3-3



 「この子が、あなたに言いたいことがあるんだって……」

 きっと、ましゅちゃんは、わたしに怒っているんだ。

 だから幽霊のアリアさんの力を借りて、わたしに復讐したかったんだ。今までの恐怖がよみがえって、わたしは身体をふるわせる。

「アリアさんと、ましゅちゃんは仲間なの? やっぱり、ましゅちゃんが怒ってるから、わたしに呪いをかけてるの?」

 どこかで予感はしてたんだ。病気でもないのに、ずんとおもりがのったように重くなる体。

 誰も押し入れから出していないのに、勝手に出ていたましゅちゃん。

 信じられなかった。いや、信じたくなかったんだよ。

 ましゅちゃんが呪いの人形になるだなんて。

 どうして、こんなことになっちゃったかな。ううん。最初にましゅちゃんを手放したのはわたしの方だ。

 子供の頃はあんなに一緒にいて、必要としていたのに。新しい友達ができた途端に、ましゅちゃんを放置したのはわたしだ。ああ。思い返したら、わたしって最低だなあ。

 呪われたって仕方ないよね。そう考えたら、申し訳なくて胸が苦しくなる。

 そう思ったのだけれど。アリアさんは呆れたようにため息を吐いた。

「はあー。何言ってるの?全然間違ってるよ」

 ぷんと頬をふくらませて、子供のように拗ねる。いったいどういうこと?

 ましゅちゃんはわたしになにかするために、アリアさんと手を組んだんじゃないの?

「もう……!アリアが教えてあげるよ!憑いてるのはその子じゃないよ?」

 アリアさんがわたしの右の肩を指先している。ゆっくり視線をたどると……。

「いやあ――‼︎」

 わたしのすぐ後ろに黒いモヤがかかった人とは呼べないナニカが立っていた。人とは呼べないナニカ。そう思ったのには理由がある。

 その子がこの世の人ではないと、すぐに分かったから。

 全身が黒のもやで覆われていて、顔は見えない。

 アリアさんは、不気味さを感じるものの。見た目は女の子そのもの。だから、人の形を保てていないこの幽霊が、余計に不気味で怖かった。恐ろしくて腰を抜かしそうになっていると。

『ネエ、アソボーヨ』

 頭に響くような不気味な声。

 幽霊はわたしに向かって手を伸ばしてくる。

「いやっ‼」

 反射的に後ずさりした。そのおかげで、なんとか触れられずにすんだけど。

 もしも、あのまま触られていたと思うと……。わたしはぞっとして、足元が寒くなった。

「あなたはいったい誰なの? な、なんでわたしに憑いてるの?」

 わたしはハッとした。身体が重かったり、肩が痛かったのって。ましゅちゃんの呪いだと思い込んでいたけれど……。

「も、もしかして……この幽霊のせいなの?」

 わたしの質問に、薄気味悪くにたーと笑った。

 不気味で、怖くて泣きそうになる。なんで?どうしてわたしなの?

「なんで……わたしなの?」

 声が震えた。だってこんな幽霊知らないもん。憑かれる理由が分からないよ。

「この幽霊はあなたに執着してるみたいだね。クスクス」

 アリアさんは、怯えるわたしの様子を見て楽しそうに笑う。

「ねぇ、アリアさん!あの幽霊が消える方法あるなら教えてもらえないかな⁉︎」

  頭上にふわりと浮かぶアリアさんに質問する。

 この学校の生徒を怖い目に遭わせるアリアさんに、助けを求めるなんて。自分でもどうかしてると思う。だけど目の前の人の形を保ててない幽霊より。

 女の子の姿に見えるアリアさんの方が、味方に見えちゃうんだもん!

