第6話 正しい溺愛をお願いします
何やら爽やかな香りのする部屋で目を覚ました。
身体が包み込まれるようふっわふわのベッドから身体を起こして、部屋を見渡す。
……夢じゃなかった。
「やらかした!!!!!」
そう、私は完全にやらかしてしまった。
一晩眠って頭がすっきりすると、自分のしでかしたことに対して震えが止まらなくなってくる。
私、王子に向かって「最低」とか言わなかったっけ……。
言った、たぶん……いや、完全に言った。
あの後、シュリアス王子は青い顔で再度謝罪をすると、私の部屋(仮)で待つように言った。
「僕の顔も見たくないだろうから」と彼はその場を去り、すぐに侍女がやってきて、私を客間に案内してくれた。
侍女に丁寧にもてなされ、食事と風呂までお世話になり、すべてを夢だと思い込みさっさと就寝した。
「どうしよう」
今考え直しても、王子のしたことはひどすぎると思う。
私を愛しているというくせに、私が今一番心を注いでいる職場を勝手に辞めさせるだなんて。
だけど……。
すぐに深々と頭を下げ、自分の非を認め、謝罪した彼の青い顔が頭に浮かぶ。
高貴な人が、身分の低い者にあんなふうにすぐ謝罪ができるものなのだろうか。
「……謝らないと」
正直なところ自己保身もあったが、シュリアス王子の傷ついた瞳が頭から離れない。
ふかふかなベッドから起き上がり、手櫛で髪の毛を整える。
「しかしどうしたら王子に会えるのだろうか」
そのとき、タイミングよく扉がノックされた。
「リルア、起きているのかい? 良ければ入ってもいいだろうか」
「……どうぞ」
おずおずとシュリアス王子が部屋の中に入ってきた。
目の下には深いクマができている。
もしかして。この人、ずっと私の部屋の前にいたのではないだろうか。恐ろしいので、その質問はやめておくことにした。
シュリアス王子は、体調は大丈夫かと心配したくなるほど土色の顔をしていた。
彼と私の目が合った。瞬間、頬を赤く染めると、大股で私に向かって歩いてくる。
「どうしま――」
どうしましたか、と言い切る前に私の身体には布団がかけられた。
「あの、寒くないですよ」
「しかし……その恰好を見るのは申し訳なくて」
「はあ」
ネグリジェに照れているらしいが、露出もなければ透けてもいない白のワンピースといってもいいくらいのものだ。
シュリアス王子が大変真面目で、少し……可愛いのはわかった。
「昨日の件、本当に申し訳なかった。君に言われて反省したよ」
そしてシュリアス王子はまたしても頭を下げる。
私は慌てて彼に近寄り、
「シュリアス王子、頭を上げてください。昨日は私こそ失礼しました。頭に血がのぼったからと言って、言ってはならないことをぶつけてしまいました。本当に申し訳ございません」
「いや、僕が悪いんだ」
「いいえ、私が……」
引き下がらずにいると、ようやくシュリアス王子は顔をあげてくれた。思っていたより顔が近かったからか、彼の頬がまた赤くなる。
彼が私のことを想ってくれていることは事実らしい。
「君の言うことが正しかった。僕は君を決めつけて縛り付けてしまったらしい」
「わかってくださったのですか。では婚姻についてもう一度考え直してもらえませんか? 昨日考えてみたのですが、やはり私は今仕事を辞めたくありません」
王子は真剣な表情で私を見ると、首を振った。
「でもそれはできない。君を離すつもりはないよ」
「縛り付けたことを反省したと仰っていませんでした?」
「勝手に仕事を辞めさせるということは、反省した。君の行動を縛り付けて申し訳なかった。だけど僕は君のことは諦められない。
間違ったことをしてしまっているのなら正す。しかし、僕の愛は受け入れてほしいんだ」
「なるほど……?」
この溺愛を返却させてもらうことはどうしてもできないらしい。
王子の覚悟が決まっていることに対してひるみながらも、慎重に言葉を探すがなかなかよい切り返しが思いつかない。
「僕にはわからないことがある。どうして君はあの小さなショップにこだわる? どうしてもドレス職人を目指したいのなら、王家の職人に教えてもらったほうが早いんじゃないかな」
彼なりに考えてくれていたらしい。
「そうですね……。理由は二つあります。一つ目はそもそも私がまだ職人に教えていただくほどの能力がないからですよ。何事にも段階というものがあります。初級魔法を習い始めたばかりなのに、最上級魔法を使うことなどできないでしょう」
「できないのか……?」
きょとんとした顔で見つめられる。どうやら王子は最初から習得したらしい。
