第9話 ときめく は くるしい
私の王城での生活が始まった。
正直、体力的にはだいぶきつい。
まず通勤時間である。以前は往復三十秒だったのが、往復三時間になっている。無駄に広い城のせいだ。
休日は、王族レッスンを受ける。これが案外体力勝負なのである。次の夜会で、国王や王家、貴族の方々にお披露目されるらしく、大急ぎでダンスレッスンを詰め込まれている。
ダンスをしながら、主要貴族リストを覚える。
私に嫌味を投げかけてくるのは第二王子のコンラッド様だということもわかった。
彼は会うたびに「シュリアスと結婚するのはポーラ家のご令嬢だった」とか「サーマン家のご令嬢だった」とか、ご令嬢の名前を言ってくれるので、貴族の名前が頭に入りやすくて助かった。
忙しい日々に充実感はある。
アニティムでは、以前よりもデザインや縫物に携われるようになった。
実際のドレスを縫う作業も始めた。
手先が器用でドレス愛をこじらせていて、アニータさんの手元をいつも見ていたからか、自分でも驚くほど良い仕上がりになった。簡単なものであれば任せてもらえるようになった。
「王子から差し入れが来るから材料も潤っているのよねぇ〜」
そのぶん、ご令嬢たちに安価でドレスを提供できるので良しとしましょう!
・・
「リルア、最近少し疲れているんじゃない」
「それならトキメキ大作戦をやめて、普通に食べたいのですが」
今日のシュリアス王子によるトキメキ大作戦は、夕食後のスイーツタイムだった。
問題は私が彼の膝に乗っていることである。
私の部屋にケーキを持ってきてくれて、甘いものが大好きな私は歓喜したのだが、やはり私のことを雛鳥と思っているのかもしれない。
「これも小説に書いてあったんだ」
「小説の真似をするのをやめたらよいのではないですか?」
「だけど、これがないと僕たちは何をすればよいのかわからないだろう」
「それはそうですね」
私たちはあまりにも恋愛初心者で、何をしたらよいか・何をしてほしいかがわからない。仕方なく恋愛小説の良いシーンを真似しているのである。
だから私も素直に膝に乗ってしまっているのだが。
「甘いものが疲れに効くのは確かだからね」
そういって私の口もとにケーキを運ぶ。シュリアス王子が選んだチーズとラズベリーの酸味と甘味が口の中に広がる。幸せの味だ。
「うん、効きます。甘いものは癒しです」
つい頬を緩めた私に、シュリアス王子は次から次へと口に運んでくる。
「……すみません。ペースが早くて苦しいです」
「すまない。あまりにも可愛かったから夢中になってしまった」
「あはは、それもう完全に餌付けじゃないですか」
恋人としてのイチャイチャではなく、餌やりが楽しくなってしまう少年ではないか。つい面白くて笑ってしまう。
「いや、そんなつもりはなくて……リルアが可愛くて」
王子は困ったような笑みをみせる。
「でも笑ってもらえて嬉しい。リルアは笑っているときが一番かわいい」
膝に座る私とシュリアス王子の顔の距離は当たり前だけど近い。
私を見つめる目は優しくて、こんな風に全力で愛しい!って目で見られると、どうしたらいいのかわからなくなる。
「笑ってくれたから、今のトキメキ大作戦は成功ということだね」
大真面目に王子は言うけれど。
実のところ、トキメキ大作戦自体には全くときめいていない。小説のマネをするシュリアス王子は演技っぽいし……下手くそだ。
だけど、トキメキ大作戦を実施した本人が謎に照れていたり、私がどんな反応をしても何でも可愛いと見つめてくれることには、少々ときめいて……はいる。なんだか悔しいけど。
恥ずかしくなってきたので膝から降りて、王子の向かいの席に座る。まだ残っているチーズケーキを自分の手で口に運んだ。
「でもリルア、最近本当に休めている? レッスンの先生が褒めていたけど、少し詰め込みすぎているんじゃない」
「夜会まであと二週間ですからね!」
「別に夜会への参加は急がなくてもいいよ、どうせ二週に一度はあるし」
「大丈夫です。最近とてもいい感じなので! 任せてください!」
私は婚約者など辞めたいけれど。
私が至らないせいで、婚約解消されるのは困る。
きっと王家に白い目で見られるのは私じゃなくて、シュリアス王子なんだから。
