第3話 天然すぎる不審者
「よし、旧校舎行きましょう!!」
私はレインと2人、校舎外に立ってそう叫んだ。
私達の学校は新校舎と旧校舎に別れてまして。
新校舎は旧校舎に比べて新しくて、私達1年、最上級生の3年の教室や、図書室、理科室などがあるんだ。
対して旧校舎はかな〜りオンボロなんだけど、2年の教室や音楽室だったり、家庭科室はこっちにあるんだよね。
だから案内しなきゃなんだけど……。
「遠いよーーー!!」
実は、新校舎から旧校舎に行くには、わざわざ外を通っていかなきゃ行けなくって!!
しかもすっごく遠いの!!
だから移動教室の時は皆で素早く並んで向かわないと、授業に間に合わないんですっ!
しかも私の学年の音楽の先生厳しいから、普段絶対遅れられないんだよね……。
「ふむ。走っていくか?」
私の必死の叫びに、何ともないようにそう軽々しく言うレイン。
うぐっ、流石にそれは……!!
「いや、走るのはちょっとキツいし、私足遅いから……」
そう言って断ると、レインは首を傾げて聞く。
「もしかして運動が苦手なのか?」
「うっ、そうですけど……」
否定できないところが辛いんだよなぁ……。
けれどレインは特にそこを掘り下げることの無く、
「そういえば、晴は俺に敬語を使っているよな。敬語を使うのは基本は目上の人だったり、そこまで親しくない人だったりするそうだが、そうなのか?」
と、私が敬語を使っていることに話題が移る。
「え、別にそういう――いや、そこまで親しくないか?」
人より勉強運動できるし、すっごく顔は良いんだけど、別に同級生なんだしそこまで目上の人、って思ってる訳じゃない。
だから、慌てて否定しようとしたんだけど……。
よくよく考えてみれば、まだ会ったばかりだし、初対面の対応最悪だったし、そこまで親しくないよなぁ、と思ってそう答えれば、
「む、それはそれで少し傷つくな……」
と、傷ついたような顔をする。
はっ、面と向かって親しくないって言うのはあまり良くなかったか!!
「それはごめん……。んー、じゃあ私も敬語使わなくていーい?」
謝ったあと、そうやって聞くと、
「ああ。敬語を使われるとなんだか落ち着かないからな」
と、寛容に迎え入れてくれた。
確かになんか敬語使う度にソワソワしてたっけ。
落ち着かないのがちゃんと行動に出るんだな……。
なんかちょっとだけ、親近感が湧くかも?
そんな感じで会話しながら私たちは旧校舎に向かった。
「ここが家庭科室!!」
旧校舎に入って1番初めに向かった先は家庭科室。
明日調理実習でもあるのか、調理道具が真ん中の大きな机に並べられている。
「ほう、調理か……。食材を持ってこればコンゴルも作れるな」
レインが面白そうに調理道具を眺めてそう呟く。
「……ちなみになんだけど、コンゴルって何か聞いてもいい?」
何か嫌な予感がしながらも、自身の好奇心に逆らえず聞いてみる。
「?ああ。コンゴルは、ケドーノンの肉をサダンユと合わせて炒めたものだ。調味料にコウモリの生き血と、カエルの絞り汁――」
「ごめんなさいもう大丈夫です!!」
自称魔法使いだから……と思った通り、やっぱりそういうものが出てきて、すぐに話を止める。
それにケドーノンって何、サダンユって何!?
「調味料は冗談だ。コンゴルは人間界で言うほいこーろーみたいなものだな」
レインの冗談は冗談に聞こえない、魔法のことは信じてないし冗談だと思うのに、こう、淡々と当たり前に言ってるようなところが良くない!!
たまーに、え、もしかして……ってなっちゃうから!
それに、最初から回鍋肉って言ってほしかった……!!
私は楽しそうにしているレインを、そんな願いを心に抱きながら少し複雑げに見ていた。
「ここがコンピューター室!!」
次に向かったのは2階にあるコンピューター室。
そういえばコンピューター室とコンピュータ室、どっちが正しいのか気になってたんだけど、どっちも使えるんだって。
「おー、ぱーそなるこんぴゅーたー、というやつか。魔法界には無いから初めて見るな」
レインが目を輝かせてパソコンを見ている。
レインが考える魔法界には無いのか、なんでだろ?
