第7話 今日から王城が我が家です
王子と私の婚約が正式に決定した朝。
アニティムに戻る許可も出たので出勤させてもらい、仕事もいつも通り終わった。
「まさか、リルアちゃんが王子と結婚するなんてねえ」
作業場の片づけをしながらアニータさんはほのぼのと言った。この人が何かに動揺することなどあるのだろうか。
「まだ結婚するかはわからないですけどね」
「びっくりしたわよ。突然王家の紋章を持った騎士がやってきて、リルアちゃんの荷物も引き取っていくっていうんだもの」
「本当にすみません」
「いいのよ、戻ってきてくれて嬉しい」
「私なら辞めますけどね。王家の職人の指導も気になりますし」
針子のエイダが眼鏡をいじりながら言った。エイダくらい上達すれば私も話を受けたかもしれない。
「ね〜。それにしても迷惑料にって、こんなに良かったのかな」
王家から運び込まれた布や糸が、作業場のスペースほとんど埋めている。
「もらえるものはもらっておきましょう。どれも最高級のものでしょうし」
「しばらく材料費がいらない……! 売り上げが上がるぞ!」
エイダがにたりと微笑み、珍しく店にいたティムさんも喜びの声をあげた。
「そのぶん、お客様に安価で提供できるわねぇ」
アニータさんが微笑むから、ティムさんは「まあそうだな、うん」と返した。
「お前、騙されてるんじゃないか」
和気あいあいとしたムードに水を差すのはいつもセシルだ。
「王家が騙すなんてないでしょ~?」
「どうだか。外に騎士みたいなのいたけど。実は罪人として見張られてるんじゃない?」
セシルは冷たい言葉を投げると、階段をのぼって行ってしまった。
作業場の上は居住スペースになっていて、昨日まで私の家だった場所でもある。
「セシル、リルアちゃんがいなくなってさみしいのよ~、きにしないでね」
アニータさんが優しく声をかけてくれるが、それよりもセシルの言葉が気になる。
……外に見張りがいる、とはなんだ。
「では私はそろそろ失礼します」
「王子にありがとうって言っておいてねぇ」
「はい!」
慌てて店を出ると……セシルの言う通り、騎士がずらりと十名程並んでいた。
本当に罪人を捕まえにきたのかと思うじゃない! 城下町を行き交う人たちが何があったのかと遠目からこちらを伺っている。めちゃくちゃ注目を浴びていますよ、やめてください。
私が店の外に一歩でると、騎士たちが私を取り囲んだ。
「お迎えにあがりました!」
「数が多くないですか?」
「あなたを危険にさらすわけにはいきませんから!」
声が大きい。周りの人々からどよめきの声も上がっているから本当にやめてほしい。まさか私を城下町で働きづらくさせるための作戦じゃないよね?
こうして私は屈強な騎士たちに囲まれながら、王城に向かうことになった。
「もしかしてこれが毎日続くのかしら」
「当然です。あなたさまはシュリアス様の婚約者なのですから!」
「……そうですね」
正直大変迷惑ではあるが、やめてほしいともいえない内容だ。
私は王子の婚約者となった。信じられないけど、王家の関係者――というか家族的なものになるのだ。
王家とか貴族のことはよくわからないけど、穏やかではないことに巻き込まれることもあるかもしれない。
私が誘拐などされたら……あまり考えたくないな。
それを考えれば厳重な安全対策に文句を言えるわけもなく、かといって気持ちの良いものでもなく……やっぱり王族の婚約者などなりたくない……!