子爵家のよくわからん女をもらってきたということで、彼の立場が微妙なことは第二王子の嫌味で気づいている。
彼の立場がますます悪くなるのは避けたかった。
「リルア、僕のためにありがとう」
「別にシュリアス王子のためではないですよ! 私、負けず嫌いなだけです」
「そういうのをツンデレというと、恋愛小説で学んだんだ」
「違いますよ」
シュリアス王子が私を手招く。
机の上には二つ目のケーキがある。また餌付けをするつもりなのだろうか。
キラキラとしたチョコレートケーキが呼んでいるならば仕方ない。
大人しく膝に座ると、なぜかぎゅっと抱きしめられた。
「…………あれ、餌付けは?」
「このケーキは僕の分だよ」
「そうですか」
「リルア、ありがとう」
私の頬は胸元に押し付けられて、耳に甘い声が降ってくる。
そんなにきつく抱きしめられているわけでもないのになぜか息が少しだけ苦しい。
「リルアが来てくれてから、夜が毎日楽しいんだ」
「毎日私の部屋でトキメキ大作戦をしていますからね」
「あとは毎日一緒に眠ってくれたらもっと嬉しいんだけど」
「それは結婚してからにしましょう」
「結婚してくれるつもりになったんだ?」
「…………チョコレートケーキ食べたいです」
このまま抱きしめられていると本格的に息ができなくなってしまいそうで、私は餌付けを選んだ。
「だめだよ、これは僕のだから」
「わかりました」
チョコレートケーキは私が一番好きなケーキだと王子も知っているはずだし、そもそも王子はあんまり甘いものが好きでもないから。だからそれは絶対私のケーキなのに。
そう言ってやりたかったけど。
今日の私は疲れていたから、そのまま抱きしめられておくことにした。
・・
自分のためのドレスを考えてみることにした。
お披露目の夜会には間に合わなくとも、一度オーダーしてみたい。オーダーする側の気持ちになってみることで見えるものがあるはずだ!
レッスンの休憩中に、私は庭園にやってきた。
考えていても何も思いつかなかったので、花の色合いや形から何かアイデアが出てこないかと思ったのだ。
「そこで何をしている。花を盗もうとしているんじゃないだろうな」
現れたのは第二王子だ。
「あ、第二王子。ちょうどよいところにいらっしゃいました。ポーラ家とサモエラ家の関係でわからないところがあって。サモエラ家の次男が婿に入られたということですか?」
「ちがう。ポーラ家の次男がサモエラ家に入って、サモエラ家の末娘がポーラ家の五男と、だ」
「では、イミラ・ポーラ様、ということですね」
「そうだ」
最近の第二王子は嫌味ついでに貴族の名前や関係性当てクイズにも付き合ってくれるようになっていた。
「それで? そこで何をしている」
「ドレスのデザインを描いていました」
自分のスケッチを見せると鼻で笑われる。
「呑気なものだな。仕事などやめればいいのに」
「今回は自分のドレスを考えようと思ったのですが、自分のものとなると想像がつきません」
「自分で考えなくとも、職人が決めてくれるだろう」
「ある程度自分の中で好みを固めていないと、欲しいものも言えませんから」
「ふーん、そういうもんか?」
第二王子は思いついたように顔を上げた。
「そういえば今日は母がドレスを仕立てると言っていた。職人が来ているはずだが覗いていけば?」
「よいのですか?」
「さあ。広間でやってるから覗けるんじゃない」
それは参考になるかもしれない。私は第二王子にお礼を言うと、広間に向かった。
それにしても、王妃様と第二王子は会話をしているのだな。今日の予定を知っているんだもの。
第二王子は嫌味な人間だけど、意外と嫌なやつではない。
どこかの令嬢と結婚する予定だった、と言われたときは派閥問題の件だとばかり思っていたが、ただ単に田舎のよくわからない女よりも由緒正しい美しいご令嬢が良いと思っていただけだ。
今まで女性と夜会で踊ることすらなかったのに、突然田舎から出てきた女と婚約したなど言いだしたから、インチキ呪い師か何かに騙されているのだと疑っていたわけだ。
つまり、純粋に弟を心配していたということ。
なのにどうして、シュリアス王子と彼らには壁があるんだろう。
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