「えー。どうしようかなぁ。アリアと遊んでくれる?」

「た、助けてくれるなら!あの幽霊から助けてくれるならあそぶよ!」

 もうヤケクソだった。だって、どの選択が正しいのかわからない。

『アソボーヨ!!』

 話し合いをしているわたしたちの間に割って入ってくる。どうやら待ってはくれないみたい!幽霊は不気味な声をあげながら、こっちに向かってくる。

「こ、こないで!!!!」

 黒い幽霊が追ってくるので、わたしは逃げるためにかけだした…!後ろを降り向くと、しっかり後を追いかけてきている。

 イヤだ。なんで追いかけてくるの⁉︎怖くて泣きそうになる。

「今日はわたしも逃げる側なのね。フフフッ、いつも追いかける側だったから、うれしいナ」

 アリアさんは、ふわりふわりと浮いてわたしの後をついてくる。

『いつも追いかける側』

 確かにそう言ったよね?よし。その物騒な言葉は聞かなかったことにしておこう。

「ねえ、あなた最近どこかに出かけた?」

 いつのまにか、近くを浮上していたアリアさんはわたしの顔を覗き込む。目の前の奇妙な見た目の幽霊を見たからなのか、アリアさんに対しての恐怖心は薄れていた。まあ、アリアさんも幽霊のはずなんだけどね。

「えっと、お父さんと川に釣りに……」

 わたしは走りながら、なんとか質問に答える。

「フフッ。そこで憑いてきちゃったのかなー。ここら辺の幽霊じゃなさそうだもん。クスクス」

 アリアさんは、なんだか楽しそうに笑う。ましゅちゃんを両手で抱きかかえながら。

 その様子をみて、違和感を覚える。

 あれ……。ましゅちゃんの腕がほつれてる。今にもぽろっと取れてしまいそうだ。そしてあちこちが傷の様に裂けていた。

 なんだか、どんどんぼろぼろになっていく気がする。いったいどうして?

 ましゅちゃんの様子の変化に、気を取られていた時だった。

 急に肩のあたりがずんと重くなる。

 この重みは、あの日からずっとあったものだ。

「……っ、おもい……なんで、」

 ずんと、なにかが絡みついているように重い。ふと、気配を感じた。慌てて後ろを振り向いた。だけど、わたしを追いかけていた黒い幽霊の姿はない。

 あれ、さっきまで後ろにいたのに……。

 幽霊の姿はいなくなって。

 ほっとするどころか、なぜかイヤな胸騒ぎがする。おそるおそる一番痛みを感じる右肩に視線を落とすと。

「いやあーー‼」

 わたしは思わず声をあげた。だって私の肩に、ニヤリと笑う幽霊が。

 ぎょろりと、目玉らしきものと目があった。

『トモ、ダチ……』

 背後を走っていた黒い幽霊は、わたしの肩に憑いていた。

 身体が震えてしまいそうになるほど、気味の悪い声。

 慌てて振り払うように離れても、幽霊はヨタヨタとわたしにむかってくる。

「やだ!やめて…!わたしはあなたの友達じゃない!」

『キャハハハ…!トモ、ダチ』

 必死に訴えるけど、わたしの話なんて聞いていないようだった。

 ニタニタとを笑う表情が怖くて、寒気が止まらない。

 笑いながら伸ばしてくる手から逃げるように走った。

「クスクス。上手にさけられたね!あの手に捕まってたら、連れていかれちゃってたよ。フフッ」

 またわたしの近くをふわりと浮いているアリアさん。なんだか楽しそうにはなす。

「連れていかれちゃうって……?」

「そりゃあ、こっちの世界にだよ!なんかあの子はあなたをトモダチだと思ってるみたいだね」

 なにそれ、困るよ。勝手に幽霊に友だち認定なんてされちゃったら。

 わたしは幽霊から逃げるために、暗くて光もない夜の学校内を必死に走った。


 ……ハア、ハア。息が上がる。

 どこを目指せばいいのかわからない。光がない夜の学校の恐ろしさに足が震えた。一度足を止めてしまえば倒れてしまいそうだった。

 息を吸うのが苦しくなってきた。すると、窓から差し込む月の光で、目の先にある教室が音楽室だとわかった。

 もう、走りすぎて足が動きそうにない……そう思ったわたしは、そのまま音楽室へと逃げ込んだ。

 体を隠すために、グランドピアノの下に潜り込む。全速力で走ったせいで、ハァハァと息が荒くなる。

 自分の口を両手でふさぎ、息をひそめた。

 ここにはこないで。お願い…!

