2-3



「よし、梨々花! 俺の背中に乗って!まずはおんぶするから」

「う、うん……優斗、ありがとう」

 優斗くんはそういって、梨々花ちゃんを軽々とおんぶすると。そのまま一気に駆けだした。

「ま、まって!」

 夜の学校が怖かったわたしは、二人を追いかけた。

 階段を駆け上り、廊下を走っていく。夜の学校は思っていたより暗くて不気味だ。こんなところに一人で取り残されてしまったら。

 そう考えただけで、体がぶるっと震えた。わたしは二人の後を必死についていく。

 ハア。ハア……。息切れの声が聞こえる。わたしの声じゃない。優斗くんは、梨々花ちゃんをおんぶして走っているせいで、だいぶ疲労している様子だった。

「ねえ、教室とかに隠れるのはどうかな……」

 心配して声をかける。

「優斗……ごめんね。わたしのせいで」

 梨々花ちゃんは、震えた声でいう。

「任せろって。ただ、ちょっと休憩したいかも……」

 わたしたちは、教室にはいることにした。ここで身をひそめる作戦だ。少しでも体を隠そうと、わたしたちは教卓の下に隠れることにした。

 わたしと優斗くんと梨々花ちゃん。

 狭い空間の中に、みちっと三人で隠れた。

 こんな状況なんだけど。なんだか子供の頃を思い出してしまった。それはわたしだけじゃなかったみたい。小さくため息をつきながら、梨々花ちゃんが口を開いた。

「なんか……さ、子供のころ、秘密基地とか言ってさ。公園に大きいタコの滑り台あったじゃん?そこのこういう隙間に三人で入って話してたよね」

「ああ、狭いのにな。無理やりぎちぎちに入ってたなぁ」

 二人が懐かしそうにいうので、心がきゅとないた。

 子供のころは、いつも一緒だったのにね。

 なんで今は、こんなに二人と距離を感じちゃうんだろう。

「なんかさ……美亜には、謝りたいって思ってたんだよ」

 …わたしに?いったいどうして?

 梨々花ちゃんは、ふるえた声で続ける。

「美亜は『ずっと三人仲良しでいようね』って言ってたのに。わたしたち、裏切るようなことしちゃったよね」

「そうだな。俺もずっと気がかりだった……」

 それはわたし何度も言った覚えがある言葉だった。今思うと……。二人がこうなることを予感していたのかもしれない。

「……わたしこそ、その言葉のせいで二人を悩ませてたらごめんね」

 ずっと三人で仲良くいたいと思ってた。それが間違いだったのかもしれないね。

「関係性は変わっちゃったかもしれないけど……。わたしは二人のことがだいすきだよ」

 精一杯声にした気持ちは届かない。

 ああ。なんとなくわかっていたけど。もう少し二人と一緒にいたかったなぁ。半泣きになって、その場にうずくまっていると。

「キャハハハハハッ」

 遠くから不気味な笑い声が聞こえる。

 全身に鳥肌がブワッと立った。

「アリアさんだ!」

「シッ! 静かに!」

 声を出してはいけないのに、思わず梨々花ちゃんは口を開いてしまう。

「キャハハハハハハ」

 その笑い声はどんどん近くなる。あまりの怖さに、足がガクガクと震える。どうか、この教室をみつけないで。

 そのまま過ぎ去って――。ひたすらに願っていると、笑い声が聞こえなくなった。

 ……もしかして、この教室から離れた?そう思ってホッと胸を撫で下ろした。

 つぎの瞬間。

「ミーッツケタ!!」

 突如、教壇の横からにゅっと顔が出てきた。

 さけたような大きな口は、にたっと笑っている。

「キャあああああああああ!」

 叫び声をあげながら、二人は教室から飛び出した。優斗くんはしっかりと梨々花ちゃんの手を引いて。

 わたしはぽつりと教室に取り残される。逃げなきゃ……!

 わたしも慌てて教室を飛び出た。暗く長く続く廊下をひたすらに走る。優斗くんと梨々花ちゃんの姿はどこにも見えない。二人のことを追いかけないといけないのに…!

