あなたが落としたのは金のばあさんですか

@ajipon009

第1話

女神:あなたが落としたのは、金のばあさんですか? それとも、普通のばあさんですか?

爺:え、きん…。え、なに?? え、ばあさん…??

婆:じ…じいさん…。わたし、どうなってますか…?

爺:なんか…湖の上に、浮いとるよ…。だけど、それよりも…。

爺:あの、あの…あなた、どちらさん?

女神:わたしはこの湖の女神です。

女神:さて、あなたが落としたのは、金のばあさんですか? それとも、普通のばあさんですか?

爺:えっ、あの、えっ…??

女神:ですから。どちらのばあさんをご所望でしょうか。

爺:どちらの…っていうか、片方、ばあさんじゃ、ないじゃん。

女神:金のばあさんは、特別仕様の、若かりしピチピチギャルばあさんです。

爺:ピチピチ…。

婆:ねぇ、じいさん…はやくわたしを、助けくださいな…。

爺:あ、ウン。そうじゃな、そうじゃなばあさん…。

女神:では、普通のばあさんでよろしいですか?

爺:あ、えっと、ウン。でもね、その…なんていうか。それは本当に本当のばあさんなのか? って思うよね。

爺:じいさん、ちょっと自分に自信がないお年頃だし。

女神:今まで一緒にいたばあさんのことを本当と言うなら、この普通のばあさんが、本当のばあさんです。

女神:この、御年八九歳にして、まだまだ元気。得意料理はお味噌汁。

女神:最近は隣のお家のシゲゾウさんとお茶を飲むことが楽しみな、こちらのばあさんが本当のばあさんです。

爺:え、ちょ、ばあさん!? 何? 最近シゲゾウと茶ぁ飲んどるの?

婆:…え? 今何か言いましたか? 最近、耳がよく聞こえなくてねぇ…困ってるんですよ…。

爺:ばあさんアヤシイ…。

婆:まぁ、なんですか。嫌だわぁ。六五年、苦楽を共にし、連れ添った仲じゃないですか。私を疑うんですか?

爺:…ん…ば…。

婆:…なんですか? 本当に聞こえませんよ。

爺:(小声)…金のばあさんで。

婆:オイじじぃ。

爺:ば、ばあさん~! なんだァ、ちゃんと聞こえとるじゃないか~!

女神:…では、金のばあさんでよろしいですか?

爺:いやいやいや、違うよ、今のは。ワシ、ちょっと、そう。ばあさんの耳、試しただけだから。ね、ね。

女神:では、普通のばあさんですか?

爺:ウ~~~ン、そうだねぇ、何だろう。あ、ワシ、もう目も悪いから、どっちがどっちか。右かなぁ~。右のばあさんかなぁ~。

女神:それは、わたくしから見て右ですか? じいさんから見て右ですか?

爺:アァ~~~、じいさん、もう右とか左とかよくわからんしぃ~~。

婆:金か普通で答えたらいいでしょうが!! シャキッと答えなさい!! もー本当にじいさんはッ!!

爺:ア…ばあさんが怒った…。こわい…。

女神:え~コホン。それでは今一度。

女神:あなたが落としたのは、金のばあさんですか? それとも、この怒ったばあさんですか?

爺:ねえ女神、いったんその怒ったばあさんを普通のばあさんにチェンジしてもらって――、

女神:(かぶせて)それは無理です。二択ですから。

婆:…ったくもう!! このジジィは…! ちょっとアナタ、どきなさいッ!!

女神:アッ…!!


女神:まぁ…! 女神にケリを入れて地上に戻るばあさんが居るなんて…。初めての経験です。

婆:じいさん、覚悟はできてるんでしょうねぇ?

爺:アッ、ばあさん~! 戻ってこれたの~! よかったネ~! じいさんすっごく心配しちゃったヨ~!

婆:……チッ

爺:ア、ばあさん!? 何!? 何すんの!?


(ドボーン)


女神:ふぅ…。さて。それで?

女神:あなたが落としたのは、金のじいさんですか? それとも、普通の、ちょっと弱ったじいさんですか?

婆:金の若かりしピチピチじいさんです。

爺:ああん、ばあさん一瞬の迷いもない!

女神:…そうですか。では、金のじいさんを差し上げます。

婆:どうもありがとう、女神様。

爺:(ピチ爺)…フゥ~。ったく、選ぶのが遅ぇーよ。待たせやがって。さぁ、帰ろうぜマイハニー、俺たちのスィートホームへ。

婆:まぁ、じいさんワイルドぉ…。時代を感じさせる口調も素敵…!

