迷い人1人目 恋の以心伝心ゲーム

1-1


「え、なにか入ってる……」

 わたし一ノ瀬杏樹は、ごく普通の中学二年生。

 5時間目の授業が終わった放課後。

 学校から帰ろうと、昇降口で靴箱の扉に手をかけたときだった。

 ゆっくりと扉を開けると、あるはずのないものが入っていた。

「……これ、なんだろう」

 それは見慣れない真っ黒の封筒。

 手に取って送り主の名前を探してみたけど、どこにも見当たらない。


 不思議に思っていると、わたしはあることを思い出してハッとする。

 もしかして、これって……。


 「どうしたの?」

 背後から声がして、くるりと振り返ると、同じクラスの奈央ちゃんだった。

不思議そうに首をかしげながら、顔を出して覗き込む。わたしは慌てて持っていた封筒を背中に隠した。

「な、なんでもないよっ」

「……ふーん」

 一瞬不思議そうにしたけど、奈央ちゃんはそのまま靴を履いて外に出ていった。

 よかった。なんとかごまかせたみたい。

 まだ心臓がドキドキと音を立てている。

 慌ててこの手紙を隠したのには、理由がある……。


 きっと、この手紙の存在を言ってはいけないと思ったからなんだ。

 黒い封筒を見て、あることを思い出したの。

 この学校で有名なある噂を――。


 『黒の手紙は、秘密の招待状』

 『黒の手紙が届いたら、決して誰にも言ってはいけない』

 『黒の手紙が届いたら、一人の時に開封すること』


 もし、守れなかったら……。

 アリアさんに閉じ込められてしまうんだって。

 思い出した途端、また動悸がしてきた。

 どうしよう。この手紙が本当にアリアさんからの手紙だったとしたら。

 不安と、おそろしさで半泣き状態だ。

 だって、アリアさんは恐ろしい幽霊だって噂がある。

 アリアさんから手紙が届いた人は、怖い目に遭って、行方不明になってしまうって。

 この手紙がアリアさんからの手紙だったとしたら。そんなの怖くて仕方がないよ。

 「アリアさん」なんて、ただの噂だと思っていた。だけど、噂でよく聞いてた黒の手紙がわたしの手の中にある。

 目の前の現状に、一気に血の気が引いていくのが自分でもわかった。他の誰かからの手紙の可能性はないかなぁ……。

 うん。そうだよ!この手紙がアリアさんからだなんて、まだ決まったわけじゃない。

 そう思いなおしてみたら、少しだけ涙が引っ込んだ。

 だけどこの学校の生徒なら全員がアリアさんの噂を知っているはず。

 もちろん黒い手紙のことも……。

 それなのに、わざわざ黒い手紙を使う子なんているのかなぁ。

 ぐるぐると頭で考えてみたけど、やっぱりこの手紙の正体はわかりそうにない。怖いけど。開けてみるしかないよね……。深く息を吸って、この手紙を開ける決意を決めた。


 『この手紙を開けるときは、一人でなければいけない』


 噂されている掟を守るため、あたりをきょろきょろと見渡した。そして、誰もいないことを確認する。よし、誰もいない。開けてみよう。

 緊張で手が震えてきた。

 怖い。もう怖くて仕方がないよ。

 プルプルと震える手で、なんとか手紙をあける。 すると――。

 中に入っていたのは、一枚の真っ黒の便せん。そこに白い文字でこう書いてあった。


 ………………

 招待状

 このたびはおめでとうございます。

 あなたが選ばれました。

 今夜19時。正門が開いているのが宴の合図。

 あなたを夜の学校に招待します。

 今回は特別にあなたの大切な人をつれてきてね。

 アリアより

 ……………………


 読み終えた途端、ドクンと心臓が跳ねた。

 そして、ぞわっと寒気が走る。

 確かに「アリア」そう書かれている。

 本当にアリアさんからの招待状だったなんて。

 なにより、ただの手紙なはずなのに。

 この手紙を持っていると、気が重くなるような気がした。どうしよう。一体わたしはどうしたら……。わたしだって、アリアさんの噂は知っていた。

 でも、信じていなかったんだ。

 だって、招待状を送る幽霊だなんてあり得ないと思ったから。行かないとだめかな……。

 そうだっ!知らないふりしちゃえばいいんじゃないかな。

 怖い思いをするとわかってて、夜の学校にいく勇気なんてないよ…!

 そう思ったのだけれど。頭の中にある噂が浮かんできた。


『アリアさんから招待状を受け取って、その日に行かなかった人は、夢にアリアさんが出てきて、そのままソッチの世界に連れていかれちゃうんだって…!』


 思い出すと同時に、背中がぞくっとする。

 それにしても、大切な人を連れてこいだなんて。

 わたしだけじゃなくて、その人も怖い目に遭うってことなのかなぁ。それは心が痛むけれど。大切な人という言葉に、すぐに思い当たる人がいた。


「星七くん……」

 わたしにとって大切な人。それは一人しかいない。

 同じクラスの星七くん。彼は一ヶ月ほど前から、付き合うことになったわたしの彼氏だ。

 ある日の放課後、「付き合ってほしい」と星七くんから告白されたんだ。

 怖いけど、星七くんと一緒なら……。

 さっきまでの恐怖心がすこし軽くなったような気がした。とにかく、星七くんに話してみよう!

 あっ、でも……。

 星七くんに招待状のことを話そうと思っていたわたしは、思いとどまる。アリアさんの招待状のことは誰にも言ってはいけないんだよね。

 アリアさんの話は内緒にしなければいけない。なのに「19時一緒に学校に行こう」だなんて、どうやって説明すればいいかわからなかった。

 どうにか学校にきてもらうしかない……。悩んだわたしは、星七くんのシューズボックスに手紙を入れることにした。

 本当は直接お願いしたかったけど。「なんで夜の学校に?」そう質問されたら、うまく答えられないと思ったんだ。

 それに星七くんの顔を見たら、つい口走ってしまうかもしれないから……。


 ……

 星七くんへ。

 今日19時学校の正面玄関にきてください。

 大事な話があります。

 来てくれるまで待ってます。

 このことは誰にも言わないでください。

 杏樹

 ……


 大丈夫。星七くんなら絶対に来てくれる。

 だってわたしの彼氏だもん。

 願いを込めながら靴箱の中に手紙を入れた。

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