転入生は、まさかの……!?

翌朝、私はあの女の子に会わないように慎重に学校に行った。

そのせいでおふざけ男子に「何やってんだよーってスパイかよっ!」「何ストーカーしてんだよ!」と、からかわれてしまった。

(ストーカーでもスパイでもない平凡な女子中学生ですぅ)

朝から散々な目にあい、心の雨雲レーダーは「くもり」と表示されている。

「みなさん、今日は転入生が来ています!」

先生の一言で教室が一気に騒がしくなる。

隣の由香子も話しかけてきた。

「どんな人かな?」

「優しい人だったらいいよね」

「それでイケメン男子だったらどうする!」

「何を期待してんのっ」

由香子と和気あいあいと話していると心の天気が晴れに変わってくる。

先生は手招きをしながら「出てきてください」と言った。

前のドアに視線が集まる。

ドアが静かに音を立てて開く。

「え」

こういう時、少女漫画なら「あなたはさっきの!」とか言って恋に発展していくのだろう。

しかし、私にはそんな運命は訪れないらしい。

そこには昨日のあの不気味女子が立っていた。

昨日は帽子とマスクで顔全体は見えなかったけれど、独特な雰囲気が昨日私と会ったことを物語っていた。

その不気味女子は教壇の上に立つと、礼をして自己紹介をした。

「これからお世話になります。安藤瑠花です。柏原町から来ました。まだまだ知らないことばかりですが、いろいろ教えてくれると嬉しいです。」

(やっぱりそうだ)

私は自分の筆箱から昨日の名刺を取り出した。

紙はザラザラしていて和紙のような肌触りだ。「安藤瑠花」とおしゃれなフォントで印刷されている。

私が名刺と不気味女子を交互に見ていると、由香子が顔を覗き込んできた。

私は慌てて名刺をポケットにしまった。

「どうしたの?」

「なんでもないよ、ちょっと寝不足なんだ」

「そっか、今日はゆっくり寝てね」

由香子はとても優しい。そんな由香子に嘘をつくのも気が悪いけれど、ここで不気味女子のことを話すわけにもいかない。私は適当に誤魔化した。

そして、不気味女子が私の近くの席に来ないことを願う。

「じゃあ安藤はそこの席に座ってくれ」

そう言って先生の指は私の前の席を指した。

「え…」

不気味女子は分かりましたと言ってすんなり私の前に座った。

(うわぁ最悪だ。昨日のこと覚えているかな…だとしたら超気まずいんですけど!)

すると、不気味女子はくるりと後ろを向いて「よろしく」と言った。

(え、今私に言ったよね?でも最初に後ろにいる私に挨拶するかな、普通は隣の席の子に挨拶するんじゃないかな?)

私は突然すぎて何も言葉を返せなかった。

けれど、やっぱり私はすごく気になって放課後思い切って聞いてみることにした。

「私、部活があるからバイバーイ!」

「うん!頑張ってね~」

由香子は吹奏楽部でホルンをやっている。何回かコンサートに行ったことがあるが、とても迫力があって感動したのを覚えている。由香子が部活に行った後、帰り支度をしている不気味女子を突撃した。

