①筆記試験

いよいよ大会当日。

私はいつもより早く起きた。

起きた瞬間に緊張と楽しみが入り混じった複雑な感情になる。

私はベッドから降りてぐぅーっと伸びをする。

寝相が悪いせいか目覚まし時計が倒れていた。

出番が来なかった目覚まし時計をもとの位置に戻して、棚に座っている人形を見る。

それぞれいろんな表情だ。くまの人形は私が小さいころ動物園で駄々をこねて買ってもらったもの。その隣の目がクリクリ茶色い三つ編みをしている女の子の人形は旅行のお土産。そのまた隣の本物のように動く猫の人形は誕生日プレゼント。ほかにもたくさんあって、私は小さいころからおもちゃ、人形が大好きだったんだなって感じる。今は人形のことはあまり好きじゃない。友達を失うから。でもどうしても捨てられない。だからこうして棚に座らせている。気持ちは分からなくても、今日はみんな「ユウシ」が弾んでいるように見える。

私は洗面台に行き歯磨きをしてリビングに向かった。

「彩葉~!お弁当用意してあるからね」

お母さんは早朝から仕事なのでいつも朝ごはんはお弁当形式だ。

私は元気な声で「ありがとう」と言い、お弁当のふたを開けた。

「わぁっ」

私は驚いた。

いつものお母さんならシンプルなお弁当なのに今日はまさかのキャラ弁だ。

キャラクターは「猪突モー神」っていうアニメの主人公、「いーのっし」だった。

「ふふっかわいいな~」

目はゴマで口はちくわの断面。ほっぺたがハムで超かわいい。

少し罪悪感があるが、丁寧に目、口、頬っぺたをはがして食べた。

私はお弁当を流しで洗い、自分の部屋に戻る。

大会の参加者に配られるTシャツに着替えて荷物をまとめた。

「行ってきまーすっ!」

「フガーー」

お父さんはいびきで返事をした。夢で何を見ているのだろうか。私は面白くてニヤニヤしながら身だしなみのチェックをした。いや、それだけじゃない。大会が楽しみだからかもしれない。

私は靴を履いて外に出る。

今日は晴れていて、少し風もあり、大会日和だ。

私は胸の高鳴りを感じながら最寄り駅に向かった。

会場に近づくにつれ私と同じTシャツを着ている人が増えて、心の中で緊張が膨らんでいく。

「あ、瑠花!」

私は大会の会場に着くとベンチに座ってうずくまっている瑠花の姿を見つけた。

「彩葉~」

「どうしたの?困った顔して」

「リュックに買ったアイス入れてたら中がビチョビチョのベトベトになっちゃった」

「そりゃそうなるでしょ」

瑠花はたまに抜けているところがある。

特訓の時も買ってきたお菓子がまさかの犬の餌だった。危うく食べそうになったのを覚えている。

「一応鏡とペンはケースに入れてたから大丈夫なんだけど…アイスが」

「なんでわざわざアイスを買ったの?」

「大会終わりに彩葉と食べようと思って」

こういうところは憎めない。私は瑠花を元気づけるようになるべく明るい声で言った。

「じゃあ大会終わりに一緒に買いに行こう!」

「ありがとう~」

瑠花は鏡とペンが入っているケースを持って立ち上がった。

「私、中級コースの会場がどんな感じか見てくるね!」

「そうだね、私も初級コースの会場見てくる!」

私は瑠花と別れて初級の会場へと向かった。

初級の会場は様々な年齢層の人で囲まれていた。

「ここか…」

会場には一教室分くらいの机が並べられていて机の上にはタブレット端末が置かれている。ここは知識を問う部屋だ。

外のステージでは実技。つまり、呪文や倒すまでの動きを評価される。

私は鏡とペンの入ったケースを握りしめた。


*~*~*~*~


ピンポンパンポーン

「開始十分前となりました。皆さんはコースごとに会場にお集まりください」

「彩葉、お互い頑張ろう!」

「うん!頑張ろう!」

瑠花と合流して会場の雰囲気を伝えあった後、それぞれの会場へと足を進めた。

私は初級コースの会場に行き、「知識を問う部屋」の椅子に座った。

学校で試験を受けるときみたいな独特な緊張感がある。

(隣の子は頭がよさそうだし、前の子は余裕そうだな…)

私が極度の緊張に陥っていると開始を知らせるチャイムが鳴った。

(大丈夫、瑠花に教えてもらったことを思い出せば)

瑠花の勉強地獄特訓のおかげか、スラスラと問題を解くことができた。

私が見直しを終えて鉛筆を置くと終了の合図があった。

「ふぅー」

知識テストは一安心だ。

知識テストと実技テストの間には十五分の休憩がある。私はステージの横のベンチで休むことにした。

お茶を飲んでいると、隣に誰かが座ってきた。安藤さんかなと思ったがもっと身長が高かった。

私が横を向くとそこには男の子が座っていた。

「わぁっ」

「こんにちは。ごめん、驚かせちゃった?」

その男の子は私よりも年上だろう。背がすらっとしていて、Tシャツがすごく似合っている。

「い、いえ、その…」

「僕は中学二年生の青風景。中級コースなんだけど初級コースの様子を見に来たんだ」

急なことでびっくりしたけど、青風先輩は優しい笑顔で自己紹介をしてくれた。

話しやすそうな人でよかった。

「そうなんですね。安藤瑠花って分かります

か?」

「もちろん!お姉ちゃんが昨年のトイプロメンバーだよね?」

「そうです!」

「友達?」

「ハイ。ペアなんデス。あ、私は中学一年生の藤戸彩葉。初級コースデス。」

緊張してカタコトになってしまった。青風先輩はそんなこと気にせず話を続けてくれた。

「そうなんだ、初級に朝丘太陽っていた?」

私は名前を知らず、首を横に振った。

「髪が茶色っぽくてTシャツの上にパーカー着てたはず」

「あ!その人なら私の前の席にいたかもしれないです」

「あいつ変なことしてなかった?」

「は、はい」

(少し態度が悪そうで余裕って感じに見えたけど…)

「ほんとに?」

青風先輩は私に顔をずいっと近づけてきた。

私は先輩の圧に押され、つい本当のことを話してしまった。

「あ、実はちょっと余裕そうだなっていうか、態度が…」

「なんか悪いことしてなかった!?」

「はい。全然」

「あいつ…後で説教だな」

「え、あはは…」

「教えてくれてありがとう!じゃあお互い頑張ろうな!」

「はい!」

青風先輩は笑顔で去っていった。朝丘さんのことは少し心配だけど、私も行かなくては。

ベンチから立ってステージに目をやる。

ステージにはもう半分の人がいて、しゃべっている人もいれば一人でノートや本を読んでいる人もいる。

私はすぅっと息を吸って実技のステージへと一歩踏み出した。

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