 心の中で願ったけど打ち砕かれるのは、思っていたよりずっと早かった。

『キャハハハ。トモ、ダチ』

 幽霊はすぐに音楽室へとやってきた。まるでわたしの居場所を知っているかのように。

『かくれん…ぼ?タノシイネ』

 か、かくれんぼ!?そんなあそびしてるつもりなんてないのに。

 楽しんでいるかのように、ケラケラと笑った。その不気味さに、ガタガタと体が震え出す。

 怖いよ。誰か助けて。

 そう願いながら目をぎゅっとつむる。

 すると幽霊の声も、物音も聞こえなくなった。あたりはしんと静まり返っている。もしかして、音楽室から出てった……?

 確認しようとぱちりと目を開けた。つぎの瞬間。

「あ、あ……きゃーー‼」

 ぎょろりとした目玉が、すぐ目の前に…!

 慌てて這いつくばりながら、ピアノの下から飛び出した。

 すぐ音楽室から逃げないと…!しかしさっきまで近くにいた幽霊は、今度は出入り口のドアの前にいる。

 それはまるで出口をふさいでいるかのように。

『キャハハ。かくれ、んぼ。タノシカタ』

 にこりと笑った。でも。

 次の瞬間、がらりと表情を変える。

『……もうオシマイ』

 ボソリとした声にぶわりと全身に鳥肌が立つ。きっともうだめだ…!逃げられない。そう悟った。

『トモ、ダチ、ナカ…ヨク』

 ケタケタと笑いながら、幽霊は手を伸ばす。

 30センチ……!

 10センチ……!

 もう……すぐ目の前。逃げる道も気力もない。もうだめだ。ぎゅっと目をつむる。

 ――ぐしゃり。

 潰れた音が響きわたる。

 いっ、……たくない。

 何かがつぶれる音が、確かにしたのに。ちっとも痛みを感じない。ゆっくり瞼を開けると、目を疑った。

「えっ、どうして……」

 わたしの目の前には、ぐしゃりと潰されたましゅちゃんが倒れていたのだ。

 思わず急いで抱きかかえた。

「ま、ましゅちゃん……!?」

 すると、右腕がぽろりと取れてしまった。

 お腹の部分も握りつぶされたようにへこんでいる。

 目の前の出来事を信じたくなくて、わたしはふるふると顔を振る。

 まさか、まさか!

 ましゅちゃんは、わたしのために……。?

 わたしの身代わりになってくれたのだ。

 もしきてくれなければ、きっとわたしの体が潰されていた。悔しさと悲しさで顔がゆがむ。

「なんで、どうして……。わたしを恨んでたんじゃないの?」

 ぽろぽろと涙がでてくる。するとその時。

「とも、だち…だから」

 確かにましゅちゃんの体から聞こえた。

 抱きかかえた距離でやっと聞こえるくらいの声。だけど確かに聞こえたんだ。

「うん。ましゅちゃんは、はじめての友達だよ。ごめんね。ごめんね」

 そう。ましゅちゃんは幼い頃のわたしにとって、唯一の支えだった。

 それなのに、わたしはごみ箱に捨ててしまったなんて。

『トモ、ダチ、‼︎ トモ、ダチィィ!!」

 幽霊は狂ったように悲鳴をあげると。

 断末魔のように音楽室が揺れた。

 わたしはましゅちゃんをぎゅっと抱きしめる。

「あの川から連れてきちゃったならごめんなさい! でも、わたしはあなたと友達になれそうにないです!!」

 幽霊に言葉が通じるなんて保証もないけれど。

 わたしは、ハッキリと言い切った!

