予定です!!
うーん、理科室とか……?
そうやって悩みながら、雪ちゃんとかには私がどこに行ったかをレインに言わないように口止めして、廊下に出る。
数歩進むと、前に風斗君が見えた。
「あっ!」
「へ?」
と思ったら、声を上げてこちらに向かって走ってくる。
えっ、な、なに……!?
ブンブン首を回して辺りを見ても、私以外には誰も居ない。
えっ、じゃあ私に向かってきてる?
「はるるんっ!」
「っっはいっ!!」
さすがスポーツ万能の風斗君!
いつの間にか目の前に立っている。
ちょっと怖いけど。
というか、はるるんって、私たちそんなに話した事ないはずなんだけど……。
「ごめん、ちょっと来て欲しくて!あのー、魔法についてなんだけど!!」
「えっ、魔法について……?いやっ、あれはただのレインのうそ――」
「とりあえず行こ!!」
「えええええっっっ!?」
風斗君に手を引かれ、何故か廊下を全力疾走。
ちらほらといる生徒から訝しげな目で見られているのが分かる。
ひぃぃ、ごめんなさい迷惑かけちゃって!!
力も強くて逃げられないし、風斗君の足速すぎて、私もはや引きずられてるよ……。
せめてもうちょっとゆっくりにしない!?
先生とかに見つかったら怒られるし、何より危険だよ!?
と、心の中では怒るけど、実際は速すぎて声にも出せないのでした。
うん、それじゃ伝わらないのは知ってるけど!!
そんなこんなで連れられてきた、新校舎裏。
定番の告白スポットにも関わらず、別の意味でしか心臓がドキドキしない訳でして。
まあ、魔法についてって言われてるしね?
反対に全く息切れしていない風斗君。
「いやー、楽しかったー!」
それどころか楽しんでたみたい……。
うっ、運動苦手な私としてはすっごく辛かったんだけど!!
なーんて、恨ましげな視線を向けても気付かないどころか、カラッと明るい笑顔で、
「それでさ、魔法のことなんだけど!」
と、話をはじめちゃう。
こうなったらもうヤケクソだっ、何でもかかってこい!
レインみたいなぶっ飛んでるヤツなんてそうそう居ないから大丈夫だ!!
意を決して話を聞き始めた私。
けれどやっぱり。
「魔法使えるならさ、俺も魔法使えるようにしてくれねぇ!?」
「は」
この世界にはレインと同じくらいぶっ飛んでる人がいたみたいです――。
「実は俺、昔から魔法使うのに憧れててさ。はるるんが魔法を使えるなら、それで俺にも魔法の力をくれねぇ!?頼むっ、このとーりだ!!」
そう言うと、バチンッと手を合わせて軽く頭を下げる。
うええっ、そんな真剣に頼まれても……。
私まず魔法使えないし!!
というか、魔法に憧れてるって。
「風斗君って魔法を信じてるの……?」
それだったら、魔法を信じない私と真反対だなぁ。
風斗君はそれに、少し顔を翳らせる。
「まあな。俺さ、ちっさい頃に病気で父さんが亡くなってて」
そんな重い話から始まるとは思わなくて、思わず身を固くする。
そのあと、ポツリ、と語り出した風斗君の声に集中して耳を傾けた。
母さんが1人で俺を育ててくれてたんだけどさ、やっぱ辛いだろ。
だから母さんがたまに、『父さんがいれば』って呟いてたんだ。
俺もさ、辛そうな母さんを見るのは嫌だったし、父さんが大好きだったから、父さんが生き返れば、って思ってた。
でも、その時の俺は特に母さんの手伝いもせず、友達と遊んで宿題はしないで、迷惑をかけてんだ。
もしも少しでも手伝っていれば、母さんは少しだけでも楽になるはずだったんだけどな。
それである時、魔法使いと会ったんだ。
艶のある黒髪で長くて、凄く優しそうな綺麗な魔法使い。
その魔法使いは俺に、魔法をかけてくれたんだ。
3日間、母親の心情が分かる魔法、だったっけ。
それにかかったら凄く心が暖かくなった。
母さんに会ったら、確かに母さんの気持ちとか、願いにも気付けるようになって。
したらさ、じゃあここは俺が手伝うべきだな、とか分かるようになって出来るようになったんだ。
3日たって魔法が解けても、変わらず続けて気持ちを察することが出来た。
母さんも段々元気になって、前はあまり見せてくれなかった笑顔が溢れてた。
そこからその魔法使いに会うことは無かったんだけど、俺は確かにあれが現実だったと思うし、今でも魔法を信じてる。
「だから、もしも魔法が使えるようになるなら、助けてくれた俺の憧れの魔法使いみたいに人を助けるために使いたいんだ」
