第10話 愛してるから閉じ込める

 

 第二王子の助言通り、広間に向かうと王妃と職人が話をしていた。 

 姿は見えるのだけど……何を話しているかわからないな。

 しかもちょうど話は終わってしまったところらしく、職人はすぐに出口に向かってしまった。

 

 何も参考にならなかったけど、王妃様の姿をきちんと見たのは初めて。私は基本的にはいつもシュリアス王子の離れにいるし、まだ正式なご挨拶もお披露目もしていない。

 

 コンラッド第二王子と同じく艶やかな黒髪で、すらっと長身の美しい方だ。意志の強い眉ときりっとした切れ長の瞳も第二王子によく似ている。

 ……あ、見覚えがある。以前、白の総レースを着ていた方だ。滑らかなスレンダードレスで細身の彼女によく似合っていた。

 

 今日お召しになっている深紅のドレスもとても素敵だわ……!

 ベロア生地に立体的な大きな花の飾りがついていて、彼女のはっきりした顔立ちを際立てている。


「あなた、リルア・オルコット嬢ね」

「……!」


 深紅のドレスを観察しすぎていて、ドレスが近づいてきていることに気づかなかった。慌てて挨拶をしようとすると


「堅苦しい挨拶は不要よ」

「いままでご挨拶も出来ず申し訳ございません。リルア・オルコットと申します」

「いいのよ。シュリアスがあまり関わらせないようにしたのでしょう」

 

 鋭い瞳が私を捕らえた。


「あなた、今時間はあるかしら」


 蛇に睨まれた蛙の気分だ。彼女の迫力に私はぴくりとも動けない。

 


 ・・


 

「や~~~、かわいい~~~~~♡」


 これは誰だろうか。

 私の部屋で、私のピンクのドレスを着て王妃は鏡に向かってポーズを決めている。

 

 しばらく彼女の様子を呆然と見守っていたが、何着か着て満足したのか彼女は椅子に腰かけた。

 侍女は王妃のこういった一面を知っているのか、プロだから顔に出さないのか、涼しい顔でお茶を注いでいる。


「このデザイン可愛いわね」


 そうして次は私のデザインしたドレスのイラストを見ている。


「あなた、私のドレスを作ってくれない?」


 フリルが幾重にも重なったパステルイエローのドレスを着た王妃様は言った。


「私はまだ見習いですのでドレスの制作は……」

 

「あら、デザインもしているじゃない」

 

「私が勤めているドレスショップはセミオーダーの形をとっているんです。元々あるドレスにアレンジを加えています。その手伝いはしていますが、一からの制作は難しいです。

 そもそも私に頼むより、王家にはお抱えの職人がいらっしゃるのでは?」


「彼らは似合わないものは作ってくれないのよ。いつも私に似合うものを作るの。私は本当は可愛いふわふわのものが好きなんだけど、年齢や立場で却下されるわ。私がごねるわけにもいかないし」


 なるほど。職人の言いたいこともわかる。

 あれを作ったのは誰だ、とか責任を取らされても困るわけだ。


「立場はわきまえているつもりよ。でも、部屋でこうしてはしゃぐくらいは許されると思わない?」

「それは同感ですね」


 私はアニータさんの言葉を思い出す。大切なことだ。


「私のドレスショップに来るのは上位貴族ではなく、下位貴族なのです。ご存じないかもしれませんが、ドレスは使い捨てではなく、何度も着るものなのです」


 王妃は私の顔をじっと見た。服装が可愛らしくなっても顔の迫力はあり話を続けるのが少し怖い。


「自分の大好きを詰め込んだ運命の一着を作っています。それは心のよりどころになると思うのです。

 ですから殿下もそういった一着を持つのは悪くないと思います」


「そうよね。では頼んだわ」 

「ええ……」

「あなたに作ってほしくなったんだもの」

「しかし私は」

「元のドレスがあればよいのでしょう。それは貴女へのプレゼントとでもいって作らせるわ」


 それなら、義娘のドレスを作るということにしてすべてオーダーしてしまえばよいのでは?