「あのさ!」

私は力をこめすぎて大きな声を出してしまった。

不気味女子はビクっと肩を上げて振り返った。

「なに?」

「な、なんで昨日も今日も私にばっかり話しかけてくるの?」

「もしかして、好きなのぉ?」とまでは言わなかった。不気味女子よりも気持ち悪くなるのは嫌だ。

「ずっと言っているけど、これから一緒によろしくって意味」

「私とぶ…安藤さんが一緒?共通点も何もないよね?」

「はぁ?」

安藤さんは眉間に皺を寄せた。

「まさか何も知らないの?」

「う、うん」

私の知らないところで何かが起こっているのだろうか。私はそんな鈍感じゃない。流行りとかクラスのことについて敏感なほうだ。

「トイプロのことだよ!」

「…え?なんて言った?」

「と・い・ぷ・ろ」

「なにそれ」

私はその単語を聞いても全く分からなくて首をかしげた。

すると不気味女子こと安藤さんは驚き、あきれた様子で「まじか、やば」と私に聞こえないようにと小さく呟いた。

でも、声が大きい。

「安藤さん、丸聞こえなんですけど……?」

安藤さんは前に向き直った。

「何も言ってない」

それで本当に誤魔化せたと思っているのだろうか。

「はぁ、本当に知らないんだってば!人違いじゃない?」

「じゃあこれを見てもそんなこと言える?」

安藤さんは二つのブレスレッドを見せてきた。

「知恵の輪みたいになってるけど…?」

「ヴ、ごほん。これはちょっとカバンの中で絡まっちゃっただけ」

絡まっているのにも何か意味があるのかと思ったが、ただ安藤さんがおっちょこちょいなだけだった。

安藤さんは頑張って知恵の輪を解こうとしている。

「で、でも私トイプロのこと何も知らないの」

「手紙が届いているはず」

「あ、ごめん。昨日走って帰ったからポスト見てないんだ」

「まぁいいや」

安藤さんは知恵の輪も解き、帰りの準備を終わらせた。

私も同じく準備を終わらせた。

「よければ、一緒に帰らない?」

「むり」

「え…?」

こんなに優しくて謙虚なお誘いを断った!?

私の経験上こんなにバッサリと断られることはなかった。

「部活?」

「入ってない」

「誰かと帰るとか…?」

「仲良い人いない」

「用事があるとか?」

「ない」

私のことが嫌いなのだろうか?でも、よろしくって言ってくれたし…

私は単刀直入に聞くことにした。

「じゃあなんで?」

「…気分」

「へ?」

安藤さんはやっぱり不気味だ。

「じゃあね」

安藤さんは靴を履いて歩きだした。

私は慌ててその後を追った。

安藤さんにもう一度話しかけようと思った。しかし、安藤さんは歩いているはずなのになかなか追いつけない。

私は安藤さんの足元を見た。

「は、はやっ!」

安藤さんの足は残像が見えるほど速く動いていた。

このままだと姿も見えなくなってしまうと思い、あまり走りたくなかったが、しょうがなく走った。

「安藤さん!」

声をかけられる距離になり、ようやく話しかけた。

しかし、安藤さんは足を止めるでもなく減速するでもなく前を見ながら「なに?」と言った。

「はぁはぁ、ちょっと待ってよ」

それを自分が口にした瞬間嫌な予感がした。

「むり」

うわーん、やっぱりだ。

私は走って追いかけるのを諦めた。

(そもそも運動部でもないし、私、理化部だし…)

私が心の中で呟き、トボトボ歩いていると前から声をかけられた。

「ねぇ」

そこには、さっき猛スピードで歩いていた…

「あ、安藤さん!?」

「そうだけど」

平然と言う安藤さんに多少怒りを覚えた。

「は、早く帰りたいんじゃないのっ?」

「ううん。トレーニング」

(あの早足がトレーニング?)

「週に一回は学校から家に帰るまで早足なんだ」

(あれは早足の領域超えていたけどね)

「なんで戻ってきたの?」

「いや、さっき呼び止められたけど往復して戻ってきたほうがトレーニングになるし」

「あーなるほど」

「なるほど」と言ったけれど安藤さんの考えには全く理解していない。

安藤さんは「で、何の用?」とたずねた。

「トイプロのこと何も知らないから教えてほしいと思ったの」

「そっか、言ってなかった」

(気づくの遅すぎっ!)