女神:…じいさん、昔は結構強気だったんですね。

爺:ウフフ。ワシも、若いころはヤンチャしとったからのぅ…。

爺:――じゃなくて! 違うって!

爺:ばあさん、よく見て! ワシ、ここに居るよ!? お相手をお間違いではございませんかなっ??

婆:ん? なんでしょう…急に耳が…。おじいさん、何か聞こえますか?

爺:(ピチ爺)何だァ? 俺に聞こえるのはばあさんのハートの鼓動と、この右目に宿った悪魔の囁きだけだぜ…。

婆:まぁじいさん、素敵…ばあさん、ときめくゥ…

爺:ちょっと、じいさん!? ねえ!それ本当にワシ!? 昔そんなだった!? 昔そんなだったん!?

爺:何言ってるかわかんなくて、ちょっと恥ずかしいよ!?

女神:こじらせてますねぇ。黒歴史ですねぇ。

爺:…ダメ、ワシ、もう消えたい…。

女神:そうですか。なら丁度良いですね。

爺:え?

女神:選ばれなかった方は、泡となって消える運命なのですよ。

爺:え?そうなの? それ聞いてない! ちょ、ちょっと!! ばあさん!! ばーさんって!!!!

婆:もう~なんですか、今、若かりし暗黒厨二じいさんといいところなんですよ。

爺:その呼び方ヤメテ欲しい…けど今そんな場合じゃなくて! ばあさん、ワシ、消えるって!

婆:そうですか。

爺:えっ、いいの? ワシ消えてもいいの??

婆:そうですねぇ…。まあ、確かに少し可哀想な気もしますけど…。

婆:でも、私がこのちょっとボケはじめたじいさんを選んでしまったら、厨二じいさんが消えてしまうのでしょう?

爺:ちょっと待ってワシボケはじめてるの?

女神:ええ、その通りですね。

爺:えっ…。ねぇそれどっちの答え?

婆:うーん。会ったばかりとはいえ、こっちも本物…。

婆:厨二でもボケ老人でも、私にとっては大切なじいさんですからねぇ…。

爺:ばあさん(キュン)…! でもボケ老人はひどくない? ってかみんな、ワシの話聞いてる?

女神:…どちらも選べない、というわけですか。

婆:そうねぇ…、選べないというよりは、両方選ぶと言った方がいいかしら…。わたしにはどちらも必要なじいさんですから…。

爺:…ばあさん、ステキィ…!!

女神:フフフ、なるほど。面白い回答ですね。

女神:人を想う気持ち…。いつの間にか、忘れていた感情です。

女神:ありがとう、ばあさん。私はあなたのおかげで、大切なものを取り戻しました。

女神:お礼に、両方のじいさんを差し上げましょう。

爺:えっ!? 大丈夫それ。女神、そんなんで大丈夫??

婆:まぁ…! こんな奇跡、あっていいのかしら…。ありがとうございます、女神様…。

女神:おまけに、金のばあさんも差し上げましょう。

婆:えっ…。

爺:えっ!!!! いいの!? 金のピチピチギャルばあさんも!? いいの!?

女神:泡と消えるより良いでしょう?

爺:キャーッ! じいさん、長生きしてよかった~! ほんとよかった~!

婆:……チッ

爺:あ、ウン。もちろん、ばあさんが一番だよ? じいさん、普通のばあさんのこと、だーいすきだから。ねっ、ねっ!?

婆:(ピチ婆)……ってかさぁ、ジジィうざ…。お腹すいたし、なんか食べたいんですけど~。

爺:ハッ! ピチピチばあさん…いつの間に…! ってか本物のギャルじゃん…!

婆:まぁ、昔は私も、ヤンチャしていたものですから…。

爺:そうなんだ! じゃあ、じいさんと一緒だね! ねっ!?

婆:いえ、じいさんとは違います。こじらせてはないです。

爺:うぐっ…。

爺:(ピチ爺)オイ、いつまでこうしているつもりだ…。早く帰ろう。陽が落ちたら…俺の右目が…ッ、抑えられなくなるぞ…ッ!

爺:ヤメテ! それもうヤメテ! じいさんなんか恥ずかしいからッ!

爺:…さ、みんなでおうちに帰ろ!! 急いで帰ろッ!!

婆:(ピチ婆)…あーぁ、まじでだりィー。


女神:なんだかんだで、二人のじいさんと二人のばあさんは帰路につきました。

女神:そうして、末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたが落としたのは金のばあさんですか @ajipon009

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