聞いてみると、どうやら魔法界は魔法で大抵の事が出来るから科学があまり発展していないらしい。
まあ確かに、魔法は科学との相性が悪そうだし、発展してないのは納得かも!
機械系もそれで無いのか!!
んー、不便そうだけど、魔法があるからなんなら人間界よりも便利なんだろうな……。
まあ、信じてないんだけどね!!
「ここは音楽室!!」
3番目に向かったのは音楽室。
前にあるピアノはもちろん、大太鼓や鉄琴、木琴も後ろに並べられている。
「む、コイツは誰だ?」
レインが、音楽家の肖像画を見てそう唸る。
知らない人が多いけど、この人は有名だから知ってるんだよね!
「この人はベートーヴェン!」
何だっけ、ジャジャジャジャ〜ン、っていう始まりが有名な……そう、『運命』っていう作品の人!!
ヴェとベ、違いがあんまり分からないんだよね……。
そういえばこの肖像画、変顔するって噂だっけ。
普通なら怖い噂のに、変顔ってところが笑いを取りにきてるよね!?
「ふむ、ベートーヴェンか……良い名前じゃないか」
「そっ、そうだね……?」
なっ、なんか上から目線だなぁ。
ベートーヴェンって昔の凄い人なはずなんだけど……。
レインって変わってるところあるし今更かも?
よし、次行こー!!
「ここは技術室!!」
4番目に向かったのは音楽室の隣にある技術室。
木で造られた机が沢山並べられている。
「……広いな」
「……まあね」
話す事があまり無いのか、そんな単調な言葉に同意する。
うーん、これまでの案内はレインが魔法界に合わせて話してたから、何を話せば良いのか……。
「っと、うちのクラスの木工道具はそこにあるよ!持ってきたらあそこに置いてね!!」
指をさしてそう言う。
授業で使う木工道具の置き場所は、教えておくべきだもんね!!
決して、沈黙が気まずくて慌てて教えた……とかじゃないよ!?
元々入ってすぐに言おうと思ってたから!!
そんな言い訳を心の中でしながら、私たちは技術室を後にし、教室へと戻った。
教室に戻ると既に私たち以外の生徒は誰も居なかった。
そろそろ最終下校時刻だし、部活も補習も終わって帰ったのかな?
隣に並んだ席にそれぞれ鞄が置かれている。
私の席には学校指定の鞄が置かれているのに対して、レインの席にはどうやら私物らしい鞄。
転校生だし、しょうがないよなぁ。
鞄を手に取り、帰ろう、とレインに手を振ろうとする。
するとレインは私の手を掴むと、どこか真剣に、
「……俺と一緒に帰らないか?」
と、私に聞く。
ええっ、一緒に……!?
窓から差し込む夕焼けが、レインの顔を照らす。
「……ダメか?」
しょぼん、と落ち込んだように言ったレインに、罪悪感がわく。
「うっ、ううん!大丈夫だよ!!」
慌てて答えるとレインは、ぱあっと花が綻ぶように笑った。
心臓がドキッとする。
だいたいは無表情なくせ、喜びの感情はしっかり顔に出すからずるいんだよなぁ……!
今日会ったばかりのレインの事を、私は少しだけ知った。
レインと2人で歩く帰り道。
だけど、沈黙が気まずい……。
学校では結構何でも話してたんだけど、話題が思いつかない……。
今日は天気良いね、とか?
いや、そんな会話する仲じゃないでしょ!!
それに私どんな天気も好きだし、良いとか決められないし!
ううっ、レインが何か話してくれないかなぁ。
期待を込めてちらっ、ちらっ、と横を見るけどレインは口を結んだまま。
特に気まずげな様子も見せない。
そうだよね、そういう感じだったよね!!