「あなたなら要望をなんでも取り入れてくれそうだからね。リボンを五百つけてもらおうかしら」

「すごく時間がかかりそうですね……」

「またドレスが出来あがれば改めて相談するわ。どうかしら?」

「はい、承りました」


 私の答えに王妃は満足げに頷いた。

 ドレスが出来上がるまでにリボン制作しっかり学んでおこう……。


「シュリアスの相手が貴女で良かったわ」


 王妃は優雅に微笑んでお茶を飲んだ。

 ……まさか今のやり取りは何か試されていたのだろうか!? 今さら心臓がバクバクする。


「ふふ。大丈夫よ、会話に裏なんてないわ。すべて本心ですからドレス頼んだわよ」

「……はい、かしこまりました」

「どうせあの子がすることに私はなにもできないのだから」


 王妃は視線を手元に落とし、寂しそうな目をして笑う。

 これは、聞いてみるチャンスではないだろうか。


「なぜシュリアス王子だけが離れで暮らしているのでしょうか。殿下のご子息は三名なのに離れがあるのはシュリアス王子だけですよね」


 直球で聞いてしまったが、王妃は素直に頷いた。

 

「私の息子ではないからよ。シュリアスだけが別の母親なの」


 豊かな黒髪に黒い瞳の王妃。第二王子もそうだ。シュリアス王子とはまったく似ていない。


「二人を産んだ後、私が病気になって子供を埋めなくなってしまった。王族の嫌なところだけど後継ぎ候補が二人では心許ないと、シュリアスの母を迎えることになった。あの離れは彼女とシュリアスのために建てたものよ。


シュリアスが七歳までは良好な関係を築けていたと思うのだけど、途中で彼女は心を病んでしまった。離れから出てこなくなってしまったの、シュリアスと共に。彼女は深くシュリアスを愛していて……いつしか私たちがシュリアスの命が狙っていると思い込むようになってしまった。彼女はシュリアスが十二の時に亡くなったのだけど、シュリアスは今もあの離れに住んでいる」


「…………」 


「彼も大人になって、公の場に出てきてくれるようになったのだけど……私たちとはあまり顔を合わせてくれないわね。式典や夜会で軽く顔を合わせるのが限界のようよ」


 それで婚約の挨拶を行わずに夜会でお披露目という形になったのか。


「私たちも未だにあの子への接し方がわからない」


 王妃は後悔を吐き出すように言った。


「シュリアスの婚姻についてもどうすればよいかは悩んでいたの。そろそろ婚約者くらい見つけなくてはならない。そうしたら突然貴女と結婚すると報告があって驚いたわ。夜会に出ても誰とも話さずにいつも消えてしまっていたのだから」


 あの小部屋で面会を重ねていたとは誰にも気づかれていなさそうだ。


「貴女に正式な求婚もせずに仕事もやめさせたり住居をうつしたと聞いて心配していたの。シュリアスは閉じ込める愛し方しか知らないから」


 王家の陰謀があると信じ、離れからシュリアスを出さなかった母。それはたしかに愛ではあった。


「でも貴女はそれではだめだと言ってくれたんでしょう。働きに戻ったと聞いてホッとしたの。コンラッドも安心してたわよ」


 やはり嫌味をいいながら弟を心配していたらしい。


「一つ聞きたいのですが、第一王子と第二王子は次期国王の座をかけて争っていますか?」

「いいえ。コンラッドが国王になりたいタイプだと思う?」

「…………」

「いまだにシュリアスには母の呪いが残っているわ。

 あの子の母が病んだのは、次期国王が内定してからね」


 第一王子はシュリアスよりも十一も上なのだという。彼が公爵家のご令嬢と結婚し、次期国王の座は決まった。

 

 シュリアスの母が病んでしまうのも無理はないと思う。

 シュリアスが生まれた理由は、上二人に何かあったときのため。

 第一王子が無事に成人し正式な後継者となれば、用済みと言われた気がしたのだろう。

 愛する息子に魔の手が伸びるところまで想像が飛躍した。


「これは私から見た話だから、話半分に聞いてくださって結構よ。でも私たちは正直貴女に期待しているの。貴女が私たちの橋渡しをしてくれるんじゃないかって」

「…………」


 王妃が期待に満ちた目で私を見ているが、それにはすぐに頷けない。

 王妃や第二王子を信用していいのかもわからない。彼らから見たものと、シュリアスとその母から見たものは違う。

 王妃や第二王子と話をしていると良い人なのだとは思うし、辻褄は合っている。


「私に出来ることは、シュリアス王子と一緒にいることくらいですかね」

 

 私が一番に信じるべきは夫になるシュリオス王子だと思う。

 王妃から話を聞いて、正直腑に落ちたことはあるけれど、話を聞いたからといって、別に私がすることは変わらない。

 

 シュリアス王子と一緒に過ごすことくらいだ。

 

「それが一番ありがたいことだわ。いつか皆で食事でもできたら嬉しいけどね。それじゃあ、ドレスのことはよろしく頼むわね」


 王妃は爽やかな笑みを残し、部屋を去っていった。

 

 シュリアス王子と実母。自分の母のように私を縛り付けようとした。

 王妃がそう考えるのもわからないわけではない。

 

 でもだとしたら、シュリアス王子はどのような気持ちで私を職場に戻してくれたのか。離れ以外も歩かせてくれるのか。


 それを考えると、胸はずっと痛かった。

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