 暗闇を走るのは、怖くて淋しくて。足が震えて進まなくなる。そのままさっきとは違う教室へと逃げ込む。

 ……ハァハァ。

 両手で口元を押さえて息を殺した。お願い。見つからないで――!

 ヒタッヒタッ。

 なにかの足音みたいに、廊下を伝う音がする。その音がとにかく不気味で、ぞくっと身震いがした。

 ヤダ。ヤダよ。一人の時にアリアさんに見つかるなんて――。

 絶対にいやだよ…!ふいに、すぐ近くに気配を感じた。

「みーっつけた」

 顔をあげると、にたっと笑うアリアさんと目があった。

「きゃあああ!!!」

 思わず悲鳴を上げる。見つかってしまった。

 逃げないと……!そう思ったのだけれど。

 違和感を感じて、たちどまる。

「クスクス……やっと気づいた?」

 背後で笑うアリアさんは、わたしを捕まえようとする素振りはみせない。ほんとうはずっと感じていた違和感。だけど気づかないふりをしていたんだ。だって気づいてしまったら。きっとわたしは――。

「ねえ、アリアさん。わたしって……アリアさんと同じなの?」

 涙をためてじっと見つめると。アリアさんはうなづいた。肯定するように、にたりと笑う。

「やっと気づいたんだ!」

 ああ。やっぱりそうか。言葉を返しても二人の耳には届かない。わたしだけ会話に参加できていない。

 わかっていたんだけど。わたしはずっとふたりの傍から離れることができなかった。


 「わたし、死んじゃってたんだね」

 ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていく。わたしの声が届いていない理由。それは、わたしが二人に視えていないとしたら。

 すべてつながるんだ。しんみりとした空気の中、アリアさんはきょとんとした顔でいう。

 「ねえ、早くしないと制限時間すぎちゃうよ?」

 アリアさんの後ろを、ぷかぷかと浮いている砂時計。

 残りの砂の量は少ない。だいたい2~3分っていったところかな。

 制限時間内につかまらなければ、優斗くんと梨々花ちゃんの勝ち。つまり、この夜の学校から解放されるってこと。

「アリアさん……二人を逃がしてもらえないかな?」

 わたしは死んでしまったから。

 ここに閉じ込められても関係ない。だけど、生きてる二人は違う。これから楽しい未来が待っているんだから。

 アリアさんは、自分が死んだと知らずに彷徨うわたしを呼んでくれたのかな。そんな風に思った。だけど。

「……ほんとうにそれでいいの?」

 アリアさんは、意地悪に笑う。そして、また。

「ほんとうに、あの二人を逃がしちゃっていいの?」

 頭がフリーズする。それはどういう意味だろう。違和感を感じたのは、アリアさんは、にこりともせず無表情だったから。あれ……。

 心臓あたりがドクンと跳ねた。

 そういえば、わたしってなんで死んじゃったんだっけ。アリアさんはなにを知ってるの?

「自分が死んだ理由を忘れちゃったの?」

 わたしが死んだ理由……。どうして思い出せないんだろう。

 アリアさんはぺらりと一枚の新聞をうかせてみせる。そこには、わたしの名前が書かれていた。


…………

 20XX年8月XX日

 死亡した中学生。早川美亜さん。

 知人と川に遊びに来ていたところ、波に足を取られておぼれたという。知人の証言によると、早川美亜さんは深いところまで誤って足を踏み入れてしまい、助けることができなかったという。警察は不幸の事故という方針で調べている。

…………

 これってわたしのことだよね?

