4-2



 空がオレンジ色に染まったころ。

 部活動を終えた生徒たちは、次々と帰っていく。笑い声であふれていた学校は、だんだんと静かになってきた。

 わたしはというと。空き教室の掃除用具入れに潜んでいた。

 ここは、暗いし。臭いし。じめっとしてる潜む場所としては、最低だ。

 すでに忍び込み作戦を考えたことを後悔してるのは……ここだけの話。

 声は出せないし、なにもすることがない。暇を持て余したわたしは、こくん、こくんと、眠気に襲われてきた。

 ……ダメっ!眠ったりしたら。アリアさんを見つけるんだから!

 そう意気込んでみたけど、うとうととしてきて、瞼が閉じてしまった。

 がくんと、頭が揺れて、次の瞬間にはバランスを崩してしまう。

 ガタッ!大きな物音と共に、わたしの体が掃除用具入れから飛び出した。

 どうやらわたしは、立ったまま眠ってしまっていたみたい。

 慌てて教室に壁掛けられた時計を確認する。

 すると、今の時刻は、18時50分。

 記憶の中では、夕方だったのに。窓の外を見ると、空は真っ暗でだいぶ寝てしまったと気づいた。完全にやらかしている。

 でもこれで、夜の学校に忍び込めたってことだよね?

 結果的には、目標を達成していたようだ。

 しかし、あらためて見渡すと、夜の学校は真っ暗で、シンと静まり返っている。

 いつもの学校とは、雰囲気が全然違う。一気に怖くなってきた。

 わたしは顔をフルフルと左右に振った。

 大丈夫。わたしは、アリアさんの正体を暴くんだから!

 こんなところで、怖がってたら、なにも取材できないよ!

 それに、夜の学校が不気味ってことくらい、覚悟してたんだから。自分を奮い立たせてみたけれど。

 いざ夜の学校に、わたし一人だけだと考えたら…やっぱり怖い。

 不気味な夜の学校の雰囲気に、忍び込んだことを少しだけ後悔する。

 忍び込んでいるんだから、学校の電気をつけるわけにもいかず。わたしは隠し持っていた懐中電灯を照らしながら、夜の学校を徘徊した。

 すぅーっと息を吸い込む。

「アリアさーん。いませんかぁ?」

 思いきって、呼びかけてみた。

 だけど返答はない。夜の学校を徘徊しながら考えてみた。

 アリアさん。

 それはいつからある階段話なのか。

 調べてみたけど、明確な情報は見つからなかったんだよね。

 アリアさんがどんな幽霊で。

 本当にアリアさんなんて幽霊は存在しているのか。新聞部部長の名にかけて、絶対に記事にしたい!

「アリアさーん!出てこーい!」

 そう意気込んでいたのだけれど。真っ暗な夜の学校は、わたしの気持ちをどんどん減らしていく。

 だってやっぱり夜の学校は怖い。

 も、もう帰ろうかな。諦めかけた時だった。


 ヒタッ。ヒタッ。

 なにかを小突いたような物音が聞こえる。

 ドキリと心臓が跳ねる。先生がカギをかけているから、正門は開いていない。だからこの学校に、わたし以外に誰もいるはずがないのに。

 冷やりと汗が背中を流れる。

 もしかして……アリアさん!?

 わたしは息をひそめて、耳を澄ます。

 ヒタッ。ヒタッ。

 ヒタッ。ヒタッ……。

 その音は、どんどん大きくなっていく。

 近づいてきている証拠ってこと。

 ごくり。わたしは息をのむ。アリアさんに会ったら、問い詰めてやろう。

 聞きたいことはたくさんある。

 だけど足が震えてきちゃった。もしも、アリアさんが悪い幽霊だとしたら?

 見つけてしまった途端、死後の世界に連れていかれちゃうかもしれない。

 そう考えたら、ぞわっと全身に鳥肌が立つ。

 怖くないと思っていたのに。いざアリアさんと対峙するかもしれないと思ったら、手も足もふるえている。

 ヒタッ、ヒタッ。

 足音がぴたりと止まった。そして気配を感じる。

 わたしは意を決して、ぱっと顔を上げた。

 すると。

「みーつけた」

 心臓が止まりそうになる。

 な、なんで?

 わたしは驚いて、口がぽかーんと空いたまま。

「え、なんで……」

 目の前にいたのは、アリアさんじゃない。

 ここにいるはずのない人物。

「探したよ」

萌香ちゃんだった。

「え、いったいどうやって?」

 正門玄関のドアは鍵がかけられるはず。だからわたしは学校に忍び込んでいたんだから。

「下校するギリギリの時間に。見回りの先生がチェックし終わったあと、1階の窓の鍵空けといたんだ。その窓から無事に侵入成功!」

 そう言って、イタズラに笑った。な、なるほど!ずっと学校に忍ぶ方法以外にも、そんな方法があったなんて。

 萌香ちゃんの考えた方法は、わたしの忍び作戦よりも効率が良くて感心してしまう。

「……きてくれたんだね!」

 わたしは、萌香ちゃんにぎゅっと抱き着いた。正直、萌香ちゃんが来てくれて、ホッとしたんだ。

 夜の学校。このいつもと違う空間。誰かいてくれるだけで、こんなにも心強いだなんて。

 怖くて強張っていた顔が自然とほころぶ。

「アリアさんの情報はつかめたの?」

 わたしたちは、懐中電灯で照らしながら、学校を見回ることにした。

「それがさ全然。1階をぐるりとして、今は二階を探索してたんだけど。幽霊らしきものに出会ってないよ」

「そっか……」

「やっぱり、アリアさんなんて存在しないのかなー」

 こうして夜の学校を一緒に歩いているのが、不思議な気分。さっきまで一人の時は、怖くて仕方がなかったのに。

 萌香ちゃんが来てくれた途端、なんだかイベントの様に思えてきた。

「それは困ったね……」

「うん。でも、もういいかなー。なにもなければもういっかーって」

 充分すぎるくらい夜の学校を探し回った。だけどアリアさんなんて、存在しなかったんだ。

 そうだよ。「招待状を送る幽霊アリアさん」なんているはずがないのに。

 がっかりしたような、安心したような。いろんな感情が混ざる。

「今日はもう帰ろっか!アリアさんの記事のことは、また考えようよ!」

 スクープ記事が書けないのは残念だけど。これだけ探していないんだから仕方ないよね。それに、さっきは本当に怖かったわたしは、アリアさんを追いかけることを辞めたいと思い始めていた。

 夜の学校から帰ろうと、階段を降りようとすると。萌香ちゃんは、2階の廊下に立ち止まったまま動かない。

「そっか。残念だな」

 萌香ちゃんは、肩を落として残念そう。

「萌香ちゃん? どうしたの?」

「じゃあ、私がそのスクープもらっていい?」

 ぽつりと聞こえた声。

 いつもの萌香ちゃんの声色と違うような気がした。

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