 はっきりと言いきった途端。

 幽霊は、ぱたりと動かなくなる。そして。

 ゆっくりと黒いモヤが体ごと空気に溶けていく。

 目の前で起きていることが一瞬の出来事で、思わず固まってしまった…。ハッと息をすることを思い出す。

「なーんだ!あの幽霊はただトモダチが欲しかっただけみたいだよ!消えちゃって。かわいそうに。クスクス…」

 どこからか現れたアリアさん。意地悪に笑う。そんな……!ただ友達がほしかっただけ。と言われても。わたしは、幽霊と友達になんてなりたくないよ!

 あの幽霊が消えてくれて、ホッとして泣きそうなくらいなのに。そんなことより!

 わたしは抱きかかえたましゅちゃんのことが気がかりだった。

「ねぇ、アリアさん! わたしに憑いてたのは、あの黒い幽霊だったんだよね?」

「そうだよ?」

 だったら。ましゅちゃんは、いったい……?

「ましゅちゃんは……どうしてわたしの前に現れたの?」

「まだわからないの?」

 ふんっと眉をひそめるアリアさん。なんだか怒っているように見える。

「あの幽霊が憑いてきちゃった日から、あなたが連れていかれなかったのは、その子が必死に守ってくれたからだよ!」

 つまり、ましゅちゃんがいなかったら。

 わたしはあの幽霊に連れていかれてたってこと!?

 ウソ!そんなことが……。だって、だって。

 なにも知らずにましゅちゃんをゴミ箱に捨てたなんて――!

「そんなにボロボロになるくらい、身を挺して守るなんて……アリアには信じられない」

 そう言って呆れた顔をする。ま、まさか!こんなに身体がボロボロになったのは、わたしを守ってくれていたからなの!?

「ましゅちゃん、ごめん!守ってくれてたなんて知らなくて。捨てたりしてごめん!」

『人形って魂がやどるっていうよね!』

 葉月ちゃんが言っていたことを思い出した。

 ましゅちゃんには魂が宿ってたんだ。

 そして、わたしを必死に守ってくれた。

 それなのに。それなのにわたしは……。

 なんてひどいことをしてしまったんだろう。

 ましゅちゃんをゴミ箱に捨ててしまった後悔と。呪いの人形だなんていった罪悪感。いろんな感情で、ぽろぽろと涙が流れた。


 **


「裁縫セットなんて持ち出してどうしたの?」

 お母さんは針と糸をもって格闘するわたしに、驚いたように声を掛ける。

「ましゅちゃんの腕が取れちゃったから、なおすんだよ!」

 不器用に針と糸を使う私を見て、呆れた顔をする。


 あの後、気づくとアリアさんの姿は消えていた。

 おそるおそる閉められていたドアを開けると、すんなりと開いたんだ。

 夜の学校に招待されたら。

 恐ろしい見た目の幽霊に追い回されて……。

 あの出来事は、現実とかけ離れすぎてた。

 まるで、すべて夢だったような…。

 そんな風に思ったけど。

 ぼろぼろになったましゅちゃんをみて、現実だったとも思い返した。


「下手くそだなぁ。お母さんがやってあげようか?」

 ましゅちゃんの腕をなかなか上手く直せないわたしを見て。

 お母さんは痺れを切らした。だけどわたしは断る。

「わたしが治してあげたいんだ」

「あらあら。そんな子供みたいなこと言って……ぼろぼろになった人形なんて捨てた方がいいわよ」

「捨てないよ!」


 わたしはすぐに言い返した。もう捨てないよ。

 だって、わたしとましゅちゃんは友達だから。

 そう伝えた瞬間、薄いピンクの瞳がキラっと輝いて見えた。

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