2歩目 生きててよかった
転機は突然やってくる
少年が壁を壊すと決めてから半年が経った
5歳だった少年も6歳になり背が少しだけ伸びた
季節は秋から春へと変わり、子供なりに筋力も少しずつ増やすことができた
そんなある日のこと、名無しの少年に、5人組の少年が話しかける
「おいムメイ!お前は今日から野ネズミの罠を張りに行け!」
先頭の少年が言う
「逃げやがったら容赦しねぇからな!!」
左端の少年が続く
「この5個分の道具、ちゃんと張ってこいよ?」
先頭の右隣の少年が言った
「明日、野ネズミが取れなかったらお前は飯抜き、だからな!」
ニヤニヤしながら言いたいことだけ言って、少年たちは道具を投げて去っていった
「森に行け、か…」
これまで、名無しの少年は森に行ったことがない
森とこの街を区別する低い防壁の上まで伸びる木と、入り口から少し見える緑だけしか見たことがなかった
大怪我をして帰ってくる人もいれば、大きな魔物を狩って帰ってくる人もいる
名無しの少年からは、森は未知に溢れていた
「おいガキ!死にに行くなら遠くでやれよ!」
森から出ようとしたところで門番に言われる
「…?」
門番の言っている意味が分からず首を傾げる
「死にに行くんじゃねぇのか?」
今度は門番がキョトンとして少年に聞く
「ん」
短い返事でコクリと頷く
「そりゃあすまんかったな。痩せ細ったガキが1人で森に行くのは死にに行くようにしか見えなくてな!」
そう言って門番は豪快に笑った
「罠、仕掛け、行く…」
途切れ途切れだが、なんとか自分の要件を言おうとする
「あと、食べ物、見つける…」
持っていた道具を見せつけて、森への要件を告げる
「おおそっか。勘違いした詫びってわけじゃねぇけど、コレやるよ」
門番はポケットから布に包まれたパンを取り出し、半分に割って少年に渡した
「…!あり、がと」
少年は貰ったパンを受け取り、誰にも取られないようにいそいそと食べ始めた
「そんな急いでも返せなんて言わねぇよ」
門番はこどもの頭をわしゃわしゃと撫でる
「名前……」
上目遣いで見ながら、少年は独り言のように小さく呟く
「ん?俺か?帰って来れたら教えてやるよ!」
少年は、パンを食べ終わると初めて門番の姿に視線を向ける
年齢は三十代前半くらいで、背丈は平均的だが筋肉質でがっちりとした狼の獣人だ
茶色の髪からはピンと立ったもふもふの焦茶色の耳が生えている
後ろからはさらにもふもふな焦茶色のしっぽがゆらゆら揺れている
目は薄茶色で、少し吊り上がっている
右上の額と左頬には昔にできたであろう傷跡があった
何かの制服に実を包み、右手に槍を持っている
胸には金色のバッチが付いているが、何を表す物なのか少年には判断がつかない
顔は怖いが笑顔が似合っている
「じゃあ、行く…」
小さく言うと、少年は門から離れて森へ向かう
「奥には行くんじゃねぇぞー」
少年に聞こえる声でそう言うと、門番は手を振っていた
「ん」
門番の助言に返事をして、少年も小さく手を振りかえす
「肉、草、水、果物、ある…!」
少年は森にある物を感動しながら見渡した
「ここ…天国?」
貧民街という地獄で生活してきた少年にとって、森は話で聞く天国のようだった
「肉…早い、取れない……」
兎を捕まえようとして、すぐに逃げれた事を悲しみながら次を考える
「草…食べれる……はず」
貧民街の草は、食べられるものと食べられないもので区別できる少年だが、この森では知らない植物が沢山あり、区別する事ができなかった
「これ…食べれそう」
目の前にあった草に手を伸ばし、葉を一枚口に入れて飲み込む
「これ、食べれる…美味しい…」
パンなどの食べ物には及ばないが、これまで少年が食べてきた草に比べて、かなり美味しいのか次々に草を食べ進める
「うっ…!!」
突然少年が頭を抑えて苦しみだす
「視界が…回る…」
突然眩暈がしたのか、その場にうずくまる
「うっ…ゲホッ!ガハッ!」
急に咳き込みだし、吐きそうになる
「すぅー、ふぅ、ふぅ、」
息を整え、ようやく落ち着く
「たくさん食べない、害ない…少し、食べれる…」
これほどまで苦しんでなお、食べる事を諦めない
「み、水…」
近くにある湧き水へと近づいて、手ですくって飲む
「これが…水?うまい……」
また一口、また一口と飲み進める
「ほんとの水、美味しい…」
これまで、泥水や雨水、血で汚染された川の水しか飲んだことのない少年にとって、これほど綺麗な水は初めて飲んだのだ
「森に来て、来れて…よかった」
自然豊かな森には、街にはない温かさがあった
少年は初めて、生きていてよかったと感じた
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