「一部の超人以外、普通はできないのです。とにかく私が今王家の職人から学ぶことはありません」
「わかった。そして二つ目の理由は?」
「私はアニティムの店主アニータさんの考え方が大好きなのです。あのショップを訪れるご令嬢たちは、少しだけ無理をしてるんです。素敵な理想のドレスが欲しい。だけど一から作るにはお金がかかりすぎる。理想と現実、どちらも叶えているところが好きなのです」
「理想と現実……」
たぶん、王子が今まで悩んだことのない問題だろう。
「二つ目の理由については、今はわからないかもしれませんが、知ってほしいなと思います。王子は私の喜ぶことを考えてくれますが、私の願いって二つ目のようなことなんですよ」
「それはどういう意味だろうか。費用を節約したいということ?」
「ちょっと違いますね。庶民の幸せとはなんぞや、という話です」
「わかった。そちらについてはこれから学ばせてもらうよ」
シュリアス王子は神妙に頷いてみせた。
理解はできていないだろうが、寄り添おうとしてくれているのは嬉しい。
「職は継続できるよう、僕から話を通しておく」
「王子の妻が、城下町で働くなどよいのですか?」
「そうだね。そのあたりは検討させてもらうよ」
「……婚約はどうされますか」
「もちろん継続する」
ここは譲ってくれないらしい。
「しかしリルアの意見は勉強になった。何事も段階がいる、ということだね」
「そうですね」
「つまり僕たちの関係も段階を踏んでほしいということかな」
「そうです! まずお友達からはじめて、それから婚約というのもよいのではないですか?」
「いや婚約は継続するよ」
爽やかな笑顔が返ってきた。いつのまにか土色だった顔は生き生きとしている。
「婚約は譲らないんですね」
「リルアに逃げ出されるのはどうしても嫌だからね。それに婚約すれば毎日会える。二週に一度は長い」
「もう逃げはしませんよ……」
どちらにせよ王家からの求婚を私が断ることはできないのだ。
「僕もリルアに好きになってもらうように努力するよ。今はまだ君に気持ちがないのはわかっている。だけどいつか僕のことを愛してほしい」
今はまだ、まったくもってピンとこないけれど。お互い愛しあえたらきっと幸せ、なのだろう。
「君の昨日の言葉はぼくの胸を打ったよ」
「どの言葉ですか」
「権力で縛り付けてはいけない、と」
「失礼な発言、本当に申し訳ありませんでした」
「とんでもない、その通りだと思ったよ。僕は君のいう“二つ目の理由”も理解できていない。だから、もし間違った愛し方をしてしまったら正して欲しい」
シュリアス王子の声音に嘘はなく、誠実さが伝わる。
彼の言葉は少しだけ、私の胸を打った。
今はまだ、婚約者というよりただの顔見知り程度にしか思えないけれど。彼と進む未来はもしかしたらそこまでは悪くないのでは、と思ってしまったのだから。
「嬉しい愛され方はある?」
「直球ですね」
そう言われて考えてみるが……
「大変申し訳ないのですが、実は私にもわかりません。私、今まで恋をしたことがありませんので」
「どういうひとを好きだとか、何をされたら嬉しいとか、あるかな?」
嬉しそうな顔で王子が訊ねてくる。
「……私が好きなもの……そうですね。ドレス以外好きだと思ったことがありません。夜会でドレスを見た瞬間、恋に落ちました」
「夜会で素敵な男性はいなかった?」
「記憶にないですね」
「では、何をされたら嬉しい?」
「うーん、そうですね。踊っていてくれると嬉しいですね。私は踊ったときにドレスの裾も舞うのがとても好きなのです。ですから踊り続けてもらえると嬉しいです」
「では次の夜会では、ダンスをしようか」
「いえ。私がダンスをすると見えませんので、王子が素敵なドレスの女性と踊っていてくれると嬉しいです」
「…………リルアをときめかせるには難易度が高いことがわかった」
少し呆れられた気がする。
婚約解消するなら今ですよ!
「君は恋愛に関して赤子レベルだというわけだな」
「失礼ですよ」
「でも良かった。君の過去に男の影があったら…………」
「ないので安心してください」
「大丈夫。僕も勉強しておくから」
一体何を勉強するのかわからないけれど、私から助言はできないのでひとまずお任せしておくことにしよう。
「では、そういうわけで今日からここに住んでくれるね?」
「……はい」
言わされている気がするけど、はい。
――こうして、私はシュリアス第三王子の婚約者となったのだった。
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