2-2



 わたしは重たい気持ちを抱えたまま、夜の学校の前に立っていた。迷いがなかったわけじゃない。何度も来るのを辞めようとした。

 でも、アリアさんの噂が怖くて、結局やってきてしまっったんだ。

 正面玄関の大きな時計の針は18時57分。

 約束の時間が迫っていた。ここまでは来てみたけれど、誰もいない真っ暗な学校に入る度胸はなかった。怖くて、その場から動けずにいた時だった。

「まってよ。本当に怖いんだけど……」

「大丈夫だって。こんなの誰かのイタズラだろ?」

 知っている声が背後から聞こえた。

 振り返ると、そこにいたのは、梨々花ちゃんと優斗。

 な、なんで……。二人が夜の学校に?

「ふ、ふたりとも。どうしてここに? もしかして二人も招待状をもらったの?」

 二人の顔をみたら、恐怖心が少し薄れて、心が軽くなったような。すごく心強かったんだ。弾むように二人に駆け寄ると……。

 梨々花ちゃんと優斗は、わたしの顔を一切見ずにスッと横切った。

 あからさまに無視された。悲しみが波のようにおそってくる。

「……ま、まってよ?」

 これ以上無視されるのが怖くて声が震える。

 ここで私は思い出した。

 私は梨々花ちゃんを階段から突き落としてしまった。

 だから二人が怒っているのだと。

 謝ろうと顔を上げた時だった。

 梨々花ちゃんと優斗は、あっというまに学校に足を踏み入れていた。私は慌てて後を追いかける。

「ま、まって! ちゃんと謝りたいの……」

 追いかけるように、夜の学校に足を踏み入れた。途端に、ひゅっと寒気がしてぶるっと体がふるえた。

 なんだかすごくイヤな感じ。胸騒ぎがして、すぐに帰りたくなった。

「ねえ、やっぱり変だよ。帰ろう?」

 そう二人に提案したときだった。

 ゴーン!ゴーン!

 低く不気味なチャイムの音が鳴り響く。

 それは、昼間に聞くチャイムとは、まるで音色が違う。

 不気味で頭に直接響くような、聞いていて耳をふさぎたくなるような音だった。

 

 その音に反応して、私たちは一斉に耳をふさぐ。それと同時に……。

 ――バンッ!!

 大きな音と共に、昇降口のドアが乱暴に閉まった。

「え、なになに? だから言ったじゃん。夜の学校なんて、梨々花怖いよ……」

 梨々花ちゃんの声は震えていた。

 涙を潤ませて、優斗の腕にしがみついている。

 わたしはそんな梨々花ちゃんの様子をみて、ホッとため息をついた。

 階段から落ちたって言うから、大きな怪我をしてるんじゃないかと心配していたからだ。

 わたしは二人に駆け寄ろうとする。でも、足が止まった。優斗が泣いている梨々花ちゃんを、ぎゅっと抱きしめていたから。

 その姿を見たら、胸が引き裂かれたように痛くて進めなくなった。

 まただ。この感じ……。仲間外れにされているような。今、私は完全に蚊帳の外。

 今までは三人ずっと一緒だったのになぁ。ギシギシとした不快感が襲ってくる。このままの関係は、いやだ……。私は意を決してグッと手に力を入れた。

「あ、あの……梨々花ちゃん、」

 謝ろうと口を開いた時だった。

 梨々花ちゃんが目を丸くさせて固まっている。そして。

「あ、あれ! 見てっ!」

 そう言って指を刺したのは、わたしの背後。

 くるりと振り返ると、息が止まった。

「クスクス……全員きてくれたのね」

 銀色のふわりとした髪の毛をふわりとなびかせて。

 真っ黒のワンピースを着た女の子が、にたっと笑っていた。

「キャぁぁぁぁ!!!」

 一番に声をあげたのは梨々花ちゃん。

 隣にいた優斗くんの腕に、ひしっとしがみつく。

 わたしたちはその場にたちすくんだ。

 明らかにおかしいんだ…!だって体が宙に浮かんでいたから。ふわりと浮いた女の子はわたしたちの顔を見渡すと……。

「今宵は、みんなでなかよくあそぼうね」

 童謡をうたうかのように、なめらかにいう。

「あ、あんたがアリアさんなのか⁉」

 優斗くんは、ごくんと喉をならすと、アリアさんをしっかりと見つめた。

「そうだよ。アリアがみんなを招待したの」

「みんなって……なんでわたしたちなの? もう……なんでなの。イヤなことばっかり」

 そう言って涙目になる梨々花ちゃん。

 本当になんでわたしたちが招待されたんだろう。

 わたしだけならまだしも……。

 どうして、何も悪いことをしてない二人まで招待されてしまったの?

