迷い人4人目 招かれざる人

4-1



 わたし柊七緒(ひいらぎななお)、中学三年生。

 学校でのできごとや、地域の話題などを記事にしてまとめ、生徒たちに伝える新聞部。

 その新聞部の部長を任されてるの。

 わたしは学校新聞を作ることが大好きなんだ。

 ネタを調べたり、大変な作業の繰り返し。

 だけど、無事発行できたときの達成感…!

 読んでもらえた人からの反応は、心の栄養剤だった。

 こんなにも楽しい新聞づくりはやめられない。

 新聞部の部室の前の廊下には「情報提供箱」と書かれた箱が置いてある。

 気軽に情報提供をしてもらうためのもの。

 直接は言いずらいけど、著名だったら言ってもいいかな。という人は案外多くて。たまにとんでもない情報が入っていることもある。

 いつものように、情報提供箱に入っていた紙を読んでいたときだった。

 わたしは思わず背筋が伸びた。

 そこに書かれていたのは……。

 …………

 こんにちは。

 新聞部さんはアリアさんのことを悪い幽霊と記事にしますが、アリアさんは良い幽霊だと思います。

   H.T

 …………

 そう書かれていた。こ、こんなもの…ウソだ!思わず紙を破きそうになる。

 「アリアさん」それはこの学校の生徒ならみんなが知ってる幽霊の名前。

 アリアさんに招待状をもらった人は、恐ろしい目に逢って行方不明になるんだって。そんなアリアさんが、良い幽霊だなんて……!

 そんなことあるはずがない。だってアリアさんはこの学校の生徒から恐れられているんだから。こんなデタラメを情報箱に投稿するだなんて。イタズラなのかな。

  紙を掲げて、もう一度考えてみた。そして、ある結論が出る。

「良い幽霊なんているはずないでしょー‼」

 いくら考えても答えは一緒だ。だって幽霊は存在だけで、人を怖がらせるんだから。

 良い幽霊なんているわけがないもん!飛び出た否定の声は思っていたより大きかったみたい。

 近くで作業していた萌香ちゃんが、心配そうにわたしの様子をうかがいにきた。

「な、なにかあった?」

 萌香ちゃんは同級生で、黒髪のロングヘアが似合う女の子。一年生の頃からこの新聞部で活動してきた。友達というより、いっしょに頑張る仲間って感じ。

 そんな萌香ちゃんに、情報提供箱に入っていた紙を、でんっと見せてみる。

「これ見てよ!」

「なになに……『アリアさんは良い幽霊だと思います』?」

 萌香ちゃんは読み終えると、首をかしげる。

「アリアさんが良い幽霊なんてありえないよね!」

 わたしが同意を求めると、萌香ちゃんはうーん。と遠くを見つめる。

「これを書いた人は……イタズラか。ほんとうにアリアさんに助けられたとか?」

 萌香ちゃんの言葉に、わたしはふるふると頭を左右に振る。だってアリアさんが人を助けるなんてこと。あるわけないもの…!

「イタズラに決まってるよ!」

 わたしは言い切る。だって本当のことだもん。良い幽霊なんているもんかっ!

 わたしは情報提供箱に入っていた紙を丸めてごみ箱に投げ捨てた。

 ニセモノの情報なんていらない…!それに、アリアさんが良い幽霊なんて新聞記事。

 いったい誰が喜ぶのかな?

 アリアさんの記事を書くなら、身の毛がよだつくらい怖くてハラハラするような!

 そんな記事の方が、絶対人気になるよね。そんなことを考えていたら。

「アリアさんのこと記事にできたら、人気でそうだよね」

 萌香ちゃんは、ぽつりとつぶやく。まるでわたしの心を読んだかのようだった。

「萌香ちゃんってエスパー⁉」

 わたしがずいッと体を乗り出すと、萌香ちゃんは苦笑いを浮かべる。


「そうだよっ!アリアさんのこと記事にしようよ」

「それは、前から議題に上がってるけどさ。『アリアさんの情報がつかめないから無理だ』って結論出たでしょ?」

 萌香ちゃんは淡々という。

 

 その通りなんだ。アリアさんのことを詳しく記事にしたいという提案は、ずっとあるものだった。だけどある情報としたら……。

 銀色のウェーブがかった髪。女の子の容姿。

 本当かウソかわからない、見た目の情報。

 この噂も、真実はわからないんだよね。

 アリアさんの噂はたくさんある。

 だけどどれも情報が少なすぎて、みんなが知っている噂話を記事にすることしかできなかった。

 校内新聞は、全校生徒に広く伝えることが役目なのに。アリアさんのこととなると、みんなが知っている情報しか載せられていない。

 本当はみんなが驚くようなアリアさんの記事を書きたいのになぁ。

「……読む人があっと驚くような記事書きたいと思わない?」

 学校新聞のオカルトコーナーは反響がある。みんなハラハラ、ワクワク読んでくれてるんだ…!

