迷い人2人目 恐怖の鬼ごっこ

2-1


「私……優斗のこと好きだと思うんだ」

 お昼休みのことだった。クラスの女の子5人集まっていると、突然梨々花ちゃんが言い出した。

 わたしは驚く。だって梨々花ちゃんが、優斗くんのことを好きだったなんて聞いてなかったから。

 わたし、早川美亜と高野梨々花ちゃん。そして優斗くんは、幼馴染でいつも一緒だった。

「え、そうだったの……」

 わたしの戸惑う声なんて届かない。梨々花ちゃんの好きな人を聞いたみんなは、今日一番の盛り上がりをみせる。

「きゃあー!!」

 一番に叫んだ美奈ちゃん。ポニーテールが似合う、明るい性格の女の子。

 「えっ!!いいじゃん!お似合い!」

 手を叩きながら喜んだのは、しっかり者の彩羽ちゃん。

「そうだと思ってたよ。だっていつも一緒にいるもんね」

 冷静に言ったのは、この中で一番頭のいい加奈ちゃん。みんなでニマニマと笑いあって、なんだか楽しそう。

「優斗くんのどこが好きなの?」

「いつから?」

「告白はするの?」

 はじまった梨々花ちゃんへの質問タイム。みんな目を輝かせてる。そうだよね。友達の恋バナって、すごく楽しい。

 だけど、今のわたしは全然楽しくなかった。

 みんなに合わせるように、にこっと無理して笑ってみせる。突然はじまった梨々花ちゃんの好きな人の話。

 キャッキャッと盛り上がっていると……。

「なーんか盛り上がってんね!」

 タイミングよく話しかけてきたのは……。

 さっきまで教室にいなかったはずの優斗くん。この話の中心人物だ。

「なんの話で盛り上がってたの?」

 優斗くんに聞かれて「梨々花ちゃんが優斗くんのこと好きなんだって!」

 なんて言えるはずもないのに。みんな誤魔化すように、そっぽを向いたり、へたくそな知らん顔をしたりする。

「な、なんでもないから……! ねっ? みんな!」

 一番慌てていたのは、梨々花ちゃんだ。当然だよね。本人に言えるはずがないもの。

「ふーん。まあいいけど。あ、梨々花、今日一緒に帰ろう?」

 優斗くんは梨々花ちゃんを見つめる。隣にいるわたしなんて、まるで視界にうつってないかのように。

 そんな二人を、みんなはニヤニヤと楽しそうにみつめる。みんなの視線に恥ずかしくなったのか、梨々花ちゃんは顔を真っ赤に染めた。

 そして。

 「も、もう。みんなやめてよー。ちょっと、優斗きて!」

 そういって梨々花ちゃんは、優斗くんの手を引いて逃げるように教室から出ていった。

 教室に残ったわたしたち。みんなニヤリと笑って、顔を見合わせる。

「ねえ、絶対あの二人両思いだよね」

 ニマニマと笑ってうれしそうにいう美奈ちゃん。たぶん美奈ちゃんの、言う通りだと思う。

「優斗くんって、梨々花ちゃんか美亜ちゃんのことが好きだと思ってたけど。梨々花ちゃんだったかー」

 そう言ったのは、彩羽ちゃん。わたしの名前が出てきて、心臓がどきりとする。

「彩羽ちゃん! 美亜ちゃんのことは……」

 美奈ちゃんが焦ったように止める。

「あ、ご、ごめん……」

 ハッとしたように謝る美奈ちゃん。表情を曇らせて、気まずそうに顔を引きつらせた。

 周りのみんなも口をつぐんで、しんみりした空気になってしまった。

 なんだかわたしは申し訳なくなってきた。

 少しでも空気をよくしたくて、困った表情のまま、愛想笑いを浮かべる。

「そんなしんみりするのやめてよ……わたしは大丈夫だよ」

 力なくそういうことで精いっぱいだった。みんなが気まずそうにするのには、心当たりがある。わたしたちの関係性を知っているからだと思う。


 わたしと優斗くんと梨々花ちゃんは幼稚園からの幼馴染。いつも3人で一緒だった。

 それを周りのみんなも知っていたから。

 取り残されたわたしのことを、気づかってくれたんだと思う。

 『わたしたちはずっと三人で仲良くいようね!』

 わたしはよく二人にそう言っていた。

 梨々花ちゃんと、優斗くんは「もちろん!」

 そう言ってくれていたのに……。

 梨々花ちゃんが優斗くんを好きなこと。

 なんとなくは分かってはいたけど、あらためて言われたら素直に受け止められなかった。

 だって、だってさぁ。なんだか仲間外れにされたような気持ちになる。

 わたしって性格悪いのかもしれない。なんだか二人のことを応援できそうにないよ。

「梨々花ちゃん……!」

 気づくと梨々花ちゃんを追いかけていた。勝手に足が動いてしまったみたい。感情がぐちゃぐちゃで、言いたいことはまとまってないけど。

 二階の廊下をゆっくり歩いていた梨々花ちゃんには、すぐに追いついた。

 階段で一階に降りようとしている手前だった。

「優斗くんのことさ、好きだったんだね。わたしには、もっと早く言ってほしかったな……」

 みんながいる場所じゃなくてさぁ…。だってわたしたち三人は、特別な関係だと思ってたのに。

 そう思うのは、わたしのワガママなのかな。

 梨々花ちゃんは悲しい表情を浮かべたと思ったら、目をそらされる。

 わたしは、ちょっとだけムっとしてしまう。

 だって、いくら言いにくいことだとしてもだよ!