 わたしがそんなことを考えていたら。

「くそっ!開かない……!」

 優斗くんは、昇降口のドアをガンガンとたたいている。

「ここから逃げないとっ!でも……なんで開かないんだ!」

 アリアさんの姿を見て、すぐに行動したのは優斗くんだった。

 昇降口のドアを開けようとしたみたい。だけど……。

「もしかして、開かないの?」

 わたしが慌てて駆け寄る。優斗くんが押したり引いたりしても、びくとも動かない。

 鍵はかかっていないはずなのに。いったいどうして……。

「クスクス……アリアとのあそびが終わるまで開かないよ?」

 わたしたちは絶望する。夜の学校に閉じ込められてしまったと理解したから。

「今宵のあそびは……鬼ごっこをしようと思うんだ」

 戸惑うわたしたちをよそに、アリアさんはくるりとたのしげに回る。

「ちょ、ちょっと待ってよ!いきなり夜の学校で、幽霊が現れて……鬼ごっこって言われても」

 その通りだと思った。こんな状況受け入れろと言われても、出来そうにないよ。

 混乱するわたしたちに、アリアさんは続ける。

「そんなことアリアは知らないよ!ただあそびたいだけだもん!クスクス……」

 アリアさんはこっちの都合なんてお構いなしらしい。そりゃそうだよね。

 幽霊が人の気持ちを考えるわけないもの。

 優斗くんと梨々花ちゃんも、顔をしかめて混乱してるように見えた。

 もちろん、わたしも混乱してる。

 だけど、アリアさんは待ってはくれない――。

「さぁ、はじめるよ!」

 ニタリと意地悪に笑った。その笑顔にゾッとする。

「ま、待ってくれ! 梨々花は今日階段から転んで怪我したんだ。鬼ごっこなんて無理だ」

 どきり、胸が痛い。それはわたしのせいだから。

「それは、君がおんぶや抱っこすればいいんじゃない?ねっ!それは面白いー!」

 アリアさんはケタケタと笑いだす。

 そんな無茶苦茶だよ……。同級生をおんぶや抱っこしたまま、鬼ごっこをするだなんて。

 梨々花ちゃんは覚悟をきめたようにうなづく。そして優斗くんに伝えた。

「優斗! 私も走るよ……大丈夫。捻っただけって言われたし」

 わたしは勝手ながらに「ひねっただけ」その言葉にホッとする。だからって、わたしのしたことが許されるわけじゃないんだけどね。

「わ、わたしも、なんでも協力するから」

 勇気を出して声をかける。

 だって梨々花ちゃんの怪我はわたしのせいなんだもん。少しでも……役に立ちたいよ!

「……とにかく。最初は俺がおんぶするよ!いざとなったら、走ってくれるか?」

 優斗くんは怒っているのかな……。

 わたしのことなんて知らんぷりをする。それは仕方ない。わたしが梨々花ちゃんを突き落としたと知っているなら。当然の反応だと思ったから。

「じゃじゃーん!鬼ごっこの、制限時間は10分ですっ!」

 わたしたちはぎょっとする。アリアさんが声をかけると、アリアさんの身長と同じくらいの大きな砂時計が現れたから。

「す、砂時計⁉︎」

 洋梨型のガラスの素材を2つつなげた形の砂時計。それをくるりと回す。すると、上の器から下の器に砂がザッと落ちてくる。

「制限時間は10分。この砂が無くなったら終了だよ!」

「俺たちが逃げきれれば、ここから出られるんだよな?」

「うんっ!アリアから逃げ切れたら……ね!」

 つまり、この砂時計のすべての砂が器に落ちきるまでに、逃げきれればわたしたちの勝ち。

 ここから出られるってこと。

 砂時計の砂は、上から下の器にどんどん落ちていく。わたしたちは息をのむ。

 もうゲームははじまってしまったのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る