「それは、思うけど……」

 萌香ちゃんは、引っ込み思案な性格。新聞部での活動でも、自分からガンガン情報を集めるようなタイプではなかった。

 今も、下を向いたまま。イエスもノーも言わない萌香ちゃん。

 わたしは少しだけムっとしてしまう。

「わたしは部長で、萌香ちゃんは副部長なんだから、ガンガン行こうよ! もっとスクープ取らないと!」

 ガッツポーズをつくってみせる。すると萌香ちゃんは弱弱しく笑った。

「……だねっ!」

「もっと強欲にネタをとりにいかないとねー。……そうだっ!」

 そのとき。わたしはあることを思いついてしまった。

「そうだよ!こっちから探しに行けばいいんだ!」

「え、なにを?」

 萌香ちゃんは、首をかしげる。

「わたし、アリアさんを……本物を探してくる!」

 そうだよ。情報が少ないっていうなら。自分から探しに行けばいいんだ……!

「でもさ……アリアさんには、招待状がないと会えないんじゃない?」

 萌香ちゃんの言うとおりだと思う。アリアさんに会うためには、招待状をもらうしかない。

 どうしたら、黒い手紙が届くのかな。

「そうだよね。どうしたら黒い手紙が届くんだろう」

「うーん」

 わたしたちは、二人とも頭を悩ませた。みんなが怖がってるアリアさんからの招待状。

 わたしだったら、両手を上げて喜ぶのになぁ。そんなことを考えていたら。

「あ、ひらめいたかも!」

 それは招待状をもらわなくても、夜の学校に入れる作戦。

「夜の学校に忍び込んでいればいいんじゃない?」

 萌香ちゃんは驚いたように目を丸くさせる。そして。

「でも……昇降口の鍵は、担当の先生がしっかり鍵を閉めるんだよ? アリアさんの噂が広まってるからしっかりしてるって聞いた」

 そういえば、そうだった!……そこが大問題なんだよね。この学校は、その日の担当の先生が昇降口の鍵を閉めて帰るんだって。

 二人の先生で担当してるから、忘れることなんてまずないらしい。

 またとんでもないことを閃いてしまった!

「あ、わかった! 最初から学校にいればいいんだよ」

「最初からって?」

 萌香ちゃんは、きょとん顔で聞き返す。

「先生たちが鍵を閉めて帰るときに、学校の中にいればいいんだよ!どこかにひっそりかくれておくの!」

 鍵をかけられてしまえば、夜の学校には入ることができない。でも、鍵をかけられる前から学校にいればいいんだ。

 すごくいい考えじゃないかな!自分の提案したことに、わたしの胸はわくわくと弾む。だけど。

「ウソでしょ……そんな作戦危ないよ」

 どうやら萌香ちゃんは、反対らしい。呆れたようにため息をついた。

「だって、その方法しか夜の学校に忍び込める方法ないじゃん!」

 この作戦が無茶苦茶だってことは、わたしも知ってる。だけどここまで来たらもう開き直るしかない!

「……本気なの?」

 萌香ちゃんはまだ納得していない様子。わたしは大きくうなずく。

「うん!本気だよ!それに、ばれなければ大丈夫!」

「でも……夜の学校でひっそり忍んでるなんて怖すぎない⁉」

 うっ。そういわれると、少し怖気づいてしまいそうになる。

「こ、怖くないよ! わたしはスクープのためなら……こわくない!」

 心の奥に顔を出した怖いという感情を消したくて。わたしは、にかっと笑った。

「スクープかぁ」

 萌香ちゃんは、ぽつりとつぶやいたあと、悲しそうにほほ笑んだ。ひょっとして、なにか気にしてる……?大丈夫だよ。だって、ここはわたしが……!

「大丈夫!わたしが萌香ちゃんの代わりに、でっかいスクープ取ってくるから!」

 なんだか悲しそうな顔をしたので、わたしは励ますように大きな声を出した。この学校で怖い噂があるアリアさん。恐怖のエピソードを手に入れて。アリアさんには、みんなが震えるような恐怖の存在になってもらわないとね。

 こうして、わたしはアリアさんのスクープ記事を書くために。夜の学校に忍び込むこととなった。

 この時は知らなかったんだ。

 まさか、あんな事件が起きるなるなんて――。

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