そうやって締めくくられた風斗君の思い出話。
魔法なんて信じてない、けどやっぱり目は潤んじゃって。
風斗君は嘘ついてない、って直感的に分かるから、もしかしたら本当に魔法はあるのかも、って思ってたしまった。
「ありがとう、教えてくれて」
「まあ、俺これまでに誰にも言ったこと無いんだ。はるるんに初めて話した」
「……そっか」
でも、私は魔法使えないんだよなぁ……。
レインの言ってたことが、どうしても信じられないと言うか。
「っ、ごめん。それでもまだ私は魔法を信じれないし、レインの言ってたことも嘘だと思う。だから、魔法の力はあげれない」
私の本音を話せば、風斗君は少し俯いたあと、またカラッと明るい笑顔を浮かべる。
「そっか!わざわざごめんな!!」
それが無理してるように見えて、思わず口を挟む。
「でも!私、風斗君が言ってた事は嘘じゃないと思う。矛盾してるかもしれないけど、私は風斗君を信じてる。だからさ、もしも魔法が使えるようになったら絶対に魔法の力をあげるから!!」
その言葉に風斗君は、目を丸くしてパチパチと何度か瞬いたあと、嬉しそうに笑って言った。
「ありがとう!!」
サーッと風が吹き抜ける、そんな天気だった。
休み時間がそろそろ終わっちゃう、と急いで2人教室に戻る。
席に戻ると、もうレインも帰ってきていて興味深そうに歴史の教科書を眺めている。
ああ、次は歴史だったっけ。
私も歴史の用意を机に出してチャイムがなるのを待つ。
すると突然、普段2分前着席を心がけている霜葉ちゃんが私の近くにやって来て、
「晴ちゃん、ちょっといいですか」
と、私に声をかけた。
なんだろ、霜葉ちゃんがこんな授業前ギリギリに来るの珍しいな。
「いいよー!どうしたの?」
そう聞くと、霜葉ちゃんは周りを見渡して、
「その……晴ちゃんが魔法が使えるっていうから、この話を聞いて欲しくて……」
と、少し声のボリュームを落として話す。
魔法は使えないんだけど……。
まあ、話を聞きましょう!!
心構えをして話を聞く体勢を作った私に、
「知ってますか、今校内で流行っているウワサ」
霜葉ちゃんがそう一層声を潜めて囁く。
「えっ、何それ?」
同じように声を潜めて聞いてみると、霜葉ちゃんは顔が少し青ざめながらも教えてくれた。
「その、アレが出るんだそうです……」
「アレ……?」
アレってなんだ……?
疑問に思って聞くと、霜葉ちゃんは震えながらも答える。
「っっっ……ゆ、ゆゆ、ゆのつくアレです!」
“ゆ”のつくアレ?
しかも霜葉ちゃんが怖がるもの?
えっと確か、権力とお金と恋愛と……。
「あっ、ゆーれ」
「そうです!!」
発した言葉は最後まで言わされずに遮られる。
そうそうっ、霜葉ちゃんは幽霊とかも苦手なんだった!
一見信じなさそうだけど、そういった話で確かに1番怖がってるもんな……。
「って、ゆうっ、じゃなくて、それのウワサ?」
「はいっ。厳密にはそれじゃないかもしれないそうなんですが、そういう類の……」
「なるほど……!!」
それって、レインが言ってた……ええと、カンバトロス・サンダーの可能性が高いのでは!?
いやまあ、信じてないんだけど。
丁度この時期に……って何か怪しいかも?
それにシンプルに気になるっ!!
幽霊とか非科学的なものは信じてなくても、こうやって楽しくウワサするのは好きなんだよね。
「どういうウワサなのっ!?」
「えっとですね……」
霜葉ちゃんが話すには、どうやら言い伝えがあるようで。
『雷鳴が轟く日、願いを3度唱えれば代償と引き換えに願いを叶えてみせる魔人が現れるであろう』
これが今校内で伝えられてるらしいんだけ、ど……。
いやこれ、やっぱりレインが言ってたやつだよね!?
雷鳴が轟く日、って名前がサンダーだからでしょ?
レインもそのヤツ魔人って言ってたし。
もしかして……レインのあの虚言って、ここから来てる!?
あれっ、でもレインは転校してきたばっかだし、知ってる訳ないかな…?
「以上が校内で蔓延っているウワサです。だから厳密にはアレじゃなくて魔人なんですけど、叶えてもらったっていう子はシルエットしか見てないそうで……。だからアレの可能性がまだあるんです!!」
さっきよりも顔を青ざめながらそう叫ぶ霜葉ちゃん。
あれ、最初は声潜めてなかったっけ?