何か私だけが気にしてるみたいで馬鹿みたい……。
意識するのは辞めて、周りを眺める。
辺りはもう夕暮れに染まっていて、どこからか子供の歌声が聞こえる。
まだ中1なのにそれが懐かしい。
聞こえてきた歌は私も幼少期よく歌っていた。
お母さんがよく歌ってくれてたから、真似してたんだっけ。
私のお母さんは、私が6つの時に居なくなった。
どこに行ったのか、周りの大人は知らないって言ってたし、お父さんは知っているそうだけど教えてくれなかった。
ただ、
『世界を救いに行ったんだよ』
って、誇らしげにそれだけ教えて頭を撫でてくれた。
小さい頃だから、もうあまり覚えていないお母さん。
けれど、凄く優しくて、少しお転婆で、どこか不思議だった事は覚えている。
毎日、寝る前に歌を歌ってくれていたことも。
「……」
それと、私が何か怖がっていたり泣いていたりした時に、
『天気の神様からの御加護を、ウェザーズ』
って、穏やかな声で祈ってくれたことも、記憶に残っている。
それをしてもらうと、凄く暖かな気持ちになったから、お母さんはまるで魔法使いみたい、って思ってた。
「……る」
何で天気の神様なのか聞いたけど、それにはなんて答えてもらったのかは思い出せないや。
でもきっと、とっても素敵な話をしてくれた。
またいつか会えるといいな、大好きなお母さんに――
「――晴!」
「へあっ、なにっ!?」
って、ちょ、ちょっと感動的に締めたのに!!
レインに名前を大声で呼ばれて何か台無しだよー!!
「ずっと呼んでるのに気付かなっただろう」
「……それは申し訳ございません」
感傷に浸りすぎてて気付かなかった……てへ。
「えと、どうかした?」
あからさまに話題を変えると、レインは少し視線を逸らし、バツが悪そうにぽつり、と話す。
「その、すまなかった」
「……え」
突然の謝りの言葉に思考が停止する。
えっ、私何に謝られてるの!?
あわあわとする私に、レインが言葉を続ける。
「……会ってすぐに魔法が使えるって言ったり、クラスでも勝手にパートナーと言ったり、晴の気持ちを考えられていなかった。迷惑をかけてしまって、すまなかった」
そう真剣な瞳で言うと、レインは頭を深く下げる。
それが本気の謝罪なんだと気付いて、迂闊に声をかけることが出来なかった。
多分だけど、霧夜が言ったことをちゃんと考えて、そう思ったんだろう。
少しの沈黙の後、頭の中を整理して口を開く。
「頭、あげて」
ゆるゆると顔を上げるレイン。
「謝んなくていーよ。まあ、こんな形だけどレインと仲良くなれて良かったと思ってるし!」
そう言って笑いかけるとレインは、ほっと息をついたあと、ありがとう、と呟く。
目を合わせると、嬉しそうに微笑まれて少しドキッとする。
くっ、顔が良い……!!
「まっ、まあ、もうこれからはそう言うこと言わないんだよねっ?」
誤魔化すようにそう聞くと、きょとん、と反応される。
んん……?
「そう言う事って何だ?」
「えっ、ほら、魔法が使えるって言う、う、そ……」
何か嫌な予感がして段々と声が小さくなる。
そんな、そんな、まさか……。
「それは嘘じゃないぞ、本当だ。だからこれからも言うぞ」
「いやなんでっっっ!!!」
いやいや、もうそう言う嘘は言わないっていう謝罪だと思ったのに!!
まだ言うの……!?
「じゃあさっきの謝罪は何!?」
「迷惑をかけてしまった謝罪だが」
「もうそういう嘘は言わないんじゃないの!?」
「嘘じゃない。それにそんな事も言っていない」
「いや、それはそうなんだけど……だ、だって迷惑かけた事謝ってたじゃん?私は嘘だと思ってるからこんだけ言われたら迷惑だからさ、」
「それなら迷惑にならない程度に話す」
「っ、だから、」
「……ダメか?」
とんでもないテンポで会話を交わしていたけれど、そう言って目を潤ませたレインに、グッと言葉が詰まる。
ダメ、って言いたいんだけど、なまじ顔が良いせいで断れないっ……!!
レイン自分が顔がいいこと分かってて計ってやってるでしょ!!
けれど、ちら、と見てもまだ目はウルウルで、そう言った策略だとは思えない。
つまり、これは本当な訳で……。
頭でグルグルと選択肢が回る。
変わらず縋り付くようなレインを見て、それでもダメだという覚悟を決めた。
「ダメか?」
「ダッ、ダメじゃない!」
はっ、ヤバい!!
レインの追撃に思わず流されちゃったよぉ……。
反射で返してしまったことに後悔する。
「本当か?ありがとう!」
けれど、それに先程よりも嬉しそうに微笑まれて。
まあ、話を聞くくらい良いか……とついつい思ってしまう私なのでした。
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