・・
帰宅するのが城って意味がわからないし、すごく疲れるな。
今までは仕事を終えたら、階段をのぼるだけで自分の部屋に行けたというのに……。
騎士たちに360°囲まれて城までパレードするのは周りの目が気になったし(幸い騎士たちに囲まれているので周りは見れなかった)、庭園は無駄に広いし、城の中に案内されれば迷路のようだった。職場までの所要時間十秒→一時間半はつらすぎる。婚約者やめたい。
夜会の日は気づかなかったけれど、私と王子の部屋は渡り廊下を渡った先にあった。
渡り廊下を渡り終えると、満面の笑みのシュリアス王子が私を待っている。
「おかえり、リルア!」
「ただいま、です」
「今日からここで眠ってくれるのだよね」
「ええ、まあ、そうですね」
家がもうないので。
シュリアス王子は私の部屋まで案内すると
「昨日は確認してもらえなかったからぜひ確認してほしいんだよね」と微笑みながら扉を開けた。
「なんの確認ですか」
「ほら、昨日はドレスが埋め尽くしていたから。調度品を見てもらえなかったんだよ」
部屋に一歩入ってみると、私が借りていた部屋の……ええと、三十倍はあるかもしれない。
昨日はドレスで圧迫されていたから狭く見えたけれど……こうしてみると異常な広さである。
高い天井には、あれが落ちてきたら完全に死ぬだろうなというゴージャスなシャンデリアが輝いている。
ゴールドと落ち着いたピンクで統一されていて、調度品はどれもお高そうだ。庶民からすればそんな簡単な感想になってしまうが、きっとどれも上等なものだろう。
「心配しなくてもドレスはあちらの部屋に移動させただけだよ。すべてリルアのものだ」
部屋の広さにげんなりした私の表情を勘違いしたのか、シュリアス王子は気遣いを見せた。
「それでは食事に行こうか」
シュリアス王子は部屋を出ると、建物について簡単に説明をしてくれた。
渡り廊下からこちらはすべてシュリアス王子が住まうための棟らしい。
王子と私の私室、食堂、浴室、図書室、応接間、使っていない私室……私の家の何十倍とある。
王族ともなれば、一人ずつ棟が与えられるのだろうか。自分の部屋がない私たち七人兄弟からしたら信じられないことだ。
「この棟の中であれば、どの部屋も自由に入ってもらって構わないよ」
そうしてシュリアス王子が案内してくれたのは食堂だった。
ネイビーとシルバーで統一されたシックな空間で、アニティムの作業場の五倍くらいの広さがある。中央には二十人座れるんですか?という長机。
「みなさんはこちらで食事をとられるのですか?」
夕食、それは家族団らんの場。ここにまさか国王や王妃もくる……?
仕事帰りのワンピース姿の私は固まった。
「ふふ、心配しなくてもいいよ。僕はいつも食事は一人なんだ」
「そうでしたか」
確かに用意されているテーブルセットは二人分しかない。私はほっとしながら席についた。
「家族みんなで食べるのかと思って心配しちゃいました」
「僕以外は皆一緒に食事をとっているんじゃないかな」
「僕以外」
「ああ。皆、王城の食堂で食べているんだ。僕が行くと気分を害してしまうかもしれないからね」
「争っているのは第一王子と第二王子なんじゃないんですか?」
「争っていても家族は家族だからね」
「…………」
つまり、シュリアス王子は家族と認識されていないということ?
王家の一員とすら思われてもいないから、次期国王の権力争いに参加できなくて、ひたすら無関心だということ……!?
闇が深いのですが。
「リルア、食欲ない?」
シュリアス王子の声に意識が戻る。
料理が運ばれてきていたらしく、意識が食卓に向けば美味しそうな匂いも感じる。
「食欲すごくあります! いただきます!」
心配そうに私を覗き込む王子が表情を和らげる。安心させようと一口食べて見せる。
「……これは素晴らしいですね」
琥珀色にきらめくスープを掬う。具沢山のスープを一口食べればゴロゴロとした食感が楽しい。
夢中になって食べていると、シュリアス王子がニコニコと見守っている。雛鳥を見守る親鳥のような視線は気恥ずかしさもあるけれど、食べ進める手は止まらなかった。
誰かと食べるのが嬉しいのだろうか。
庶民の気持ちなんて、シュリアス王子にはわからない!と思っていた。
お金に困ったことはないだろうから、アニティムでドレスを作る気持ちも、彼女たちの費用を少しでも抑えてあげたいというアニータさんの気持ちもわからないと思っていた。
だけど、私だってシュリアス王子の気持ちはわからない。
私にとって夕食は誰かと一緒に楽しむ時間だったから。
この食堂の五分の一の大きさしかないリビングルームだけど、弟たちと取り合いをしながら食べたり、ティムさんが作ってくれたまかないを食べながらドレス談義をしたり。
「おかわりはどうかな?」
「いただきます」
そういえば、私はシュリアス王子の家族について何も知らないな。国王についてはぼや~っと見たことがある気がするけど。
どうしてシュリアス王子は、ひとりで夕食を食べているのだろうか。
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