って、叶えてもらった子がいるんだ……。
なんだか面白そう!
「その、怖かったのでちょっと魔法で何とかして欲しくて……魔人という話ですし」
「うーん、魔法は使えないから難しいんだけど……。あー、でも一応情報はあるから、私も調べてみるね」
そう言うと、霜葉ちゃんは幾分か顔色を良くして嬉しそうにはにかむ。
よしっ、霜葉ちゃんも怖がってるみたいだし、この妖しいウワサ、調べてみますかっ!!
キーンコーンカーンコーン。
気合いを入れると共に、チャイムが鳴り慌てて霜葉ちゃんが席に戻っていく。
私がその後ろ姿にヒラヒラと手をふっていると、丁度歴史の先生が前の扉から入ってくる。
間に合ったらしい霜葉ちゃんが、
「起立!」
と号令をしたので立ち上がり、挨拶をする。
始まった授業の中、これでも真面目を自称している私には珍しく、先生の声は右耳から入ってスーッと左耳に抜けていく。
その妖しいウワサについてどうやって調べようか、私は授業の間ずっと悶々と頭を捻らせていた。
キーンコーンカーンコーン。
授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る。
歴史の先生は授業が延長しがちなんだけど、今日は早く終わったみたい。
各々配られたプリントを提出したら休み時間、だって。
もちろん私は考えを巡らせながらも、プリントはささって終わらせちゃった!
前の教卓に置いて、授業中考えた作戦を実行する決意を固めた。
その名も……レインに直接聞いちゃおう大作戦!!
……馬鹿じゃないからね?
レインが話してることからして、恐らくこのウワサが元なんだよね。
霜葉ちゃんの友達にも叶えてもらった子がいるそうだし、ただの嘘とは思えないんだよなぁ……。
このウワサについてレインなら何か知ってそうだし!
よーし、いっちょ聞いてみますかっ!!
「それはカンバトロス・サンダーだな」
「……ですよね〜」
うん、私がこのウワサの魔人って……ってぼかして聞いたからなんだけど。
要素がレインが話してたことと同じすぎて私の中では確定事項として居座ってたよ……!!
「どうやら俺ともう1人が居るこの学校に狙いを定めたみたいだな」
レインが顎に手を当てて考えるように言う。
「もう1人?」
もう1人、って、そういう設定の子がもう1人いるってこと!?
それはかなり仲が良いんだなぁ。
「ああ。かなり生意気だが、良い奴だぞ」
へえ、実在するのかなぁ……。
本当に居るなら、折角なら仲良くなりたいけど!!
レインは少し悩ましげに眉を寄せる。
「ただ、サンダーはこういった手段をとら……いや、とる奴だったな」
あっ、とるんだ……。
でも確かに、日本に危害を加えるのが目的だって言うなら、面倒くさい手段かぁ。
「アイツが言うには面白いこと、楽しいことが好きなんだそうだ。そのためにはなんだってする奴だし」
はあ、まあ確かに人が妖しすぎるウワサに頼ってまで叶えようとする願いは凄く面白そうだけど。
“代償”っていうのがなんか……。
私がそう訝しげに思っていると、まるで心を読んだか のようにレインが、
「“代償”は、恐らくだがサンダーがこの日本を狙うための布石としてかなり……良くない代償を求めているだろう」
と、目を伏せて言う。
そうだよね、もしもレインが言う通りサンダーが居たとしたら、この人間界に危害を加えようとしてるんだから代償はきっと酷いものになる。
霜葉ちゃんの友達も願いを叶えてもらったらしい代償を払ったんだよね。
その代償が何か聞いてみれたらいいんだけど……。
でも、きっと嘘だよね?
私はただのウワサ……だと思う、けど。
だって、本当だったら……。
「っ、きっと嘘だよ、ただのウワサだから!私は魔法なんて信じないし!!」
私は心の中に浮かんだ信じたくない疑念を追い払うように、そう大声で叫ぶ。
レインはそれに目を厳しく尖らせると、一転して悲しそうに笑った。
「そうだな、晴は魔法を信じないよな」
その声には諦めの念がのせられていて、思わず言葉に詰まる。
魔法が使えるなんて嘘、信じて貰えなくたって構わないでしょ?
そうやってからかいたいなら別の適任な人がいるし、わざわざ私に言わなくてもいいでしょ?
なのにどうして、そんなに悲しそうにするの?
頭の中に果てなく浮かぶ疑問。
けれど私は、どの疑問も口に出すことができずに、ただ黙っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます