4-3



「私がアリアさんのスクープ記事書いてあげる」

 そう言って、にこっと笑った。

 も、萌香ちゃん?どうしたの?

 なんだか萌香ちゃんの笑顔が、不気味に見えた。

 それにこんなに低い声は、はじめて聞いたから。様子のおかしい萌香ちゃんに戸惑っていると。

 ドンッ!!

 急に近づいてきたと思ったら、肩を強く押された感触。

 ゆらりと体が後ろに下がる。

 あ、危ない!わたしは慌てて、手すりを掴んだ。場所はちょうど階段。手すりにしがみつかなければ、わたしは階段の下に落ちていた。

 サーっと血の気が引いていく。

「な、なにするの⁉ 今階段から落ちるところだったよ!」

「もちろん、知ってるよ?」

 にこりと笑う。その笑顔にぞくっと寒気が走る。

 も、萌香ちゃん?いったいどうしたの。

 私は体制を立て直して、階段から離れた。

 二階の廊下に立ち止まる萌香ちゃんと、少し距離を取るようにして、わたしは身構える。

「ねえ、七緒ちゃん。今までわたしに言ってきた言葉……覚えてる?」

 目の前にいるのは、よく知っている萌香ちゃんのはずなのに。わたしはビクっとしてしまう。

「『萌香ちゃんは副部長なんだから、ガンガンいこうよ』」

「『もっとスクープ取らないと!』」

 萌香ちゃんが口にするのは、かつてわたしの口から出た言葉。

 わたしが萌香ちゃんに言った言葉たち。

 こうして言われてみて気づいた。わたしが萌香ちゃんに言っていた言葉は、ぐさりと心に刺さるような。

 励ますために言っていた言葉だった。だけど、萌香ちゃんにとっては、棘のある言葉になってしまったんだ。

「七緒ちゃんはさ、新聞部で活躍してて、一番評価されてるんだから。もう十分でしょ?」

「も、萌香ちゃん?」

 なんでだろう。萌香ちゃんが、ちょっと……怖い。

「七緒ちゃんが私に教えてくれたんだよ?もっと強欲にネタをとりにいかないとって……」

 そう言って、ふわりと笑う。 いつも見てきた笑顔のはずなのに。ぞわっと寒気が走る。

「だから、私も七緒ちゃんみたく、がんばってみることにしたよ」

 萌香ちゃんが、わたしに近づいてくる。なんだかこわくて、わたしは反射的に一歩下がった。

「特大スクープがないならさ! 作ればいいんじゃないかなって思ったの!」

「つ、つくるって……?」

 わたしは恐る恐る聞き返す。

「私の記事のために、体張ってくれるよね?」

 いったい、何を言っているの?

 混乱するわたしに萌香ちゃんは続ける。

「死ななくてもいいから。ただ、意識不明くらいだとちょうどいいかも」

 い、意識不明⁉なにを言っているの?

「や、やだなぁ……そんな冗談面白くないよ」

 声がふるえた。萌香ちゃんの言ってることが、冗談であってほしかった。

 だけど淡い期待はすぐに打ち砕かれる。

「ははッ!アリアさんの正体を追った新聞部のエース。夜の学校で転落事故!どう?この見出し。最高にエンタメじゃない?」

 叫んだ声が、静まり返った学校に響き渡る。はじめて萌香ちゃんが怖いと思った。

「萌香ちゃん……ご、ごめんね。わたし……」

「謝らないで!七緒ちゃんのおかげで、思いついちゃったんだもん!これで良い記事が書けそうだよ!」

 なんだろう。会話をしているはずなのに。

 全く伝わっていないような。

「とりあえずさ……死ななくていいから、意識不明になってもらえる?」

 冗談で言っているわけじゃないとすぐに気づいた。ぎろりと睨まれた目は、本気の目だったから。

 わたしはごくりとつばを飲み込んだ。そして、勢いよく地面を蹴った。ぐるりと、萌香ちゃんの反対方向に向かって走った……!

 懐中電灯をもっているけど、前を照らす余裕なんてない。暗闇の中を必死に駆け抜ける。

 ハア、ハア、

 どうしよう……。萌香ちゃんのことが、こわいよ。心臓がドクンドクンと跳ね上がる。

 全速力で走った。そのはずなのに、すぐ背後に気配を感じる……。

 ハァ、ハァ。

 耳元に聞こえてくるのは、萌香ちゃんの息づかい。

「いたっ、」

 近くに気配を感じると同時に、ぐいっと腕を強い力で後ろに引かれる。

「知らなかった。七緒ちゃんより、私の方が足早いんだ」

 振り向くと、ニコッと笑っている萌香ちゃん。

 全速力で走ったのに、簡単に追いつかれてしまった。

 掴まれた腕を振り払おうとしても、ぐっとつかまれた腕は離れそうにない。

「い、いたいよ!」

 痛みだけが腕に広がっていく。そのまま腕を引っ張られて、足も動いてしまう。

「や、やめて!萌香ちゃん!」

 しばらく進むと、ぴたりと足が止まる。

「ねえ、ここから落ちたらさ、どうなると思う?」

 横を向くと大きな窓。ここから落ちたらって……。

 ま、まさか!この窓からってこと?

 萌香ちゃんが、ガラリと窓を開ける。

 ひやりと、外から冷たい風が吹き込んだ。

 ここは二階。窓から落ちたら……。

 それは――。

「な、なに考えてんの? 窓から落ちたら、死んじゃうよ!」

「やめない! 私がとびきりのネタを書いてあげるから」

 両肩をガシッと掴まれた。そのままぐっと押される。わたしは慌てて窓のふちを両手でつかんだ。

 だってこのままだと、窓の外に押し出されてしまう。

 ぐっ!!どんどん力が加速する。

「任せてよ!『新聞部の部長。アリアさんのネタを追ったが、二階の窓から転落。きっとアリアさんの仕業だろう』ねえ、いいと思わない?きっと今までで一番の反響間違いなしだよ!」

 そういって、目を輝かせる。わたしを押す力は止まらない。それどころか、どんどん押し出す力が強くなっている。

 なんて力……!力では勝てそうにない。

「私が素敵な記事にしてあげるからさ」

「や、やめて!お、おかしいよ!」

「七緒ちゃんが、言ったんじゃん。ネタを自分で探しに行かないとって」

「言ったけど。それは……」

「だから作ることにしたの。良いネタを!」

 わたしは足にぐっと力を入れて、歯を食いしばった。

 やめて!このままだと、わたし……。

「ア、アリアさんなんて、いなかった。それでいいじゃん」

「だから私が作ってあげるよ。七緒ちゃんの転落事件を……ね」

 わたしの体は、さらにドンっと押される。

「ちゃんと悲劇に書いてあげるからさ……。新聞に映えそうなケガでよろしくね?」

 ふと、一瞬力が弱まった気がした。同時に少し気が緩む。

 つぎの瞬間。 肩をドンッと押しだされる。

 あ、これダメだ。……このまま、落ちるっ!!慌てたわたしは、ぐッと萌香ちゃんの服の襟元をつかんだ。

 絶対に落ちたくない!離すもんか……!

「や、やめてよ!離してっ」

 焦った萌香ちゃんは、身体をねじる。

 あ、だめだ。足元が宙に浮く感覚。

「た、助けて……」

「離してってば!私まで落ちちゃう…!」

 お互いにバランスを崩してしまった。

 そう思った瞬間。

 ふわりと、全身が宙に浮くような感覚。

 そして……二人の声が重なった。

 

「「きゃぁぁぁぁぁああー!!」」


 重なった叫び声は……。

 二つの影と共に、外の暗闇に消えてしまった。


**


 3年3組の教室。

 ざわついた空気の中、あちこちから同じ話が聞こえてきた。

「ねえ知ってる?新聞部の2人、今入院してるんだって」

 ポニーテールに結んだ女の子が、隣の女の子に投げかける。

「え! 二人とも? どうしたんだろう?」

「夜の学校にいたとか。いないとか……」

 女の子たちは、ピクリと眉をひそめて顔を見合わせた。

「アリアさんの正体を探ってたらしいよ」

「それって……」

「アリアさん……か、やっぱり……」

 女子生徒たちは、ごくりと息をのむ。

 そして声を合わせた。

「「絶対アリアさんの仕業だよね!!」」

 こうして、またひとつ。

 アリアさんの新しい噂が広まってしまった。

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