ここでツッコむと説明してくれなさそうだから心の中で静かにツッコんどいた。

「まず、トイプロというのはおもちゃやそのおもちゃを大事にしている人を狙うルズトイズという組織から守ることをいう。その役割を任されたのが私たち。もちろん私たちだけじゃなくて他にもたくさんのペアがいる。毎年、メンバーは代わっていくから、私たちは今年のメンバーに選ばれたってこと」

「私たちが選ばれた…?」

「そう。どうやってメンバーを決めているかはどこにも公開されていないし、だれが決めているのかも分からないんだ。でも私のお姉ちゃんは一度選ばれたから色々聞くといいよ」

私は理解が追い付かず険しい顔になってしまった。

すると安藤さんが顔色をうかがってきた。

「もしかして人形なんてただのモノじゃんって思ってる?」

「うーん思ってはいないけど、まだ理解できていないかな」

実は私は人形をずっと遠ざけてきたんだ。もう二度と悲しいことが起きないように……

私は人形で大好きなたった一人の親友を失った。人形のせいで本当に大好きだった親友ときちんとお別れできなかった。

「そっか、私も最初は意味わからなかった。人間には『いのち』があるでしょ?それと同じように人形にもあるんだ。『ユウシ』っていう魂が」

「え!そうなの?」

「うん、生きてないけど心はあるって感じかな」

「なるほどね」

「他に聞きたいことある?」

「うん、もし守れなかった場合ってどうなるの?」

安藤さんは一瞬驚いた顔になった。その質問をされるとは思っていなかったのだろう。

「なんでそんなことを聞くの」

「いや、ちょっと気になって」

私はいつももしものことを考えてしまう。ネガティブなことをすぐに考えてしまう。これは悪い癖だ。

「まぁ詳しくは知らないけど、消えて私たちの知らないどこかにいくらしい」

「ひっ」

私はそのとき、やっとトイプロの重大さが分かった。

「もうそのおもちゃや人は帰ってこないの?」

「そうだね」

安藤さんの歩く速さが少しだけ遅くなった気がした。

(一瞬でその大好きなおもちゃや人間が消えるって…でも、それを止めなきゃなんだ。)

安藤さんは息を吸って、普通の歩く速さになった。

「トイプロの活動をするときの道具は鏡とペン。鏡に守るものとそれに込められた想いや込める想いをペンで書く。まぁ分からないことがあったら聞いてよ、私も今年選ばれたばかりだから分からないことあるけどお姉ちゃんに特訓されていたから基本は知ってるはず」

「う、うん」

やっぱりすごいな、私なんて選ばれたことすら知らなかったのに…

私は少し落ち込んで下を向いた。

すると、私の目に毒々しい紫色が飛び込んできた。

普通の道を歩いてたはずなのに地面はドロドロと溶けている。

今にも吸い込まれそうなどす黒い沼が私たちの歩いている地面を覆っていく。

「下がってっ!」

安藤さんはとても怖い声をして私の前に手を出した。

私は焦って1歩ずつ後ずさりした。

すると、そのドロドロの中から怪物のような大きい鳥がゆっくり出てきた。

「こ、これがさっき言ってた『ㇽズトイズ』なの!?」

「そう」

ど、どうしよう!

慌てている私とは真反対に安藤さんは私に冷静に指示を出した。

「私のリュックに鏡とペンがあるから取って」

私はブルブルと震えている手で安藤さんのリュックを開いた。

中には『 RUKA』と刺繍してある黒い革のケースがあった。

私は急いでそのケースから鏡とペンを取って安藤さんに渡した。

安藤さんは急いで鏡に私の名前と「トイプロの大事なパートナー」と書いた。

「ユウシノミコト我らあそびものを守り抜け!」

安藤さんがなにか唱える。すると鏡から光でできた布のようなものがドロドロとした鳥を優しく包んで鏡に吸い込んだ。

私があぜんとしていると、「ありがと」と私の手からケースを取ってカバンにしまった。

「今のは、な、なんでおそってきたの?」

「藤戸さんをおそってペアとして活動できなくしようと考えたんだと思う」

「え!?」

まさか、狙いが私だなんて思いもしなかった。

「さっきも言ったけど、おもちゃだけでなく動物も人も襲ってくるから気を付けて」

「え、そうなんだ」

「よし、帰ろ」

また足を速めた安藤さんを私は後ろから見つめることしか出来なかった。

(私は…何も出来なかった。任せているだけで。)

自分がひどく小さく思えた。

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