 やっぱり目を見て、ちゃんと言ってほしいよ!

 そのまま階段を降りようとする梨々花ちゃん。

 思わず手が伸びてしまった。

「梨々花ちゃん、待って……!」

 引き留めようとした。

 そのはずだったのに……。

 梨々花ちゃんの体がふわりと浮いたかと思えば。

 つぎの瞬間には、鈍い音が響きわたる。

 ――ドタッ!!!

 目の前のいたはずの梨々花ちゃん――。

 わたしは思わず目を疑った。だって、階段の下で倒れていたんだ。

「きゃああああ!!」

「どうしたの!?」

「階段から誰か落ちたよ!!!」

 他の生徒たちから次々に悲鳴が上がる。

 わ、わたしじゃないよ。

 そんな。わたしはただ腕を掴もうとしただけなのに。ふるふると頭を左右に振った。

 違う。違うの……。わたし、わたしはただ――。

 悲鳴があちこちから聞こえてきて、あたりが一気にざわつく。

 みんなが梨々花ちゃんに駆け寄っていく中。

 ……わたしはその場から逃げ出した。


 ハア。ハア。息が苦しくなるくらい、全力で走った。どうしよう。どうしよう。

 なんてことをしてしまったんだろう。

 後悔と自分のしたことがこわくなりぎゅっと目をつむる。わたしは、梨々花ちゃんを……。

 

 梨々花ちゃん、すぐに起き上がらなかったけど。

 大丈夫だったかな…。後悔の気持ちで胸がいっぱいになる。ダメだ。やっぱり戻ろう。

 そう思いなおして、さっきの現場に戻ることにした。

 すると。わたしが戻ったころには、梨々花ちゃんの姿はなかった。

 いない……。

 最悪の事態が頭をよぎって、ぞっとする。

 そんなわたしの耳に、梨々花ちゃんのことを話す女の子の会話が聞こえてきた。

「階段から落ちた子、病院いったってさ」

「え、死ぬとかないよな?」

 死ぬ。その言葉に、冷や汗がどっと背中に流れる。

「いや、意識はあったっぽいよ。ただ念のためとかって……」

 彼女たちの話をきいて、ひどく安心した。

 良かった。もしも梨々花ちゃんの命に危険があったら。私――。

 安心したのと、後悔と……。

 いろんな感情で泣きそうになった。

 明日学校で会ったら、ちゃんと謝ろう。

 それとも、病院に行った方がいいのかな。

 そんなことを考えていたら。あれ?なんだろう。

 ある違和感を感じて、立ち止まる。制服の右ポケットに、なにか入っているような。

 右手を入れて確認すると、ごそっと固い感触。ポケットから出したソレは、真っ黒な封筒。それは見た瞬間、息をするのを忘れそうになった。


 見覚えのない黒い封筒。だけど、心当たりはあった。この学校で噂されているアリアさんという幽霊が、遊び相手を探して、黒い招待状を送るんだって。

 これって噂の黒の手紙だったりする?

 動悸がはがしくなる中、おそるおそる封筒を開けると。

嫌な予感は的中する。

 …………

 招待状

 早川美亜さん。

 あなたが選ばれました。

 今夜19時。正門が開いているのが宴の合図。あなたを夜の学校に招待します。

 来なかったらあなたが後悔することでしょう。

 アリアより

 …………

 手紙を開けると、黒い便せんに白い文字でこう書いてあった。

 読んだ途端、力が抜けたみたいに足からガクンと崩れた。


 アリアさん。その噂も、もちろん知っていたから。

『アリアさんに招待状をもらった人は、怖い目に遭って、行方不明になっちゃうんだって』

 噂を思い出した途端、寒気が全身をめぐる。

 そんな話、ただの噂話だと思ってた。

 幽霊やオカルト話は信じない方だもん。

 そうだよっ!

 この手紙も誰かのいたずらかもしれない。

 そう思ったのだけれど。

 手の中にある手紙をもう一度見てみたら……。ゾッと寒気がした。

 手紙から不吉な何かが流れてる感じ。

 何かあるとわかってて、夜の学校に自分からほいほい行きたくないよ。

 だけど、この招待状からは逃げられない。

 そう思っているわたしもいたんだ。

 だってわたしは友達を階段から突き落としてしまうような奴だもん。

 招待されても文句なんて言えないよ。

 もうなんでもいいや。わたしは自暴自棄になっていた。

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