 頭の中で違和感を感じる。なんだか、この記事のことを否定しているような。

 そして、じょじょに記憶が蘇ってきた。


 そうだ。あの日は夏休みだった……。

 わたしは忘れていた記憶がよみがえる。

 屋内プールに3人で遊びに行く予定だったんだ。だけどあそびにきた人が多くて、プールに入れなくて。その帰り道。

「このまま帰りたくない!公園の近くの川であそぼうよ!」

 梨々花ちゃんが提案したんだっけ。そうして、川に遊びにいくことになったんだけど。

「ねえ、やっぱり川遊びなんてやめようよ。川の事故多いの知ってるでしょ!」

 わたしは川で遊ぶ二人を止めていたんだ。

 最初は浅瀬だったのに、どんどん場所を進んでいくから不安になったことを覚えてる。

「大丈夫だって!こんくらい!」

「そうだよー!美亜は心配症だなぁ」

 2人はわたしが、止める声なんて聞かず。

 川で遊んでたんだ。

 わたしはなんだか怖くて、川に入らず見守っていた。つぎの瞬間。


「きゃぁ!」

 短い叫び声が聞こえたと思ったら。

 梨々花ちゃんの姿が見えなくなった。

 どうしたの!?なにがあったの!?

 わたしは、すくっと立ち上がると反射的に川に近づいた。

「……たっ!……すげで……」

 梨々花ちゃん足を滑らせて溺れていた。

「梨々花ちゃん!」

 わたしは慌てて川の中に飛び込んだ。冷たい……!バシャバシャと水しぶきを受けながら、必死に水の中を進んだ。

 梨々花ちゃんを助けないと!頭の中にはそのことしかなかった。やっとのことで梨々花ちゃんの元に辿り着く。

 梨々花ちゃんは溺れたせいで、混乱しているようだった。

 手足をバタバタさせて暴れるので、わたしまで溺れてしまいそうになる。


「梨々花ちゃん!わたしの体に捕まれば大丈夫だから!」

「落ち着けって! 梨々花!」

 優斗くんもすぐ近くで声をあげる。だけど混乱している梨々花ちゃんには届かない。

「助けてっ!!!」

 叫ぶと同時にわたしの身体を引っ張る。その拍子にわたしの足元がぐらついた。……まずい!危ないっ!瞬時にそう思ったけれど。

 身体が川の流れにもってかれてしまう。

「た、たすけ……て!」

 わたしは必死に叫んだ。すぐ近くにいる優斗くんに、必死に手を伸ばす。

 あともう少し。あと一センチ……!

 すぐ手が届くところまできたのに。

 優斗くんは、すっと手を引いたんだ。

 いったいどうして!

「……ごめん。助けられなくて」

 確かに聞こえたのは謝罪の声。

 わたしはすぐ近くにいた友達、優斗くんに見捨てられた。


 記憶が頭の中に蘇った。全て思い出したんだ。…そうだ!わたしが最後に見たのは。溺れるわたしを助けようともしなかった二人の顔。

『みんなが助かるのは無理だ。だったら、美亜に犠牲になってもらおう』

これが最後に聞いた声だった。

 二人の表情も鮮明に思い出した。

 感情が込み上げて、ぐっと顔がゆがむ。

 そんなわたしにアリアさんは声をかけた。

「かわいそうに。怨念のせいで二人から離れられなくなっちゃったんだね?」

 悔しくて、下唇をぎゅっと噛み締める。

 わたしが死んだ理由も。

 死んだあとも、二人のそばにいる理由も。

 全部、思い出してしまった。悔しさと無念を耐えるように、唇とぎゅっと噛む。

 二人がわたしにしたことを。

 そして、わたしが死んだあと。

 謝罪の言葉なんてなくて……。

 その上。死んだ理由もわたしの不注意のせいにされたんだ。

 うん、全部思い出せた。わたしが自分たちのせいで死んだっていうのに。

 すぐにわたしのことなんて忘れて。二人で楽しそうに過ごしていたこともね。

「ねえ、アリアさん……」

 わたしの心はある感情で埋め尽くされている。そして、あることを思いついた。

「制限時間内に捕まえられたら……二人はどうなるの?」

「アリアが勝ったら、ここから永遠に出られないよ?クスクス」

 そっか……。ここから出られないなんて。

 なんてかわいそうなんだろう。そして、わたしは覚悟を決めた。

 「……ねぇ、早くあの二人を捕まえにいこう?」

 砂時計を確認する。上の器から下の器に砂がサラサラと落ちていく。

 うん、まだ間に合う。

 あの二人を追いかける時間はある――。

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